07話 ドドラ追放
ドワーフの国を出た私は、家に向かって飛んでいた。
気分は最高潮である。
人様には見せられないほど、顔はだらしなく緩んでいることだろう。
欲しかったものが手に入る。
あの様子では改築や増築ではなく、基礎からしっかりとした新築で建ててくれるはずだ。
新築一戸建て庭付きに胸が膨らむ。胸が膨らみ過ぎて、胸が大きくなってしまうかもしれない。
快調に飛ばし、行った時よりも時間はかからず、おんぼろ我が家が建つ辺りまで戻ってきた。
その上空をぐるりと旋回してから地面に降り立った。
入口に向かおうとしたところで、ぴたりと足が止まる。
家の有り様を見て、私はがっくりと肩を落とした。
先ほどの気分が吹き飛んでしまった。
何が起こったのか予想はしつつ、家に入る。
魔法で灯りを点け、ぐるりと見渡し室内の惨状を確認した。
入口は壊れ、壁にくっきりと残る爪のとぎ痕。
部屋の隅から漂ってくるのは、鼻を突くアンモニア臭。
これからどうするか。
すぐに家を建ててもらうのは、さすがに無理だろう。
そもそも、まだ何もなしていない。調査や討伐、報告と時間がかかる。
それまで、ここに住まなければならない。
すべてを壊し、造り直すのも手としてあるが、それは私自身が納得できない。
「今日の晩御飯は、子供ドラゴンの丸焼きですか」
私はベッドで安らかに眠る犯畜生を睨みつける。
シーツはくしゃくしゃになり、泥まみれ。
寝床用の鳥の巣もどきは作ってあるのだが、なぜ人様のベッドで寝ているのか、はなはだ疑問である。
私の脳内で、何かがプツンと切れる音が聞こえた気がした。
寝息を立てるドドラの首根っこを掴み、ベッドから引きずり出し、そのまま床に放り投げた。
倒れている椅子を起こし、座って足を組む。
眼下には地面に転がったドドラがいる。
首を掴まれた時点で起きていたのだろう。
地面に這いつくばるドドラは、媚びへつらうように頭を下げる。
私の足に頭をこすりつけ、きゅんきゅんと鳴き、尻尾をぱたぱたと千切れんばかりに揺らしている。
「おい、トカゲ野郎。このザマはなんですか?」
恫喝するように声をかけると、トカゲの動きはぴたりと止まる。
数秒停止したのち、くるりと体を反転。
地面に仰向けになって腹を見せ、尻尾を振り始めた。
完全服従である。
「言いましたよね? 大人しくしてろって」
トカゲは起き上がり「何のことですか?」と言わんばかりに首を傾げた。
それを見て、私は深いため息を漏らした。
おそらく、ドドラは悪いこととわかってやっている。
これまで一緒に暮らしているうちに、なんとなく理解していた。
生まれたてと言えどドラゴンであり、知性が高いと思わせる行動を見せる。
可愛く見せれば許されると思っているのだろうか。
これも計算でやっているかと思うと、抑えがたい憤りがふつふつと体の奥底から沸いてきた。
私は立ち上がり、ドドラの首を掴んで引きずり外に出る。
まだドドラは飛ぶことができない。ただの翼がついた大きなトカゲだ。
私は杖にまたがり、ドドラを掴んだまま大空へと飛び上がる。
「暴れたらそのまま地面に叩きつけますから」
言葉を理解しているのだろう。
ドドラは人形のように動かなくなった。
向かう先は、ドドラの親であるレッドドラゴンが住まう洞窟である。
ドワーフの件もあり、私はこれから先のことを考えながら飛んだ。
洞穴の前に立つ。
ドラゴンの口のように、大きな入口がぽっかりと開いている。
私は地面に投げたトカゲを睨みつけた。
「お前の親に会いに行くのですよ。しゃんとしなさい」
洞窟の中に向かって歩き出すと、いつもより凛々しい顔つきのドドラが後ろに続く。
奥まで行くと、赤い鱗のドラゴンがこちらを見つめていた。
以前のように咆哮を上げることはなく、その目には優しさの色があるように感じた。
視線はこちらに向いているのだが、私を見つめているのではない。
私の後ろで縮こまるドドラを見ているのだろう。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
もちろん返事は返ってこない。
私は小さく身を縮めたドドラの後ろに移動すると、尻尾を蹴り上げ、前に出るように促した。
「さっさと親のところに帰るのですよ」
小さく鳴き声を上げたドドラはこちらを一度振り返り、親ドラゴンの方向へゆっくり歩いていく。
ア〇マルプラネット放送案件である。
卵をなくしてしまった親ドラゴンは、卵を探してさまよい歩く。
誰かにさらわれたのかと、近くの国に攻め込み探すも見つからなかった。
よもや我が子は食べられてしまったかと思われた時、救世主が悲しみに暮れる親ドラゴンの前に、子供を引き連れ現れた。
生き別れた親子の再会。
感動した。
親ドラゴンは長い首を動かし、ドドラの臭いを嗅いでいる。
我が子と認識したのか、舌を出してドドラを舐める。
少々不安に思っていたが、無事受け入れてもらえたようで一安心である。
引き渡し式は無事終了。
私は次の計画フェーズに移行する。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、こちらの言葉はわかりますか? 理解しているなら首肯してください」
私が尋ねると、長い首を持ち上げた親ドラゴンは首を上下に揺らした。
やはり、こちらの言葉を理解している。
「ドワーフの国を襲ったのはあなたですか?」
首を縦に振るドラゴン。
やはり、ドワーフの国を襲った犯畜生はドドラの親だった。
なぜ襲ったのか謎ではあるが、あとはこいつを討伐すればミッション完了である。
「もうドワーフの国は襲わないですか? 襲うのであれば、ここで殺しますけど」
迷ったような動きを見せるが、首を縦に振るレッドドラゴン。
「わかっていると思いますが、卵を取られたのはお前が弱いからです。それは自然の摂理。許して欲しいなんて言いませんが、かかってくるならいつでも受けて立ちます」
そう伝えると、親ドラゴンは頭を地面にひれ伏した。
ちゃんと格上格下を理解しているようだ。
ドラゴンは魔法を使えるほど高位の魔物である。
魔力探知のようなことができ、私の力を知ったのだろう。勝てない相手だと。
私はそのままドラゴンの巣に歩み寄る。
巣の中を確認すると、綺麗にしているようでゴミなどはほとんどない。
鳥の巣のように木などを組み上げた巣である。
木の隙間を見ると、赤く輝く鱗がいくつか落ちていた。
何かしら、ドラゴンに接触した証拠があればと考えていたのだが、この鱗でどうにかなりそうだ。
私は胸を撫で下ろす。
「剥がれた鱗なんていりませんよね。後から貰いに来ますから」
これからどうするか思案しながら、私は家に向かって飛び立った。