06話 ドワーフの国②
いま、どうなっているのか知りたい。
なんなら手伝ってやってもいい。
再度、私はボルグに告げた。
そしてようやく、こちらに敵意がないことを察してくれたようだ。
前後をドワーフの兵士に挟まれながら、私はとある建物の一室に通される。
大きな部屋ではあるが、一つのテーブルと椅子が置いてあるだけの飾り気のない部屋だ。
下座の席に促され、私は座る。
正面にはボルグが座った。
ボルグの後ろには、私が殴りつけたクソ髭が立つ。
他の者と着ている鎧に違いはないが、クソ髭はそこそこ偉いドワーフだったようだ。
殴られたりないのか、敵意がこもった瞳で私を見下ろしている。
こいつは無視することにする。
ドワーフとは友好的に進めたいのだ。家を造ってもらうために。
部屋の壁際には、むさくるしい髭どもが囲むように並ぶ。
人数が多くて圧迫感があり、さらに湿度と熱気がこもる部屋。
私は少し不快になった。
座ったままの私は杖を軽く持ち上げ、石突で床を叩く。
コツンと硬質な音が鳴るとざわめきが起きる。
周囲をぐるりと私が睨んでやれば、上を見たり、下をみたり、視線をそらす兵士たち。
兵士とは勇猛果敢に国を守る矛や盾ではないのだろうか。
髭兵士たちは、年端もいかない私を恐れているようだった。
その中でただ一人、私に鋭い視線を向けてくる猛者がいる。
テーブルの対面に座る鎧姿のドワーフ。
ボルグ部隊長だ。
「クエス殿、部下をいじめるのはやめてくれないか」
「そんなことはしていませんよ。ただ少し不快に思っただけです」
先ほどから、私に舐めるような視線を向けてくるボルグ。
女日照りなのだろうか。
私の魅力に気づくとは、なかなかいい髭だ。
そんなことよりも、まずは知りたいことがある。
「それで、この国はどういった経緯でこんな有り様に?」
「あなたは北の森――不可侵の森に住んでいるのか?」
こちらの質問に答えず、逆に質問される。
マイナス1ptだ。
マイナス5ptまで行けば鉄拳をプレゼントしてやろう。
それにしても不可侵の森という呼び名は初めて聞いた。地図にも記載がなかった言葉だ。
しかし、北の森とのことなので、いま私が住んでいる場所を指しているのだろう。
「そうですが、それが何か?」
「あそこには大量の魔物が住んでいるだろう? そんなところに……本当に住んでいるのか?」
言われてみると、確かにその通りである。
ドラゴンは一頭しか見ていないが、狼や猿といった大型の魔物にはよく遭遇している。
私の敵ではないため、気にしていないだけなのだが。
言葉から察するに、危険な生物が多く住むため、不可侵の森と呼ばれているようだ。
「確かに色々と厄介なものが住んでいますね。私の住居はかなり北側で、その辺りは平和そのものですよ」
ほほう、とボルグは声を漏らす。
「それで、私の住んでいる場所とこの国のことに何か関係が?」
「先日、不可侵の森に住むレッドドラゴンに攻められたのだ。吐く息は炎となって大地を焦がし、振るう爪は建物を薙ぎ払った。その結果がこの町の惨状だ」
何やら引っかかる言葉を私の耳が捉えた。
レッドドラゴンに攻められたという言葉。
ドラゴン種はその巨体ゆえに必要な食料も多く、飛べるために行動範囲は広い。
だが縄張りに入らない限り、むやみやたらに攻撃はしてこない。
「そちらから何か仕掛けたのではないですか?」
「思い当たる節はないな。突然現れ、烈火の如く町を破壊していった」
なすすべがなかった、と言わんばかりに苦々しい表情をボルグは浮かべた。
きな臭い話だ。
誰かの陰謀のような気がしてならない。
「いまわかっているのはレッドドラゴンが不可侵の森から来たということだけ。今回は建物の被害だけで人的被害は少ないが、また襲われるとなるとどうなるかわからん。それを防ぐためにも調査隊を派兵したいのだが、我々は復興にも力を入れねばならない」
