7-1「ギア」
珍しく、2人とも余暇ができた昼下がり。ハルトとイエは2DKのマイホームで思い思いの時間を過ごしていた。
「イエ。さっきからそれ、何してるんだ? パズル?」
MMORPGからログアウトしたハルトは、自室のベッドに腰かけたままリビングへ顔を向けた。
「そんなところです。マリーさんが作った、子供向けのエーテルギア教育キットをモニターしてるんです」
「へえ? 夏休みはまだ先なのに、あいつも熱心だな」
さっきまでは壁一枚向こうの自室でサブスクのドラマでも見ていたらしいイエが、リビングのテーブルに着いていて。小冊子を片手に、クッキーサイズのカラフルな小物を卓上へ広げていた。
ハルトもリビングへ行けば、たしかにそれらはクッキーではなく普遍のクラフト素材だった。
魔力の結晶、エーテルギアである。
「えっと。次にファイアギアを1枚外して。残りのファイアギアと……ループ処理でアイス化させたウォーターギアの全てに繋がるように連結して……魔石をクリック」
属性色のギアをジグソーよろしく並び替えると。イエはケーブルで繋がれていた虹色の小石を、針サイズの杖で突いた。
するとギアたちは魔力を発しながら回りだし、その輝きは舞い上がる雪へと形を成した。
「わあ。見てくださいハルトさん、小さい子が喜びそうですね。わあ、わあ」
「……そだな。おまえがモニターに選ばれて正解だと思うよ」
ハルトはイエから小冊子を貸してもらって、パラパラと捲ってみた。
『ギアは、世界中のどんなきかいにも使われているパーツだよ。
エーテルと同じでギアには6つのぞくせいがあるんだ。『ひ』、『みず』、『かぜ』、『つち』の4大ぞくせいと、とってもめずらしい『ひかり』と『やみ』の2ぞくせいだね。
ぞくせい・形・大きさのちがいを合わせたら、とってもたくさんのしゅるいのギアがあるんだ。
いろんなギアをれんけつさせて『ませき』や『ましん(魔針)』でまりょくを送ると、まほうみたいな力が使えるんだね。
ギアはダンジョンでほりだすものだから、まものやこわい人がいてあぶないよ。ぜったいにお店で買おう!』
ギア仕掛けのメイドのデフォルメイラストが、表情豊かに解説しているのだった。
◯ ◯ ◯ ◯
家電量販店では、初夏を見越して冷蔵庫や洗濯機の最新機種がセール中だった。
デモモードながら通電されている展示機たちが、排熱口などの向こう側で色とりどりのギアを回している様も見せていた。
「最新の家庭用オルトギア~、体験会やってま~す。いかがですか~」
そしてイベントスペースでは。等身大の人型ロボが、生体と遜色無いなめらかな皮膚を纏って座していた。
排気機構かつ人間との外見的差異として露出している各部のギアを除けば、スーツ姿で眠っている男女にしか見えない。
「お。ちょっと見てきていいか?」
「買う余裕は無いですしレンタルも高いですし家事なら私とハルトさんだけでうまく回ってるじゃないですか」
「……ずいぶん捲し立てるな」
「だって、家庭用オルトギアが性癖を歪めるケースは治しきれないので……」
「どんな心配してるんだ! 単純にロボっぽいのが好きなだけだよっ」
ハルトは小脇に抱えた蛍光灯のまとめ買いパックを落としそうになった。イエがメモを頼りにボタン電池を探すのを待つ間、遠巻きにだけイベントスペースを眺める。
販売員が老婆へ二言三言話し込んだ後、フェアリー経由で執事タイプのオルトギアを起動させた。
[こんにちは。現在デモモードにて起動中でございます、デモンストレーションを選択してください]
瞳の奥でギアの輝きが回っている。やや抑揚に乏しい表情と口調ながら、下手な人間よりも折り目正しい会釈をした。
販売員が2体のフェアリーを連れてくると、同じ手乗りサイズな機械仕掛けのグリモア(魔導書)を与えた。
グリモアがプラモデルのパーツのように変形していき、フェアリーと合体した。
メカニカルな武装を纏った、アーマードフェアリーの完成だ。
[かしこまりました。フェアリーギアスバトルのデモンストレーションを開始いたします]
販売員とオルトギアに分かれた武装妖精フェアリーギアスが、アツいバトルを繰り広げだした。
「どうですか、最新世代の家庭用モデルはフェアリーギアスの対戦相手にもなってくれるんです。お孫さんが喜びますね」
「いいわねえ。あたしってほら、社交ダンスを最近習いはじめたんだけどそういうお相手にもなってくれるのかしら?」
「さっすがお目が高い。ボディの柔軟性を拡充するカスタムパッケージでは、社交ダンスのモジュールもご用意できます。リード役とフォロー役両方のレッスンに対応してますから、旦那様と学べば街一番の夫婦ダンサーにだってなれますよ」
「その話、詳しく」
イエがグイグイ釣られていった。
「それはもう普通にダンス教室行け……! いやオレは踊らないけど!」
◯ ◯ ◯ ◯
「たのもーーっ! ここに最強の武器使いがいると聞いたべさっ、おらと一勝負願うずらーー!」
……夜。風呂上がりのハルトは歯ブラシをくわえたまま、同じく寝間着姿のイエとともに玄関先へ出た。
すると、家の前の通りに黒金の軍団がいた。
歯車仕掛けの強化外骨格を装着した、フルアーマー帝国兵の一個分隊である。
「おらのギアスは上京資金のほとんどをつぎ込んでフルチューンしたんだべ! 正直、教官よりも強いずらぁ!」
『G.E.A.R.s』(ギアス)と刻印された強化外骨格は、文字通りギアの集合体の趣だ。超重量のフルアーマーをも翻せる膂力を与え、彼らベルアーデ帝国兵のように量産化された豪傑を生み出せる。
一団の数歩前にしゃしゃり出ていたのは、何の戦略的優位性も無さそうな彫刻などで鎧をゴツくした帝国兵だ。
訓練用の対戦車ライフルを担いでいたが、その後方では教官の印を付けた帝国兵が笑いを堪えていた。
「大型新人が釣れたんでな。今回もよろしく頼むよ、坊っちゃん」
「イキリ新人にオレの噂をいちいち流すなおっさん! あと坊っちゃん呼びやめろ!」
「ハルトさん、その歯ブラシ毛先が広がってますよ。そろそろ変えましょう」
「ああ、そう? おまえ基準だとこまめに変えすぎなんだけどなあ」
「シカトしてんじゃねぇずらぁぁぁぁ!」
イキリ新人が、ギアスの踵に搭載されたローラーをかき鳴らしながら突っ込んできた。
「じゃあ、掃除道具にでもするか……っとお!」
ハルトは【ウェポンマスタリー】を発動させ、歯ブラシでイキリ新人をぶっ飛ばした。
「だっ、きゃああああああ!?」「うああああオンナだったああ!?」「あるあるですね」
ギアスもフルアーマーも……インナースーツも破壊したら、半裸の女が飛び出たので。イエに目を塞がれたハルトだった。