1-2「ハルトとイエ」
しかし。自称大魔術師フーディルフの背中を穿つはずだった散魔弾は、着弾と同時に彼を覆ったバリアに阻まれた。
つんのめりながら振り向いた老人の胸元には、魔力の輝きを発するアミュレットがあった。
「貴様ァ!? アミュレットの護りがあっても痛いのは痛いのだぞ!?」
「ちっ!? 聞いてないぞっっ……」
「あうっっ」
ハルトの次弾か早いかフーディルフが手の内に集めた破壊光線が早いか、と緊迫の一瞬の中へ巨影が割り込んだ。
イエが段平刀でフーディルフを突き込んだ、
というより、つまずいて転んだ拍子に段平刀を突き込んだだけだった。
「ぬおああああ!?」、バリアは発動したもののモールの屋上から突き出されたフーディルフは駐車場へ落下。
配下のゴキブリン大隊をぶっ飛ばしながら墜落し、ダメージ0でも衝撃からピクピクと打ち震えた。
「イエぇぇぇぇ!? 落とすなよっ、裏取った意味無いだろ!」
「ハルトさんの2発目が当たってても落ちてましたよ」
いくつかのハンドサインを交わした後、ハルトとイエもまた屋上から飛び降りた。
「《グライド》(滑空魔法)」
頭から墜ちゆくだけの自然落下が、イエの魔法によってスライダーじみた滑空へ。
「【ジェネリックウェポン】」
次いで彼女が技を発すれば、
魔力で形作られた様々なレプリカ武器が、後光がごとく纏われた。
(使わずに済むなら、それに越したことはないけどな)
対してハルトは、応銃パラレラムを装備解除していた。
翻した後ろ手にイエから渡されたモノを、代わりに装備して、
「【ウェポンマスタリー】」
血潮がごとき波動が、心臓から両手へかけて纏われた。
「バカめ若造っっ……ばぎゃめっっっっ!?」 ーーキブァリャ!?
対空迎撃を命じられたゴキブリンたちがフーディルフの肉壁として飛び上がった……が、支配者もろとも悲鳴をあげた。
着弾、いや、着地とともにハルトが殴りかかったからだ。
レプリカ魔道書の角で。
ただそれだけで、数十体からのゴキブリンの肉壁が吹き飛んだ。
そしてフーディルフのバリアを貫通し、
彼の胸元のアミュレットを粉砕した。
一瞬遅れて、巻き起こった波動がさらに数十体のゴキブリンを蹴散らした。
アミュレットが壊れた魔力の奔流よりも、波動のほうがよほど大きかった。
なにしろアスファルトでさえ、魔道書の角の形へ数メートル規模で陥没したのだから。
その一撃で以て、レプリカ魔道書は壊れて消えた。
「ワ、ワシのアミュレットがーーーー!?」
「うわ!? マジでゴキブリかよ!?」
アミュレットでなんとか命拾いしたフーディルフが四つん這いにひっくり返り、カサカサと逃げた。
「ゴキブリンたちよっ、あいつらをミンチにしてしまえい!」 ーーキィィブゥゥ!
ゴキブリンたちが四方八方からハルトとイエへ迫った。
「イエ!」「どうぞ」
対してハルトはまたもハンドサインによって、次の武器をイエから渡された。
それはレプリカ大剣だった。
「ジャマだ!」 ーーキブゥゥッッ!
イエがサッと身を屈めたのと同時、回転斬り。レプリカ大剣は四方八方のゴキブリンをことごとくぶった斬っていき、波動の渦を大きく広げてから壊れた。
すでにハルトは次の武器を渡されていた。
「逃がすか……よっ!」
レプリカスピア、投擲。
大剣が周囲円範囲を切り開いたのに対して、スピアは『投げ槍』の名のとおり直線範囲を愚直に貫いた。
フーディルフの頭上まで「ひい!?」、ゴキブリンどもを突き飛ばして活路を拓いたのだ。
ハルトとイエは、大魔術師へ再び詰め寄った。
「またしてもバカめっっ、妖刀ガンジーの冴えを見ませい!」
四つん這いから跳び上がったフーディルフは、どう仕舞っていたものやら禍々しいニフ刀を懐から抜いていた。
「失礼します」「いにっ!?」
しかし。死角から潜り込んだイエがフーディルフの腕をトトンと爪弾けば、弛緩した彼の手は妖刀を手放してしまった。
すかさず、ハルトは妖刀をかすめ取った。
「ふんっ」「うぉい!?」
明後日の方角めがけてアスファルトに打ち付ければ、天地を結ぶように高々と走っていった波動がモールを両断。
その一撃だけで、大魔術師の秘蔵妖刀はレプリカ武器たちと同じように壊れた。
「妖刀ガンジーがああああ!? ワシを斬るんじゃないのか!? 煽りか!? 煽りなのかあ!?」
「目的はじいさんを殺すことじゃないからっ、な!」
ハルトはイエから、ハリセンよろしくレプリカファン(扇)を受け取っていた。
「《ポーズ》(停止魔法)!」
だが、打ち下ろす前に2人の動きは急停止していた。
なびいた服や髪までそのままに、フーディルフが放った魔法によってポーズしてしまったのだ。
「停止魔法……! 大昔に使い手のいなくなった魔法のはず、なんですけど……!」
「くそっ、ボケてても大魔術師か!」
「わはははははははは! 絶望するがいい! ワシとここまで渡り合った褒美に、この秘術で殺してやろう!」
フーディルフが大の字に四肢を広げれば、ゴキブリンたちが彼へ群がってきた。
1体1体が精密なパーツとして組み合わさり、大魔術師のアーマーとして肥大化していったのだ。
瞬く間に、見上げるばかりの筋骨隆々ゴキブリ巨人へとビルドアップされていった。