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08話 要求

「私のスローライフはどこに……」


 ぼやくように呟いた。

 また一人になって寂しいからではない。


 理想とするスローライフとは、言わばぐうたらすることである。

 働かずに飯を食べ、日がな一日を非生産的に過ごす。

 そんな理想を、ずっと私は追い求めている。


 いまは庭の長椅子に寝そべり、酒をちびちび飲んでいた。

 思考が鈍った頭で、ぼんやりと空を眺める。

 質素な造りだが家はある。森の中では獣の肉や果実が手に入る。

 酒だって見つけられた。


 しかしながら、私は満たされない。

 どん欲に何かを欲していることだけはわかる。

 ただ、何を求めているのかがわからない。

 私自身にさえ。


 私は空に輝く太陽に向かって手を伸ばした。

 それが手中に入るように拳を握り込む。

 握った拳を目の前で開いた。

 もちろん、その手の中に太陽はない。


 私は考えることを止めた。

 杯を傾け、残りの酒を一気に呷る。

 多幸感に身をよじらせながら、長椅子に体を預けて寝入った。



 糞尿まみれの家に住めるわけがなく、家は燃やして灰と化した。

 私が建て、長らく住んだ家ではあるが、そこに感傷はない。

 一度すべてを更地に戻し、また家を建てるのに数日を費やした。

 家を造り終わって安堵したためか、ドワーフの国から帰ってきてからすでに三ヵ月あまり経過している。

 私が目指しているのはスローライフなので、時間がゆっくり流れるのは仕方のないことである。


 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 前の家は燃やしてしまい、いまはベッドのシーツすらない有り様だ。

