8-1「さめ」
さめ族は、世界最弱かつ世界最多の種類をもつ魔物だ。
ーーしゃーく! しゃしゃっ、しゃっ、ふかひれれ!
小型犬サイズの鮫型ながらはんぺんみたいな手足を備えていて、尻尾で重心をとりながら二足歩行している。
トラバサミじみたギザギザの歯は一見すると凶器だが、噛む力が赤ちゃん並みなのでリンゴもなかなか砕けない。
一方で小学生並みの知能は有しているようで。人語を理解しているかは定かではないが、つぶらな瞳を見つめてやればワリと円滑に意志疎通できる。
物が吸い付く不思議なお手々に石や小枝を握りしめ、仲間といっしょに子供の秘密基地めいた建物を作ることもあった。
「ああごめんなさい、皮剥かないとリンゴ食べられないですよね。ハルトさん、ステイサムくんを持っててください」
「言ってる場合か」 ーーしゃめはだぁ!
今、さめの秘密基地が並ぶ湿地にて。イエはもっともポピュラーな青さめをだっこしていて、ハルトは呆れていた。
というのも、ここは現在進行形で動乱の最中にあったからだ。
ーーさめ! ーーさめめ! ーーふぅかひれっ! ーーしゃーめめしゃ! ーーめがろどん!
さめたちの群れが、意味不明な文字を書いた手作りプラカードやゲバ棒を持って一ヶ所に詰めかけていた。
岩の肌をもった岩さめ、背ビレに花が咲いた花さめ、青さめよりは強いとか強くないとかいわれているぶちさめ、吸盤を備えたたこさめ、風を纏った竜巻さめ、などなど。
彼らは、湿地のど真ん中にそびえる人工の塔に抗議しているようだった。
ソレは円状の階層がのっぺりと積み上げられた約10階建ての塔だった。どの階層にも窓1つ見えない。
屋上にちょうどヘリコプターが降り立ったところであり、スーツ姿の人影が縁へ歩み出た。
「ハハッ、きみたちもしつこいなあ! あの醜いさめマニアからいくら貰えるのか知らないけどサ、これはビジネスなんだよ! メグちゃんのことはもう諦めたまえ!」
キザったらしい偉丈夫だ。片手にメガホンを、そして片手には檻を持っていた。
ーーしゃぁーめぇー! ーーしゃめ!?
ドレスを着たような肌のさめ……姫さめのメグちゃんが閉じ込められていて。ステイサムくんがジタバタと反応した。
「服に着られた成金盗賊がエラそうに! わざわざ出迎えてくれたからには、もう逃げ回らないってこでいいよな!?」
「はああん? ワルいねえ、小さすぎてぜんぜん聞こえないねえっ! まあなんにせよタイムイズマネー、これ以上の時間と金をムダにするわけにはいかないからサ! せいぜい上ってくるといい!」
ハルトとイエは顔を見合わせた。
「もっとも内部では、調教済みのさめ軍団が選りすぐりの魔物使いたちとともに待ち構えてるがね! しかも各階を進むためには暗号キーが必要だ、きみたち脳筋がどこまで上がれるか見ものだよ!」
「イエ。前に読んだマンガでやってたやつ、試してみてもいいか?」
「私もおんなじこと考えてました。やってみましょう」
成金盗賊の忠告はだいたい無視して、2人はさめのデモ隊をどぅどぅと下がらせて。
「【ジェネリックウェポン】」「【ウェポンマスタリー】」
魔力で形作られた様々なレプリカ武器が、後光がごとくイエに纏われた。そこから渡されたハンマーをハルトが握れば、血潮がごとき波動が心臓から両手へかけて纏われた。
「オレたちが上るんじゃなくてっ……おまえが下りてこいっっ!!」
ハルトは塔へ飛びかかり、回し蹴りよろしくハンマーを打ち付けた。
塔の1階が、ドスコンッッと丸ごと打ち出された。
「なっ、なんだとぅぅぅぅ!?」
「だるま落としはリズムが大事らしいですよ、ハルトさん」「そっ、うっ、だっ、なっ!」
【ウェポンマスタリー】を発動したハルトの武器は異常な破壊力を出せる代わりに一撃で必ず壊れる。しかしイエが【ジェネリックウェポン】を発動しているなら問題無い。ハンマーが壊れた時には次の1本がすでに生成されていて、乙女から青年へ渡されるたびにリズミカルな大だるま落としが轟いた。
1階、また1階と塔は低くなっていった。……やがて、『塔』ですらなくなった。
唯一残った最上階の屋上で、転倒した成金盗賊の脚が手すりに絡まってピクピクしていた。
ーーしゃあぁぁぁぁめぇぇぇぇ! ……一方、怒りの鳴き声たちとともに四方八方から悲鳴が響いた。
ぶっ飛ばされた各階層の輪切りから、様々なテーマのさめ軍団に追われて魔物使いたちが逃げ出していたのだ。
指揮の魔力を込めた鞭でさめたちのいくらかは叩きのめしていたものの、あえなく噛みつかれたりビンタを食らっていた。
「どこが調教済みだよ……」「あっ」
そんな光景によそ見をした直後、降ってきた檻がイエを捕まえた。
「イエぇぇぇぇ!?」
「……どうしましょうハルトさん。とりあえず、ステイサムくんは鉄格子をすり抜けられそうですのでどうぞ」
「言ってる場合か!」 ーーふかぁ……?
鉄格子の間から差し出されたステイサムくんを、ハルトも反射的に受け取ってしまった。
他でもない、その檻をぶん投げてきた成金盗賊が屋上でキレた笑みを浮かべていた。
「ふふふふふふ! ざまあみろ、遅れは取ったがそっちのやり口はリサーチ済みサッッ! きみはマヌケなカノジョから換えの武器を渡し続けてもらわないと、しょせんサル並みの戦いかたしかできないんだろう!?」
「ちょっと待ってくださいねハルトさん、向きをうまく変えたら武器だけでも……がすがす……がすっ……ダメみたいです」
「……わかってるよ。大丈夫、いろんな意味でよくあるパターンだからな」
やはり成金盗賊の戯言はだいたい無視して、ハルトはどことなく不安げなステイサムくんを見下ろした。
「おい、ステイサムくん。ここまできたんだ、メグちゃんを救う覚悟はあるな?」
ーー……しゃーーく! ーーしゃあめぇ!
投げ捨てられていた檻の中で姫さめが泣いている。成金盗賊がガトリング砲を《イークイップ》(装備魔法)したのが早かったか、ハルトが振りかぶった手にステイサムくんが乗るのが早かったか。
「オレが武器だって思えばっ……武器になるんだよっっ!!」 ーーしゃあぁぁぁぁおらぁぁぁぁ!!
牙を剥いた超巨大サメ……いや、【ウェポンマスタリー】の波動を纏ったステイサムくんがぶん投げられた。
「なっっ……なんだとぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
クリティカルヒット。青さめが食い込んだ成金盗賊は一瞬だけ踏ん張ったものの、ついには彼方までぶっ飛んだのだった。
「……おつかれステイサムくん。壊れるのはモノだけでよかったな、しばらくはヒレ1本も動かせられないだろうけど」 ーーしゃ、しゃらほろひれはれ~~……
姫さめの檻の前でノビていたステイサムくんは、しかして悔い無く笑っているように見えたのだった。