人間質屋
オレは人間を売っている。生活音が一切聞こえないこの郊外で。
商品たる人間から毎日送られる健康の報告。彼らも自ら進んで進んでこの「人間質屋」に売り込んでいる。なので、自身の商品性は必死になって守っているというワケだ。それらの報告をまとめあげ、人間の在庫をチェックする。
入店のベルが鳴った。カウンターと応接間しかない狭苦しい店を見渡す入店者。立派なスーツ姿だ。このご時世でよく入手できた。
「すみません」スーツの彼はオレに言う。「質に入れさせてください」
新しい人間だ。今の時代、質に入らない人間はほぼ飢えて死ぬ。それもこれも宇宙存在のせいなのだけれど、我々にはどうしようもない。
「はい、解りました。ではそのソファにおかけください」
と、応接間に座らせる。オレもボロボロの椅子に腰をかけた。
「ではまず年齢を」
「二十歳です」
「証明は?」
「こちらです」
旧時代の身分証明書を出された。公共だの国だのと呼べるものが絶滅しているので、これに信頼性はない。しかし、これ以外では己を証明できそうもない。
質入りは成人しないと許されない。少なくとも宇宙存在はそう言う。目の前の青年は許された存在なのだ。
「では、次の質問へ……」
面接が始まる。しかし、かつての就活とは違い、今はあまりに短く終わる。
「名前は?」
「LNです」
「得意なことは?」
「体力仕事です。住んでいたところではいっぱい行ってきました。どんなものも持てます」
「では……性処理の相手になるのは?」
「え?」
青年LN氏の笑顔に影が走る。客である宇宙存在は時にそれを要求する。これを飲めなけれ商品となるのは難しい。
青年は喉に力を入れ、目を震わせた。「はい」と言い、少し間を開けて「できます」と覚悟を示した。
「はい、ありがとうございます。では焼印を持ってきますのでお待ちを」
席を立ち、裏へ。LN氏は普通の人間だ。一人一人価値の違う人間だが、商品としては均一性が欲しい。だから正直何が得意かなんて関係ない。先の問答は、相手を安心させるもの。ただ、性処理は本当だが。
焼印を持ってきた。肝が冷えるほど熱いこれを、スーツを脱いだLN氏に押し付けた。彼は痛みに泣き叫ぶ。
終わって、値札を首から下げさせた。生きている奴はみんなこれを下げている。オレは商人が故に例外だ。
連絡したらすぐ来るように伝えた。彼は頭を下げて帰っていく。
この地球は宇宙存在なるものに支配され、人間は奴らの奴隷となった。人類は次々と売られ、数を大幅に減らしている。オレは人間を売っているから敵方だ。しかしこうでもしなければ生き残れない。そして人々は抵抗してくれない。
ひとつ疑問なのは、奴隷として宇宙存在のもとに行った者は何としているのか。これが全く不明なのだ。商人のオレにさえ伝えられていない。人類も少ない中、これでは反抗策もとれない。
昼食と、気分転換を兼ねて町に出る。人と呼べる生物は、オレ以外にいなかった。寂れて、しか未だ朽ちていない家々。どんな奴も奴隷として出ていった。そんな社会の当然が、オレに孤独を突きつける。敵のオレを責める奴すらいない。
この町の中で、明確に動きがある場所に着いた。バーガー屋だ。昔は大手チェーン店だった。目の前のものは、それの崩れていない残骸だ。
入店すると特徴的なチャイムが鳴る。未だ生き残っている店員達がオレに挨拶して、接客する。
「ご注文は?」
「……ダブルチーズで」
「かしこまりました。セットで?」
「あぁ、はい。まだいるんですね。人類」
「そーですねー」店員の男は快活。「元気にやっています」
元気すぎるぐらいだ。客はオレ一人なのですぐできた。食料も少ないだろうに、どうやって確保しているのだろうか。
しかし相変わらず不味いバーガーだ。牛肉ではなく豚肉の味がする。店員が元気であることだけが救いだ。その店員達も外見が似ている輩ばかりだが。どいつも笑顔が眩しい。何が楽しくて笑うのか。この時代では解らない。けれど、オレはこれが見たくて来ているのかもしれない。
食い終わって、店に戻る。陰気な店内。窓からの陽光。消えかけの電気。日常だけの空間。なのに緊張が走った。
客だ。宇宙存在だ。
彼らは姿が見えない。肉体もない。だが存在は肌で解る。
「いらっしゃいませ!」腰を低くして言う。「どのようなご要件でしょうか」誰もいない店へ。
「あ、これは失礼しました。実はですね、新しい人間を求めているのですが」
「そうでございましたか。ささ、こちらへ」
と、応接間へ移動する。姿がないのになぜこんなことをするのか、自分でも解らない。
「失礼します」
宇宙存在は礼儀正しい。まるで社会人だ。
「それで早速ですが」オレから切り出す。「どのような者がお望みで?」
「力があり、見た目にも活力があるものです」
すぐに記憶を辿る。思い浮かべたのはあの青年だった。
連絡し、すぐに来た。LN氏だ。金額の書かれた札をぶら下げている。
「この人が」LN氏に言う。「これから君の仕える人だ。丁重にね」
キョロキョロと見えない人を探して、「はい、よろしくお願いします!」と言う。
「イキがいいですね。これは中々期待できる」
LN氏は突然空中に浮く。本人も何が起きているのかと目を回した。そして、まるでひと晩の夢であるかのように、二人は店からいなくなった。
人間が金で買われる時代。人口という名の在庫は減り続け、しかし高値には至らない。青年と引き換えに、オレはなけなしの金を受け取った。
いつかオレも身売りしないといけないだろう。それまでの間、楽観的に暮らすことは難しい。そう過ごすには、見たくもないものを見すぎてしまった。
在庫管理に戻る。
バーガー屋にて、店員は語らう。
「ねぇ、次はどの人間になる?」
「皮はいくらでもあるしね。中身の処理が面倒だけど」
「肉はパティにすればいいでしょ。あぁ、人間ごっこ楽しいなぁ」