11-1「魔族」
ーーイイワヨ。取引成立ネ
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
箱一杯の化粧水ボトルを納品したイエに対して、袋一杯の天然紅生姜を渡してくれたのはトカゲ人間だった。
ーー 【マモネイター】(魔物検索) ーー
ーー ヒトトカゲ ーー
いわゆる亜人型の魔物なので、正確には人間トカゲというべきか。
黒いトカゲがそのまま二足歩行になった長身の姿に、自分たちの脱皮した皮で作ったドレスを中性的に纏っている。
ーーキャア! 化粧水ヨ~ッ、早クチョウダイ! ーーガッツカナイノ! ーーンモウッ、イヤシイコネ! ーートキメキ~! ーー沼ノ水モ最近ノリガ悪イシネエ ーーソレハアンタガ年増ナノヨン
中性的というか、鉤爪にマニキュアまで塗ったオネエな方々である。
(……オレにウインクすな。こう言ったらなんだけど顔がコワイんだよ)
イエの用心棒として同行していたハルトは、一部のヒトトカゲたちが先割れ舌をチロチロさせてくるのに辟易していた。
2人が訪れていたのは、とある霧深い沼のそば。紅生姜栽培を生業とするヒトトカゲの、皮と骨で組まれた集落だった。
ーーネエ、オ二人サン。紅生姜ナラモット持ッテッテイイカラ、チョット頼マレテクレナイ?
「いいですよ、何でも仰ってください」
「こらこら。……千癒術士としての依頼ならこいつに、冒険者としての依頼ならオレに。公序良俗に反しない限りなら」
ーーンン、ジャア坊ヤニオ願イスルノガイイワネ。集落ノ近クニアタシタチノ先祖ノ墓所ガアルンダケド、ソコデ大事ニ保存サレテル原種紅生姜ガ盗マレテルミタイナノ
「墓荒らしか。そいつをなんとかしてほしいってことですか?」
ーー正体ハ分カラナイケド、出来レバ連レテキテ。ホラァアタシタチッテ、荒事ニナルトパニクッチャウデショ……
ーーキャア! コゴロウムシィ! ーーモヤシテモヤシテェ! ーードンビキ~!
と。ボサボサ髪の昆虫が集落に飛んできて……、
背を向けたヒトトカゲたちは、尻尾の先を開くと火炎を放射した。
……パニクッているのでコゴロウムシにはかすりもせず、赤々とファイアーダンスが猛っていた。
ーーネ? 「ウインクしないでくださいっての」
◯ ◯ ◯ ◯
湿気った古木たちに守られた墓所。トカゲの尻尾を思わせる墓標が並ぶ合間に、色濃い真紅を帯びた紅生姜が生えていた。
古木たちの隙間をやっと通り抜けてきたハルトとイエは、トカゲ人間と鉢合わせした。
「うあっ?」「あう?」
「なッ!? こ、こんなところに人間だって……っ?」
肌に散りばめられた紅の鱗、爬虫類の瞳、火炎放射器官を秘めた尻尾。しかしヒトトカゲたちのような人間トカゲではなく、魔物の特徴を有した人間と評するほうが正しい。一見だけなら魔物のコスプレに見えるくらいだ。
それよりもハルトとしては、その男が真紅一色のガムボールじみた鎧を纏っていることのほうが度し難かった。
「なんだ、魔族じゃん。ヒトトカゲ族の」
「なんだとはなんだよ! 魔族は魔界から人界に出てくるなって言うのか!?」
「言ってないだろ……。じゃあこっちも礼儀知らずに言わせてもらうけど、ここの紅生姜を盗んでるのってあんたか?」
「そのとおりだけど何か?」
彼が紅生姜の汁がついた革袋を掲げたので、ハルトは「認めちゃったよ」と生温かい眼差しをイエと交わしあった。
「もちろんパスポートもビザもあるぞ。しかもほら、実質的に全ての行動に制限の無い冒険者ビザだ」
「あの。ビザがあってもダンジョン以外で物を盗るのは違法ですし、不法侵入は不法侵入ですよ」
「ハハァッ、やっぱり魔族のことをバカにしてるな!?」
(魔族……。この人界から見たら裏の世界になる魔界の住人。こっち側に渡ってくるやつもホントに増えてるんだな)
妙なところで声の大きい魔族はパスポートを仕舞い、墓所の只中へ踏み込むと2人へ向き直った。
「ここが近くに棲むヒトトカゲたちのテリトリーだってことは知ってる。ただ見てのとおり、あたしはヒトトカゲの魔族だ。となれば同胞のあたしが紅生姜を分けてもらうことに問題は無いだろう?」
「それはオレたちに話すことじゃないな。集落のヒトトカゲたちはあんたのことを知らないみたいだけど?」
「……話しに行ってないし。いいかい、あたしらはヒトトカゲの魔族だがヒトトカゲそのものじゃない……あくまでもその特徴を宿したヒトだ。つまり具体的にはみんながみんなオネエじゃあない、もし彼らを怒らせたらあたしはどうなると思う?」
「同胞云々はどうしたんだよ……。おまえのほうから見下してるじゃん」
「き、きみら人間よりはマシだね! 魔物の力も持たない猿どもめ!」
「あの。猿型魔物の魔族もいますし……」
「ネチネチうるっさいなあきみも!?」
「うるさいのはあんただ! あんたみたいな声がデカいのがいるから、いまだにケンカしてる人間と魔族がいるんだろ!」
「あのあの。2人とも論点がズレてってます」
「そうだなイエ! 問題はこいつをどう捕まえるかってことだっ、情状酌量の余地はない!」
「うるさい! 紅生姜はヒトトカゲ族の万能薬だ、あたしが人界でビッグなことを成し遂げるためには必要なんだあ!」
やっぱり情状酌量も慈悲もいらない。猛々しい盗人は尻尾をもたげながら拳法の構えを見せた。
「あたしゃ人呼んで『紅い拳士』! 覚悟!」
「赤っぽいケンシぐらいごまんといるわ! 色だけで二つ名にすな!」
ハルトは応銃パラレラムへ手をかけた、
イエが「えい」っと紅い拳士の顔面へボサボサ髪の昆虫を投げつけた。
「ひ、ひぃぃぃぃコゴロウムシだぁぁぁぁおああああガボゲボゴボ」 ーーアケチチチ、ケチチチアケチ
顔面をハグしたコゴロウムシが紅い拳士の口に尾をねじ込み、どす黒い液体を……コーヒーを流し込んだ。
すると「ぶぅぅんぬ」、彼は泡をふいて倒れてしまったのだった。
ーーアケーッチチチチ! ……コゴロウムシが大きく鳴くとどこからともなく仲間たちが現れ、尻尾に群がった。
根元から食い付き、食い破り、食い千切って。
1本丸ごとみんなで抱えて、ウキウキと撤収していったのだった……。
「ふう。どう捕まえるかってことならこれが一番ですよハルトさん、戦うなんてダメです」
「……戦うよりエグいことしたけどな」
「また生えてきますから。なんなら集落に連れていってから私が治療します」
そして2人が引きずっていった魔族は、あのヒトトカゲ集落でもいくつか大事なものを失うハメになるのだった。




