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16-1「テテテテ病」

 『感動の実話! 本人主演のハートフルミュージカル!』……牧場小屋に、日に焼けたポスターが貼られていた。

 車椅子に乗ったサイカ族の令嬢と、純朴そうな少女が手を取り合って明日を見上げている。初演の日付はもう十数年前だ。


「あたし考えちゃうの。アレが彼女の幸せなら、できるかぎり見守ったほうがいいのかもって」


 三十路に突入しても純朴さを失っていなさそうな女性が、誰も乗っていない電動車椅子を押しながら丘の下を見つめた。


「よかないですって。アレで幸せなのは本人だけですよ」


 一方、冒険者ハルトはグレネードランチャーへ変形させた応銃パラレラムとともに脱力した。

 というのも。牛や羊が放牧された丘の下には、そのスローモーな雰囲気にそぐわない異物が1体紛れていたからだ。


「うふふふふふ! うふふっ、うふーふふふふ! ああっ、自分の体で走るのってなんて楽しいんやろ……!」


 病弱そうなサイカ族の三十路令嬢が、逆立ちで爆走していたのだった。


「はい、テテテテ病の恐ろしいところは患者さんの理性も変えてしまうことです。つまり、お風呂にも入らず走り続けます」


 弾の薬包に薬の薬包を詰めていた千癒術士イエから1つずつ手渡され、ハルトは魔弾の代わりにその実弾を込めていく。


(スカート捲れててもぜんっぜん気にしてないしな……!)


 ガーターベルトを丸出しにしながら野を駆ける令嬢の姿は、千癒術士の助手として同行していても見るに堪えなかった。


「それで千癒術士さん、麻酔弾であの子を眠らせた後はどうやって治すの?」

「眠らせるのが治療です。5.56ミリ魔弾を要にした四方結界上で青い布を被せ、頭を南向きに9時間睡眠を取らせます」

「憑き物でも落とすみたいな治療法だな……」

「実際、解明されるまでは妖怪の仕業だって考えられてたみたいです。脚が不自由な人がフラストレーションから自分の体内魔力を書き換えてしまう病なので、治療にも魔術的な意味が必要なんです」


 そうして装填が完了すると、ハルトは景気付けにグレネードランチャーのシリンダーを回した。


「じゃあそろそろ、地に足つけてもらおうか!」


 肩に手を置いたイエに風を読んでもらいながら、握り拳よりも大きな弾を立て続けに発射した。

 『グレポン』という通称があるように、グレネードランチャーはポンッという独特の発射音がある。それは銃声として家畜を驚かせることなく、やや遅れて令嬢だけを振り向かせた。


「レイン~~! 私いま、ごっつ幸せやでぇ~~!」「カティマ! お願いだからジッとしてて……!」


 令嬢は、偏差射撃の弾丸たちをワリと余裕げに避けてみせた。

 しかしハルトとイエにとって、それは焦るべきことではなかった。

 グレネード弾の強みは、火薬以外のものを瓶詰めよろしく封ぜられるところにあるのだから。

 今回の場合は。弾が地面に不時着した直後、ガス状に気化した麻酔薬が広範囲に広がった。


(ハンドル象でも眠る麻酔だ! 人間用じゃないがそのカッコじゃ文句は……なああああ!?)


