05話 ドワーフの国①
飛ぶスピードを上げると向かい風が強くなり、少し寒い。
私は鞄から酒瓶を取り出し蓋を開け、そのまま口にくわえる。
ごくり、ごくりと口に含む。
喉を通った命の水が、胃の中に落ちて熱を放つ。その熱が体全体に広がっていく。
体が温まる。
気分も爽快になり、飛ぶスピードを上げた。
蛇行飛行になっているが、これもまた一興である。
私を止められる者は誰もいないのだ。
森を抜け、平地を飛ぶ。
平地の向こうから、いくつもの建造物が姿を現した。
ドワーフの国だ。
空高くから見ていたのでわかっていたことだが、町の各所から煙が上がっていた。
空に向かって伸び、風になびく白い煙や黒い煙。
ドワーフは鍛冶が得意らしく、製錬の煙なのだろうと考えていた。
しかし、町に近づくにつれ、それは間違いだとわかった。
町の上空から見下ろすと、くすぶり煙を吐く建物がいくつもある。
焦げ跡を残して半壊した建物。全壊した建物も視界に入る。
その対応をしているのだろう。
町の通りを慌ただしく、小さなおっさんたちが駆けていた。
現状を見るに、どうやらこの国は攻められたようだ。
戦争渦中かもしれないと思うと少し不安になり、私のチキンハートが震え上がる。
私が目指しているのはスローライフであり、戦いとは極地であるからだ。
しかしながら、ここはチャンスでもある。
私にも手伝えることがあるかもしれない。
空からの偵察ができるし、火の手ならば水の魔法で消すこともできる。多少の治癒魔法ならお手のもの。
ここで恩を売っておけば、家を建ててもらえるかもしれない。
町を見下ろしていると、ドワーフたちが私に気がついたようで、通りに群がり出した。
道に人だかりができていく。
ある者は指を差し、ある者は武器を構え、またある者は怒号を吐く。
人に向かって指差すな、と言いたい。
その集団に向かって、私はゆっくりと降下した。
集団の真上に行くとドワーフの群れがきれいに割れていく。
ぽっかりと空いた場所に、私はふわりと足を着けた。
周囲を見渡すと、髭を生やしたおっさんばかりである。
身長は私と同じくらいの高さで、みんな150センチ前後といったところ。
横幅は違い、腕は丸太のように太く屈強な体つき。
革や金属の鎧を着こみ、武器を携えているドワーフと呼ばれる者たち。
その誰しもが顔に警戒色を浮かべ、私を睨みつけていた。
私は困惑した。
私は眉目秀麗、才色兼備、完全無欠のエルフ様である。
15歳ともあって、まだ色気はさほど出ていないかもしれないが、町を歩けば誰もが振り返るだろう。
ドワーフも私の色香に惑わされるのではないかと、ここに来る前は考えていた。
とっさに思いめぐらし、ある結論に至る。
魔法使いとは貴重な人材である。
強い魔法使いは一人で戦局を変え得る存在なのだ。
私は空からこの町に入ったのだが、空を飛ぶ魔法を使えるのは優れた魔法使いのみ。
突然現れた魔法使いである私に、畏怖を覚えるのは当然の摂理だろう。
どう交渉するか思案していると、顔に雑草を生やしたおっさんが前に立ちふさがった。
革鎧を着たおっさんが槍を構える。
「なんだお前は!? 何者だ! 名を名乗れ!」
命令口調に辟易する。
名を名乗るならば、まずは自分からと習わなかったのだろうか。
私は大人の応対を見せつける。
「私はここより北の森に住む、クエスと申します。黒煙が上がっていたので何事かと思い、確認に来ました」
知的な私の言葉にもかかわらず、髭どもは警戒を解かない。
槍を構えたドワーフがさらに前に出て、槍の切っ先を私に向ける。
雑草髭は顔を赤く染め「チッ」と舌打ちした。
「お前はエルフじゃないか! ここは我らがドワーフの国! 汚れたエルフなぞ立ち入るな! 即刻立ち去れ!」
私が名乗ったにもかかわらず、この口答え。
さらに舌打ちまでしたので役満確定だ。
非常識、舌打ち、顔面赤一色、ドドラバンバンで数え役満である。
正義は我にあり。
愚者には正義の鉄槌を。
私は悪くない。
どんな魔法を使えばいいのか考える。
ここで広範囲魔法をぶっ放すと、虐殺になる。
個人対国になりかねないが、負けることはないだろう。
しかし、それは私の望むものではない。
悪いのは、このクソドワーフ一人のみ。
左手に杖を持ち替えた私は、体全体に魔力を巡らせる。
身体能力向上。
そして、右手には硬質化させた魔力をまとわせた。
私はにっこりとほほ笑んだ。
敵意がないことをアピールだ。
前傾姿勢に、右足に力を込めて大地を蹴り上げる。
蹴り上げた衝撃で土埃が舞い、数メートルあった距離が一瞬で詰まる。
左肩を前に出し、右拳を握り込んだ。
目標はクソドワーフの左頬。
振りかぶった右拳が空気を切り裂く。
打ち下ろしに出した右拳が左頬を捉えると、思いっきり振り抜いた。
戦闘民族さながらのチョッピングライトである。
拳を受けたドワーフは地面に叩きつけられる。
その勢いのまま地面をごろごろと数回転。人だかりが割れた先でようやく止まった。
地面に沈んだドワーフの元に、私はつかつかと優雅に歩み寄る。
見下ろすと、歯は折れ、口からは血が垂れ、ぴくぴくと痙攣していた。
これでも手加減はしたはず。
失神しているだけで、死んでいないと思いたい。
死んでは目覚めが悪いと、私は治癒の魔法をドワーフにかけた。
左頬の痣が、みるみる間に治っていく。
私は周りに視線を向けた。
視界に入った髭どもが後ずさる。
なんとも険しい顔つきである。
この状況であれば、こちらの言うことを聞いてくれるだろう。
私は踏み台の腹に乗り、少し目線を高くする。
「どなたか、ここで何があったのか教えてください。見ての通り、私は魔法の使い手です」
杖を高く掲げ、魔法を発動させる。
直径1メートルほどの火球が生まれ、それを空高く撃ち上げた。
「町中で暴れるのはやめてもらいたい」
一人のドワーフが前に出てくる。
他のドワーフと違い、着ているのは立派な金属鎧。
この髭が責任者だろう。
「あなたは? 私はすでに名乗りましたが」
そう伝えると、一瞬きょとん顔になったドワーフは顔をこわばらせて答えた。
「ワシはこの国の部隊長、ボルグだ」
私は踏み台から降り、ボルグと名乗った男に近づく。
「ボルグさん。お初にお目にかかります。私はクエスと申します。先ほど伝えた通り、状況の確認に参りました。私は魔法使いです。魔法で解決できることであれば、協力するのもやぶさかではございません」
私が右手を差し出すと、ボルグはぴくりと体を震わせた。
それから、まじまじと私の顔を見る髭ボルグ。
ボルグは視線を落とすと、私の右手を握り返した。
こちらの意図を理解してくれたようだ。
握手である。
なんと素晴らしいことだろうか。
こうして私はドワーフの国と親交を結ぶことに成功したのだった。