 布は魔法で作ることができない。

 シーツが恋しい。そろそろ新しい服も欲しい。


 私は干し草のベッドでまどろみながら、これからのことを考える。

 夢見たスローライフを、一度整理してみようかと。


 基本は衣食住があれば、事足りる。


 衣はもう限界だ。

 服はほつれ、破れているところがあるし、少し臭っているような気すらする。

 香水を使えば臭いはどうにかなるかもしれないが、そもそも香水なんて持っていない。

 シーツも毛布も布団もない。

 魔法で気温はどうにでもなるが、柔らかい布に包まれてまったりしたいのだ。

 文明人としての尊厳が失われている気がする。

 早急にドワーフの国で入手する必要がある。


 食は問題ない。

 森は食材の宝庫である。

 だが、野菜成分がまったく足りていない。

 畑を作ってもいいが、働くよりもどこかから奪ってきた方が楽である。

 ドワーフの国から買うのも手ではあるが、買いに行くためだけに移動するのは骨が折れるから却下だ。


 住の解決策は見えている。

 レッドドラゴン案件の解決報酬である。

 ただ問題は、ここまで髭どもを連れてこられるかどうかだ。

 部屋のユニット加工でできるかもしれないが、重く大きいものを運ぶのは、私とてつらい。

 ドワーフの国からここまでは、徒歩だとかなり距離がある。

 勝手に来てくれればいいのだが、それは無理だろう。

 最悪、私が先導し、護衛しながら連れてくることになりかねない。


「妙案です! 妙案が思い浮かびました!」


 私の頭の中に電流が走った。

 思いがけず声を荒らげてしまった。

 それも仕方のないこと。あまりにもよい解決策が浮かんだからだ。


 わざわざこんな森の中に住むことはない。

 それならば、ドワーフの国に住めばいいのではないかと。

 どこか町から少し離れた場所をもらい、そこに家を建ててもらう。

 広い庭に大きな家。

 フェンスで囲って、真っ白な大型犬を放し飼い。

 毎日ドワーフの召使いが料理を持って、我が家に訪れる。


「これは最高なのでは?」


 少し身を起こし、酒瓶を取る。

 酒を一口含み、胃の中へと落とし込んだ。


 思い立ったら即行動である。


 だが、今日は日取りが悪い。

 酒も飲んでしまったため、飲酒飛行になってしまう。


「明日行けばいっか……」


 私はうつ伏せになってベッドに沈み、干し草の匂いを嗅いだのだった。



 一週間経ち、ようやく体の調子が戻ってきた。

 すでにドラゴンの巣に寄り、私はドワーフの国へと向かっていた。


 視界の端に見えていたドワーフの国。

 みるみるうちに町は近づき、私は町の上空から見下ろす。

 以前来たのは、もう三ヵ月以上前のこと。

 レッドドラゴンに壊された建物は既に修復され、無事に復興できているようだ。


 町は広く、その周囲を石造りの壁が囲う。

 気づいていたのだが、町の入り口には検問所のような施設がある。

 ただ、私は空を飛べるため関係ない。

 私を検問したくば空にも検問所を造ってみろ、という話である。


 スッと大通りに降り立てば、慌てた様子で髭兵士どもが寄ってくる。

 私は杖を前に突きだして威嚇した。

 女には迂闊に近寄るものじゃない。

 可愛いエルフ娘には棘が存在するのだ。


「何か用ですか?」

「なっ、なんじゃお前は!?」


 短槍の切っ先をこちらに向けてくる。

 攻撃の意志有り。

 反撃も(いと)わないということだろう。

 死んであがなうという言葉を、その身をもって教えるべきか。


 ただ、これから家を建ててもらう予定であり、その前に騒動を起こすことは好ましくない。

 起こすのであれば、建ててもらったあとだ。


「私は不可侵の森の女王クエスです。レッドドラゴンの件で伺いました。ボルグ部隊長にお取次ぎ願います」


 恭しく、淑女のように礼儀正しく伝えると、ぽかんとした表情を見せる兵士たち。

 それを見て思う。惚れさせてしまったのかもしれないと。

 私は罪な女である。


 幾人かの兵士が、ボル髭の元に走ったようだ。

 その間、私は兵士に囲まれながら、通りに連なる店でウィンドウショッピングを楽しむ。

 お金を持っていないので、買えないのだ。


 そして、ようやく伝令兵が戻ってきた。

 ボルグの元に案内するとのことで、私は先導する兵士の後ろを歩く。

 隊列の揃った兵士を引き連れて歩くのは、なかなか心にぐっときた。

 町中をあるく私を、ドワーフたちが見つめてくる。

 注目の的だ。


 案内された先、大きな建物の一室に私は入った。

 部屋に入るとボルグが座って待っていた。


「お久しぶりでございます」


 かしこまって頭を下げる。


「レッドドラゴンの件と聞いたのだが、居場所が突き止められたのか?」


 私は無言でテーブルに近づくと、鞄を開けて逆さに向けて振る。

 ざらざらと鞄からこぼれ落ちるのは赤い鱗。

 論より証拠である。

 本当かどうかわからない話しをするよりも、実物を見せたほうが早い。


 ボルグ部隊長、壁際で待機している兵士たちの目がテーブルの上に向けられ、見開かれている。

 まさに、目から鱗だろう。

 鞄から鱗なのだが。


 ボルグがバンとテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がる。

 手を伸ばし、鱗の山の一つを取ると、じっくり観察する。


「まさしくこれは本物……。レッドドラゴンを討伐したのですか……? 一人で……?」


 畏怖の念が込められているのだろう。その声が少し震えている。

 私はにこりと笑顔を向けた。


「討伐はしていません。私は不可侵の森の女王。レッドドラゴンは配下ではないですが、同じ森に住むものです。交渉し、二度とここを襲わないようにと誓約させました」

「ドラゴンと交渉……? 馬鹿なっ!?」

「その鱗が証明しているでしょう。証拠として鱗を供出させました」


 ボルグは未だ信じ切れていないのか、椅子にどかっと座り、思案顔を見せた。

 あとはこちらのターンである。


「それで報酬の件ですが、少しばかり追加したものがありまして」

「追加とは……?」

「ええ、私は森を出ようかと考えています」

「はっ……?」

「建物だけでなく、土地もいただこうかと思いまして」

「すまないが、どういったことだろうか。皆目見当がつかないのだが」


 髭の生えたおっさんの、きょとん顔が癪にさわる。


「ですから、こちらの国でお世話になりたいなと。庭付き一戸建てを所望します」

「いや……それは……」


 事前に話しをしていないため、返答に詰まるのは予想できたことだ。

 あとは一押しである。

 崖先に追い込んで、背中を一押ししてやるのだ。


「レッドドラゴンを懐柔できるほどの魔法使い。もし、そんな者の機嫌を損ねれば、この国はいったいどうなるのでしょうね?」

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