10-1「Q」
未制覇のダンジョンの前には、『拠点村』と呼ばれるコミュニティが形成されるものだ。
何度失敗しても諦めきれない冒険者どもをカモに、商売人がわいてくるのである。
「最新鋭の魔法だの忌避剤だのはよくない……昔ながらの火炎放射器がいちばんじゃ。良い消毒ができる」「くっ……良い値段すんなあ、足元見やがって」「だからおれっちは通販なのさ……っておいいっ、商品より送料のほうが高いじゃんよ!」「素人だなー、プレミアム会員なっとけよな」「このダンジョンを制覇した名声さえあれば、宿のあの子もおいらの身請けを受けてくれるはず……!」「娼婦が名声なんかでなびくかよ」
ギア仕掛けの重火器や装甲車が売られ、通販会社のドローンや使い魔が飛び交っている。早朝の宿から、忙しげな娼婦たちよりも呑気に挑戦者たちが出立していく。
一方。そんな光景を尻目にした青年冒険者と乙女千癒術士は、苔むした岩山に開いたダンジョンの入り口にいたのだ。
『Qズ・モウ』、と冒険者ギルドの看板が掲げられた大口の前に。
「イエ、準備はいいか?」
「バッチリですハルトさん。千癒術士の私がいれば、拠点村で買わされるものは1つもないのです」
「頼もしいな。で、そのランタンは?」
「これは私のコレクションで買ったので……少し……かなり割高でも……ごにょごにょ」
ハルトとイエは、他の冒険者たちがパーティごとに突入していくのと同じように暗がりの向こうへ……。
次の瞬間、魔力由来の揺らぎが2人の五感をかすめた。
すると。いっしょに突入していた冒険者たちは誰もいなくなり、すぐ後ろにあったはずの入口さえなくなっていた。
そこはすでに、ジメジメと生臭い洞窟の腹中だった。
滅茶苦茶に入り組んだ通路の半ばで、ハルトとイエは放り込まれたかのようにぽつんと立っていたのだ。
「みんな違うスタート地点に飛ばされるにしても、どうしてパーティを組んでたら離ればなれにならないんでしょう?」
「まあ、外から見た大きさとか無視して次元が歪んでるくらいだからな。ダンジョンの七不思議ってやつ」
「きっと絆の力か愛の力ですね」
「……まだエーテル酔いしてる? そんなことより依頼のオタカラをさっさと探しに行こうぜ、道案内と警戒よろしく」
「はいです。《ライト》、フェアリー《マップ》、トラップラップ」
暗がりに光を、道に導を、罠にラップを。水と土のエーテルギアが多めに生えた魔境の奥へ。
ーーキュキュ…… ーーセッキュキュ ーーセキュウ
と。さっそく、このダンジョンの代名詞たる魔物のグループと出くわした。
ーー 赤血Q ーー
中央がへこんだ円盤状、人をダメにするクッションくらい大きいアメーバ型の魔物だ。
「わあ、赤血Qがこんなに。さすがQズ・モールです」
「モールじゃなくてQズ・モウ。『Qの胃袋』って意味だよ」
「今回こそ私に任せてください、ハルトさん。Q対策もバッチリですから」
中距離からプルプルと警戒している赤血Qに対して、イエはローブの大袖から何か取り出した。
手のひらに余裕で収まる超小型サイズな、いわゆるデリンジャー護身拳銃だった。
「買ってないですよ。レンタルです、これなら女の子でも扱えるからって」
「まだ何も言ってない。てか無理に戦わなくていいっての、オレはべつに戦力としておまえを数えてないんだから」
「良い意味で」
「自分で言うな」
「ばんっっああああ」「イエぇぇぇぇ!?」
魔弾を発射したイエは、反動に負けてねじれた。
当然のように、跳ね上がりすぎた魔弾は赤血Qではなく天井へ当たった。
「……私が間違ってました、ハルトさん」
「みなまで言うな」
「Q族の魔物には魔弾より属性攻撃が有効なんでした。ぬんっっ、《ファイアアロー》(火矢魔法)……!」
助け起こそうとしたハルトが「おい!?」とのけぞったのと同時、ねじれ解消したイエが最下級の攻撃魔法を放った。
か細すぎる火の矢が赤血Qへ猛進……しながらUターンしてイエへ命中した。
「ああああアチアチアチチ」「イエぇぇぇぇ!?」
イエのヘソが燃えてしまう前になんとか鎮火。
「もういい!」
ハルトは応銃パラレラムを取り出し、振り向きざまにハンドガンからアサルトライフルへ変形させた。
ーーキュキュ……! ーーセキュア!? ーーセンキュウ!
狡猾ににじり寄ってきていた赤血Qたちへ、制圧力重視の高反動魔弾をたたみかけた。
1発2発ではアメーバをへこませるだけだったが、やがて中心に秘められていた小人型のコアを破壊した。
すると赤血Qたちは崩壊していき、コアの中に封じられていたものが解放された。
コアどころか赤血Qの質量を物理的に無視して、武器やアイテムの類いが吐き出されたのだ。
「へぶっっ……た、助かったああああ!」
あと、服だけ溶かされたほぼ全裸の女冒険者も。
「う、うああああ!?」
「あらら。大丈夫ですか、これ使ってください」
舞うようにハルトを後衛へチェンジさせたイエが、大袖の中から引っ張り出した外套を女冒険者へ渡した。
……しばし背を向けていたハルトがイエの合図で振り向けば、女冒険者はとくに恥じらう様子も無く外套だけ被っていた。
「マジで助かったわー。迷惑ついでにこいつらがドロップした装備譲ってくれない? たぶん仲間が持ってたやつなの」
「どうぞ。いいですよねハルトさん」
「……ぉん。脱出するなら送ってこうか?」
「あんがと、でも大丈夫よ紳士くん。ったくもー赤血Qなんて大っ嫌い、服だけ溶かしてどこに運んでくやら」
「白血Qよりマシですよ、服どころか身体も溶かされちゃいますし」
「違いないわ。そんじゃあね、あんたらも気をつけて」
バンテージを靴代わりに巻いて。適当な銃器を二刀流にして。したたかな女冒険者は出口方面へ去っていったのだった。
「……きっとこの出会いも、絆の力か愛の力ですね」
「み、見てないから! あんな素寒貧がパーティ入っても困るから!」
「わかってますよ。ですです」