 ないよな、とハルトは白い歯を見せられなかった。


「うふーふふふ! うふふっ、うふーっうふうふふふふぅぅ!」


 超加速、からの体操選手じみたアクロバット。風圧でガスの尾だけを引いて、令嬢は麻酔包囲網をかいくぐったのだ。


「ハルトさん、身体能力のリミッターも外れるって先に説明したのに。無理させた分だけ体に負担かけちゃいますよ」

「ぐう、韋駄天のサイカ族なんかシャルカだけでいいっての。あとあの笑いムカつく! 次!」


 イエが「プランB」、ローブの大袖をシェイクした。

 すると中から大量のドローンが放り出され、麻酔薬の瓶を抱え込んだ姿で空へ上がった。


「こんなこともあろうかと、マリーさんからドローンを借りてよかったです」


 フェアリー越しにイエが(自分も傾きつつ)操縦していけば、令嬢の上空に到達したドローンたちはやにわに急降下した。


「わあ。機械オンチの私でもスイスイ動かせます」「幼稚園の玉入れ用ってホントかよ」


 サイレンめいた風切り音をかき鳴らし、ドローン部隊は麻酔薬を爆撃した。

 発生したガスの猛威はグレネードランチャーの比ではなく、瞬く間に放牧地全域を飲み込んだ。

 「あかーん!」とビックリしていた令嬢も例外ではなく。牛と羊がコテンコテンと昏倒していくなかでガスに包まれた。

 が。目を開けるように一陣の風が渦巻いたかとおもうと、それは竜巻となってガスを吹き散らした。

 あの令嬢が大開脚をぶん回し、発生させた竜巻によってドローン部隊をも吹き飛ばしてしまったのだ。


「ふきゃきゃきゃ! ふきゃほっ、ふふっふっふっふぅ! ふぅぅぅぅ~~~~んっ?」


 瞳孔の開いた目を見開き。家畜のオヤツとして置かれていた果物クズを脚でかっさらい、逆立ちのまま貪った。


「あ、あわわわ……。たぶん中途半端に麻酔を吸ったせいで、理性がますます……」「カ、カティマ~~~~!?」


 青ざめたイエの背を叩いてハッとさせたのと同時、ハルトは丘を滑り下りていた。


「オレがいく! 【ウェポンマスタリー】!」


 ハルトの胸から両腕へ血潮がごとき波動が纏われた。武器を一撃で壊す代わりに異常な破壊力を出せる業の発動だ。

 引っ掴んだものは、もふもふと寝転がっていた羊だったが。


「羊が1匹! 羊が2匹! 3、4、ゴーロクナナハチ眠れぇぇぇぇ!」


 掴んだものをハルトが『武器』と認識することがコツである。睡眠というか要は失神させればいいのだから、『Zzz……』と巨大な波動を纏わせた羊たちを数え数え投げつけた。


「ぱいろきねしす!」「は、発火ァ!?」


 しかし令嬢は、我が身を発火させた風圧で羊たちの弾道を歪めた。命中しなかった羊たちは1匹1匹が巨大クレーターを穿ち、生き物の場合は破壊こそされないのだが毛がぶっ飛ぶほどの衝撃とともに彼方へバウンドしていった。

 もれなくサイキックであるサイカ族の超能力の中でも、パイロキネシスと呼ばれるそれは燃やしたいものだけを燃やす不思議な人体発火だ。現に令嬢は髪も服も燃えてはおらず、ただ熱と風をふんだんに逆巻かせていた。


「ど、どうするんだよこんな逆立ち理性蒸発発火令嬢~~~~!?」「ぱぱぱふふうきゃきゃやぁぁぁはぁぁぁぁ!」

「もうやめて! カティマぁ!」


 さしものハルトもこんなクリーチャー相手に泣きそうだった時、あの女性が滑り込んできた。


「こんなの幸せじゃないよ! あたしがずっとそばにいるから……カティマもいっしょにいてよ! 元に戻ってよお!」


 するとどうだろう。女性の涙を目に映して、令嬢は「レ、イ、ン……」と動きを止めた。


「戻ってよおおおお!」「れべぶっっっっ」


 そして。膨れ上がった上腕二頭筋で袖をも破いた女性のラリアットが、令嬢を一発K.Oしたのだった。


「え……あ、あのう……結果的にはぜんぜんOKなんですけど、それで済んだのならもっと早く言ってもらったら……」

「ぐすん、ダメだよ! それはもう牧場暮らしで鍛えたあたしならイチゲキだったけどっ、こんなひどいことしたくなかったからあなたたちにお願いしたんだもん!」

「いやいやいやオレたちもグレポン撃ったり爆撃したり叩き潰そうとしてたからな!? 自分で言うことじゃないけど!」


 その後つつがなく、逆立ち理性蒸発発火首捻挫令嬢の治療は完了したのだった。

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