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1-3「執刀リィン」

「冥土の土産に、この究極の姿を目に焼きつけるがいい! 死ねええええい!」


 いまだ巨大化を続けながら、待ちきれないばかりにゴキブリ巨人フーディルフが剛腕を振り上げた。


「……やっぱボケてるな。勝ちを確信してさっさと倒さない、巨大化する、冥土の土産とか言い出す」

「ハルトさん」

「やってくれ」


 眼差しと言葉しか紡げないなか、イエが手元の段平刀を見下ろした。


「執刀開始」


 眼差しと言葉だけで、切り札を切るには十分だった。

 イエの意志と言霊に応じて、ギア仕掛けの段平刀は出力を急上昇させた。

 高周波ブレードと化していた刃がさらに極限まで振動していき、その周波数が機構の内に封じられていた術式と共鳴した。

 そして、イエと完全に繋がった。


「《リーイング》(回帰魔法)!!」


 ついに発動された業は、回帰魔法という名の回復魔法だった。

 イエを源として段平刀から全方位へ発せられる、超広範囲ヒーリングだった。

 それはまず、停止魔法にかかっていたハルトとイエを正常に戻した。

 次に、ゴキブリ巨人フーディルフを元の老魔術師へと分解した。


「ゴキブリ、ン……う、へ?」


 彼が驚くのも無理はなかった。

 ゴキブリンたちが単にアーマー化を解除したのではなく、


 ーーキブァ……ァ……ァァ……?


 回復魔法の輝きに包まれ、彼らの始原のカタチであるただのゴキブリへと回帰したのだ。

 駐車場全体に広がった輝きは、他の数千体以上のゴキブリンたちも総じて回帰させた。

 また、この戦場で疲弊していた人々も治療したのだ。

 ……大魔術師と揃いの触角を着けた四天王風の怪人たちもまとめて、だが。

 そして他でもないフーディルフも、しわくちゃの肌さえツヤツヤになるほど全回復させていたが。


「お……おお? おおお!? 封印される前でさえ、ここまでのみなぎる力はなかったぞ……!」

「そりゃよかったな」


 「ぶぎっ」と、ハルトがレプリカファン(扇)の脳天突きで今度こそ無力化させたので心配はなかったのだった。


「さて、後始末だな……っと」「あうううう……」


 ハルトは即座に振り向くと、目を回してぶっ倒れたイエを受け止めた。

 顔面蒼白でヨダレまで垂らしている有り様は、体内魔力オドエーテル切れによる心身喪失状態だった。


「おつかれ。ほら魔力回復の水飴ちゃん、ゆっくりな」

「あううええ……」


 500mlペットボトル入りの緊急用経口補魔液は、喉越し最悪の半固体ハッカフレーバードリンクである。

 こうして飲ませておけばこれ以上カラダを壊すことはないものの。彼女がまた執刀リィンを真に振るうまでには、どれだけ手厚い自己治療を施しても一晩はかかるだろう。

 ハルトは片手間に拘束用アイテムのどうすれバインダーを投げ、白目を剥いたフーディルフの手足を縛らせた。

 そうして少しは興奮冷めやってから見えるのは、いまだ騒乱の中にある駐車場の光景である。

 数百体からのゴキブリが奔放に逃げ惑い、それ以上に人々が恐怖に逃げ惑う地獄絵図である。

 幼児ぐらいの大きさではあったゴキブリンとは違い、防具の隙間や戦車の中に潜り込んでいけるサイズなわけで……。


「……わるい、みんな。わるいとは思ってるんだ……」

「ゴキブリ除けに……モザイクジェットプロ……です……」

「助かる」


 モザイクで覆ってやりたい混沌の中で。イエが噴射したスプレーが、ゴキブリが忌避するモザイクを2人に纏わせた。


  ◯ ◯ ◯ ◯


 あのショッピングモール跡からもっとも近い町にて。

 郊外で大魔術師が蜂起していたことなんてどれだけの人間が知っているだろう。何一つ変わりない日常が流れていた。

 学校帰りの子供たちは自転車やスケボーで家路を急ぎ、大人は社用車を相棒にまだまだ働いている。

 駅では貨物列車が停まり、黒っぽい汁で汚れた戦車や戦術ロボを格納作業中だった。

 それら全ての機構に組み込まれた属性色のギアが、大気魔力や他の機構と共鳴して時おりキラめいていた。

 そんな景色が、3階のオフィスの窓向こうにあった。


「今回のレイドに参加した冒険者たちから苦情が届いてる」


 フェアリーがケーブルで接続されたノートパソコンを引き寄せたのは、『ギルドマスター』のネームプレートを執務机に置いた中年。このオフィスならびに冒険者ギルドの責任者らしく、イライラとハゲ頭を撫でた。


「『フーディルフの妖刀が目当てだったのに折られた』、『ジジイはどうでもよかった、ヤツの配下の四天王に愛犬の仇がいたのに全回復されて逃げられた』『ゴキブリンの素材を集めにきたのにただのゴキブリ地獄を味わった』……などなどだ」


 わざとらしくジト目を送られて、パイプ椅子に座らされていた青年冒険者は窓向こうの景色へため息をこぼした。


「依頼内容はあくまでも『大魔術師フーディルフの無力化』だったですよね。そのついでに欲出すのはお互い様だけど文句言われる筋合いは無いんじゃないですか?」

「依頼内容というなら、どうして一斉出撃で足並みを揃えるべきところを単独行動してたんだ? ん?」

「あ、それは私が降りる駅を読み間違えちゃって。迂回してたらモールの別棟に入っちゃったので、どうせならそのまま屋上を目指そうってことになったんです」


 乙女千癒術士も魔力回復のために飴ちゃんなんか頬張っていたから、ギルドマスターは執務机へ手のひらを打ち付けた。


「まだ聴取は始まってもいないぞ! 真面目に聞けっ、このパンプキンとキャロットが!」

「ハルトさん、パンプキンとキャロットって?」

「さあ。冤罪で死刑にされた冒険者とか?」

「94年にこの国を騒がせた無法者コンビだ……! モールでの顛末を聞かされた時はヤツらの再来かと思ったわ!」

「30年も前の思い出話なんかされても知らないですって。この国の人間でもないし、オレたち」

「そうか、じゃあおまえたちのことをもっと聞かせてもらおうか! 然るべきところへ私も苦情を入れるためになッッ!」


 ハルトとイエは、あのレイド(大規模救援戦)での大立ち回りのせいで事情聴取を受けていたのだった。

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