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12-1「目標」

 対面に座る女のフェアリーが、ホロ・ウィンドウに1枚の衛生写真を表示していた。

 小さな町へ墜落しようとしていた民間輸送機を、1人の青年が木製バットで打ち返した瞬間の写真だ。

 武器を持てば異常な破壊力を出せる【ウェポンマスタリー】スキル。バットは近くで遊んでいた子供たちから借りた。


「オレは【ウェポンマスタリー】をいつか解呪したいと思ってるんだ。だからわるいけど、スカウトは受けられない」

「……解呪、ですか?」


 ハルトがグラスを卓上へ置くと、この喫茶店で会わされた女はサングラス越しでもわかる無遠慮な眼差しを向けてきた。

 最高級の柄物スーツをやや悪趣味ながらも豪奢に着こなした、20代前半に見える女だ。


「あーうん、オレにとってはスキルっていうか呪いだからな。バーベキューの串でも発動したことあるし。今はオレの意識次第で自動発動するパッシブスキルだけど、オレの意志で使いこなせるアクティブスキルにどうにかして変えたいんだ」

「ウソ。呪いに例えたんじゃなくて口スベらせたんでしょ、話してるあなたの目は本当に人生呪われてきたって感じです」


 女が『禁煙』のプレートを灰皿代わりにタバコを飲みだしたので、ハルトは眉をしかめた。


「先天性スキルなら、我々の遺伝子組み換え技術を以てすればコピーも不可能じゃありません。後天性スキルでも製薬部門に実験させ続ければどうとでもなります。けど呪いの類いだとまた話が違ってくるんですよね。こんなバグみたいな破壊の力、誰にどうかけられた呪いだっていうんです?」


 他のテーブルの客や、カウンター越しにマスターの視線が女の無作法を嗜めてくるなか。……ハルトは息を吸った。


「……長い話だし、それをあんたに話す筋合いは無いよ」

「うん? もう一度言ってあげますけどこれは悪い話じゃないですよ。ウチに来れば最初から手厚いポストを約束しますし、その力のコピーさえできれば解呪方法だって探してあげないこともありませんってね。ただちょっと週に2、3回ほど血を抜いたりさせてくれれば、本来のあなたには身に余る富も名声も女も手に入れ放題なんですよ?」

「じゃあもう一度言うけど断る。解呪方法も相棒といっしょに気長に探してるからご心配なく」

「ずるるるる……」


 と。隣で大人しくしていたイエがお行儀悪くストローを鳴らしたのは、ジト目を向けてきた女への抗議代わりだろう。


「ハルトさん。解呪ポーション、そろそろ安定化したと思うので帰りませんか」

「ぉん、次はうまく行くといいんだけどな。良いヒマつぶしもできたしまあ失敗してもいいか」

「……ちょっと? ヒマつぶしってのはどういうことですかね」


 席を立ったハルトとイエに対して、今にも飛びかからんばかりに女も身を乗り出してきて。

 しかしハルトは、女がやっていたようにフェアリーから数枚の写真を見せることで応えた。

 それはバットでホームランされた民間輸送機の墜落現場や、積み荷の検証風景の記録だ。

 焼け残ったコックピットにはどう見ても民間用ではないだろう携行波動砲やレールガンが配備されていたし、

 食料や日用品のピクトグラムが描かれた木箱の中には、光学迷彩で隠蔽された怪しい薬剤や肉団子が詰まっていた。


「あの輸送機、民間に偽装した軍用仕様らしい。やり口からいってお決まりのスァーヤ皇国だろうって話」


 ……女は不遜に唇を尖らせていて、ハルトは続ける。


「で、城のほうに外交とか諜報に詳しい友だちがいるんだけど、そいつらが輸送機を落としたついでにオレたちへ言ってたんだ。……スァーヤはいろんな意味で無敵のバカだから、手に入れたいと思ったモノにはどんなデカい釣り針でも食い付くってさ」


 女が指先をピクつかせた直後、店内に重厚な金属音が連なった。

 マスターと半数の客が、スタンバトンやショットガンを女へ構えたのだ。


「動くな! ベルアーデ帝国軍だ!」


 しかしもう半数の客と女は、毒々しいポーションボトルをしこたま構えた。


「頭が高い! スァーヤ皇国軍である!」

「後悔しても知らないですからね、生意気くん! この帝国は……きみを救っちゃくれないですよ!」


 ハルトはイエを抱っこしたまま、窓ガラスを突き破った。

 脱出の直後。電流とゴム弾とガスとエーテルの応酬が、店内を見えなくしていったのだった。


「ふう。まあ確かに、オレ1人なら帝国でも皇国でもって感じなんだけどな」

「なるほど。今は恋人も友だちもいるからここがいいってことですね」

「……よくそんなことしれっと言えるな。……先に言うなよ」


 お姫様抱っこからイエをリリースして、ハルトは店の脇の花壇に手を突っ込んだ。

 そして土中から引っこ抜いたのは、今日の日付と数時間前のタイムスタンプが押されたポーションボトルだ。


「そんなことより。『コーヒーの匂いがする南向きの土に埋める』ってどういう工程だよ、レトロゲームの謎解きか?」

「オリジナルレシピのエリキシルなのでいろいろあるんです。さあどうぞ、万能薬とまではいかなくても自信作です」


 ハルトは肩をすくめながらも、躊躇うこともなくそれを呷った……。


  ◯ ◯ ◯ ◯


 ある辺境の村に、武器を持つと異常な破壊力を出せる少年がいた。

 大人たちはそれを『勇者の力』とも持て囃したが、彼と同年代の子供たちは大抵の場合『呪いの力』とからかった。

 大人たちの仕事の手伝いができる年頃になってから、彼は破壊の限りを尽くしたからだ。

 薬草採りを手伝えば、ハサミの一切りで草原丸ごと刈り尽くしてしまい。

 木こりを手伝えば、斧の一振りで山をカットしてしまい。

 村祭りを手伝えば、串の一刺しでバーベキューの食材どころか地下水脈まで貫いてしまった。

 ある時、誰かが彼を笑った。おまえを呪ったのは✕✕なんじゃないかと。

 だって、彼の✕✕は……、


「ハルトさん。あっ」


 けれども。彼が悪友たちをぶん殴ってしまう前に、1人の少女が文字通り転がり込んできたものだ。

 『蠱毒』という方法で調合素材を作ろうとしていた、大量の毒虫入りビンを悪友たちへぶん投げてしまいながら。

 千癒術士の学院へ通うために引っ越してきた彼女は、彼よりよっぽど天然危険物だと恐れられていた。

 害獣忌避効果のある薬草を草原いっぱいに栽培しすぎて生態系を壊しかけたり。

 成長しすぎると月を引き寄せるというホムンクルスの胚をどこの木の根元に植えたかわからなくなったり。

 村祭りの日に井戸の水質調査なんてしてるとおもったら硫黄温泉を掘り当てて生活用水を壊滅させかけたり……。


  ◯ ◯ ◯ ◯


「おいっ、オレの腕が磁石みたいになってるんだけど!? てか解呪もできてないし!」

「あわわわわわわ……落ち着いてください落ち着いてください。解呪エリキシルの解呪エリキシルを飲みましょう」


 ハルトはまたもイエに振り回された。相変わらずの波動を発した両腕に、半径1キロ圏内の武器を誘引しながら……。

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