15-1「メイドと◯◯」
メイデン族なマリー・ベル・トゥーデッカーの朝は早い。
「むにゃ。おはようさんお母ちゃん……ってやだ、また寝ぼけちゃった。出張から帰るまでわたしがしっかりしないと」
一言名言入りのTシャツとジャージのズボン姿で、ベッドから身を起こす。
ただでさえこじんまりとした自室にはハイエンドPCや個人用3Dプリンターがギュッと詰まっているが、メイデン族は小学生ほどの体躯なのでこれくらいの手狭さがむしろちょうどいい。
マリーが廊下に出ると、そこはベルアーデ城。離宮にもっとも近い一角だ。
タイムカードを持ったメイデンたちが通勤してきたのとたびたびすれ違った。
「おはようお嬢!」「お嬢~」「メイド長補佐に敬礼! なーんて」「そか、メイド長はまだ帰ってないっけ」
「おはようございます。第34分隊長の要請で朝晩のシフトがちょっと変わってますから、出勤前に見てってくださいね」
若者から中高年までみんな、マリーと同じくらいに小柄な女性たちである。
彼女たちが提げた洗濯バッグにはメイド服が入っていて、ヘッドドレスをよく見れば所属や階級までわかる造りだ。
また、すでにメイド服を着用しているミニマムレディたちとも出くわした。
「はあいお嬢」「こんばんはーってもう朝かあ」「お決まりのギャグ」「離宮、姫様のお部屋、屋上庭園、全て異常なし!」
「おはこんばんは。夜警おつかれさまです」
強化外骨格アイアンメイデンで頭身アップしたメイデンたち。クセの違いと言い換えてもいい個々人の設計思想に応じ、誰一人として同一のものはなくカスタマイズされている。
シフト上がりの彼女たちが強化外骨格から降りれば、ソレは瞬く間に機械仕掛けの宝石へと圧縮されて持ち主の手へ。
こと城内において、メイドは近衛の帝国兵より遥かに多いのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
ベルアーデ城の外苑には、建屋をいくつも連ねた工廠地帯があった。
『トゥーデッカー工廠』と赤金のモニュメントが建てられた玄関口に、総勢596名もの一個大隊メイドが整列していた。
全員がメイデン族である。小学生の全校集会じみているが、帝国軍と遜色無いほどの規律を保っている。
「おはようございます、メイド長補佐のマリーです。お母ちゃんの出張が延長されてもうしばらくドタバタが続くと思いますが、メイド隊一丸となって今日もがんばりましょう。さて全体の共有事項としては……」
と、朝礼台の上で音頭をとっているのはマリーだ。今朝もメイド服をキュートにキメている。
「……というわけで、わたしからは以上です。他に連絡がある人はどうぞ」
「はいお嬢! 給食中隊ですけど、姫様が朝のデザートまでつまみ食いしてくるようになりました!」
「事務中隊第5小隊よりー、姫様が図書購入の発注書を改竄したのに気づかなかったので! セキュリティを強化します!」
「工廠中隊ギアス部門第9開発室、姫様が勝手に乗り込んだX86号が南東の角にめりこんどるわい。気いつけんさいや」
ドッと笑いが連なり、淑女たちのかしましさが隊列に満ちていった。
「だってさシャルカちゃん。言うことある?」
「ほはははは、マリちゃんも共犯やったのになぁにをいけしゃあしゃあと」
「わたしはシャルカちゃんを止められなかっただけだからね。カヌレは美味しかったし、ギアマガの新刊はフラゲできたし、あの試作ギアスはもう少しで3回転半ジャンプできたけど」
朝礼台の下と上で王女と侍女が漫才を繰り広げ。キッチンナイフ二刀流の給食係がリンゴで玉すだれを作ったり。キーボードをギターの持ち方で奮った事務係がホロ・ウィンドウ越しにセキュリティプロトコルを見直していったり。工廠係が強化外骨格の指と思われる残骸をこねくり回しただけでボウガンを造ったり。
(メイデンはクラフトと精密動作に長けた、女しかいない種族だ。身の回りのことならなんでもできるから、家に就くお手伝いさんとして働いてる人が多い。それがいわゆる『メイド』だな……)
「ハッ……私、すごいこと気づいちゃいましたハルトさん。メイドって言葉は『造る』って意味ともかかってるのかも」
「すごいなイエ」
そんな朝礼の様子を遠巻きに眺めつつ、ハルトはイエといっしょに待機していた。
「じゃあ本日もよろしくお願いします! ハイホー!」
メイデン族の古い挨拶が復唱され、メイド大隊はそれぞれの持ち場へ散っていった。
「ほなな~マリちゃん! ハルトもイエコちゃんも!」
あと、教育係のメイド隊に追われながらシャルカも気ままに逃げていった。
「おまたせ2人とも。依頼してた素材、もらっていい?」
「うん。オレからは狩りたてホヤホヤ、ムスメフネのニーソックスっと」
「私からは作りたてホヤホヤのイリコ・スリコ・ミックスです」
ハルトが厳重に括った革袋を、イエがカルガモ色の粉末入りの瓶を納品すれば。マリーは「ありがと」と工廠へ。
姿が見えなくなってから30秒と経たないうちに、巨影がドリフト走行で飛び出してきた。
超軽量級のいわゆる豆戦車。開放されたハッチにコックピットがせり上がり、マリーが上半身を覗かせた。
「修理完了。この子たちには乗れないだろうから、テキトーなところに掴まっててね」
豆戦車の後部からは魔力のアンカーが伸びていて、豆よりも小さな粒戦車を鳥の親子よろしく数台牽引していた。
◯ ◯ ◯ ◯
ベルアーデ城を間近に臨む街中に、その『トゥーデッカー幼稚園』はあった。
「マリー先生~!」「マリー先生だあ!」「わあい!」「おはようございまふ!」「遊ぼ遊ぼ!」
赤金色のセーラー服を着た園児たちが、遊んでいた運動場からわちゃわちゃと走ってきた。
幼稚園児用のガトリングガンやグレネードランチャーを携えながら。
「きゃーーーー! 来たよみんなあっ!」
普段の大人びた様子はどこへやら。運動場に豆戦車を停めたマリーは、園児たちと大差ないあどけなさを見せた。
「ハルトお兄さんとイエお姉さんのおかげで、壊れてた戦車がやっと修理できたんだあ。はい、お礼を言おうね~」
「ありがとーござーいます!」「お兄さんカッコいい!」「お姉さんキャワいい!」「やっと戦車入りで戦えるね!」
園児たちが乗り込んだ粒戦車を基軸に、みんなでチームデスマッチごっこを始めた……。
「お、おーどういたしまして。……なあマリーこの際訊くけど、なんでメイド長補佐のメイン業務が幼稚園の先生なんだ?」
「未来のメイド長になるための必修科目だからだよ。この子たちもゆくゆくは帝国学院をお受験して国の未来を背負うわけで、右も左もわからない人々の苦難を払って正しい方向へ導いていく……これぞメイドの道だね」
園児たちが早く早くとマリーを呼んでいて、彼女はなんとも幸せそうにハルトとイエへ振り向くのだ。
「ねえ。小さい子って、本当に可愛いよね」
「はい、マリーさんも可愛いですよ」
ハルトが「うーんぬ……」と言葉を失っている間に、恍惚のメイド先生は園児たちの戦線へ乱入していくのだった。