「つまり、私に手伝って欲しいというとこですか?」
「その通り。助力を請いたいと思っている」
室内がざわついた。
それを気に留める様子もなく、ボルグは続ける。
「クエス殿は高位の魔法使いでだろう? レッドドラゴンの住み家を見つけるのは難しくないはずだ。それに悪い話ではない。今回は我が国が攻められたが、クエス殿の住む場所までレッドドラゴンが攻めてくる可能性は十分にある」
話す内容を考えれば、居場所を突き止めて欲しい。
事の次第によっては共闘してドラゴン狩りをしようという目論見だろうか。
この話は私にとって、仕組まれた何かを感じるほどに好都合だ。
ドラゴンの居場所を見つけ、そのまま殺す。
角はないタイプなので、爪でも証拠に剥ぎ取ればいいだろうか。
そんな簡単なことで、恩を売りつけられるということは喜ばしい限りである。
しかし、共闘なんてものはお断りである。
そもそもドワーフは魔法があまり得意でないはずだ。
飛べる私とは進行速度が違い過ぎる。
一人で攻め入った方が圧倒的に早い。
「わかりました。レッドドラゴンの件、まずは私が何とかやってみましょう。討伐できるかどうかはわかりませんが」
周りから「おおっ!」と感嘆の声が漏れる。
ドラゴンとは生物界の頂点の一角であり、ドラゴンと戦える者は一握りだ。
兵士であれば強さに憧れるもの。
兵士たちは羨望の眼差しで、私を見ていることだろう。
私であれば狩れるのは当然。
問題はそのあとのこと。報酬の話だ。
ただ働きなんでするわけがない。
何かしらの対価を得るために動くのが道理である。
「もし解決できた場合の話ですが」
ボルグの視線が一瞬揺れる。
ごくりと固唾を呑む様子が見て取れた。
「たいした話ではありません。いま住んでいる家は私の手造りなのですが、できれば専業の方に造っていただければなと」
私がにっこりと笑うと、内容を聞いて安心したのか、ボルグはしわを深くして笑った。
「それくらい容易いことだ。是非ともお願いしたい」
頼む時は頭を下げろよ髭野郎!
と、怒鳴りそうになったが、私はすまし顔で耐える。
夢のマイホームが手に入れられるのであれば、これくらい堪えられるものだ。
ドワーフの国とは、これから先もうまく付き合っていきたい。
私の魔法でできないことは全部投げる勢いで。
まずは袖の下が有効だろう。
「友好の証として、これをお納めください」
私は持っていた鞄から酒瓶を取り出し、テーブルの上にことりと置いた。
手持ちの酒瓶の数は少ないが、ドワーフの国と繋がれば酒瓶くらいいくらでも入手できるだろう。
ボルグが酒瓶を手に取り、しばし眺めた後、酒精の香りに気がついたようだ。
蓋を開け、その酒瓶から漂う匂いを嗅いでいる。
「これは……? もしやっ……!」
「森で取れたましら酒です。ドワーフはお酒が好きとの話を聞いたことがあったので、持ってきました」
森で取れた酒と聞いて、がやがやと騒がしくなる。
反応を見るに、どうやら貴重な酒のようだ。
この酒は、口に含むとまろやかな味が広がる。
飲みやすく、あとからほんのりとした甘みと酒精の香り。
はっきりとしているが、くどくない余韻を残す。
ただ、ラフレシアもどきの巨大な花から取れる酒である。
根っこが足のように動くのを見ると気持ち悪いが、酒のうまさには抗えない。
これでドワーフたちからの心証もよくなるだろう。
交渉は終わった。
建物の外に出ると、まだあちこちから上がる黒煙が見られる。
消火の手伝いを進言してみたが、ほとんど鎮火しているので必要ないとのことだった。
いますべきことは終わった。
私は颯爽と杖にまたがると、空に向かって飛び上がった。