表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/37

05話 ドワーフの国①

 飛ぶスピードを上げると向かい風が強くなり、少し寒い。

 私は鞄から酒瓶を取り出し蓋を開け、そのまま口にくわえる。


 ごくり、ごくりと口に含む。


 喉を通った命の水が、胃の中に落ちて熱を放つ。その熱が体全体に広がっていく。

 体が温まる。

 気分も爽快になり、飛ぶスピードを上げた。

 蛇行飛行になっているが、これもまた一興である。

 私を止められる者は誰もいないのだ。


 森を抜け、平地を飛ぶ。

 平地の向こうから、いくつもの建造物が姿を現した。

 ドワーフの国だ。


 空高くから見ていたのでわかっていたことだが、町の各所から煙が上がっていた。

 空に向かって伸び、風になびく白い煙や黒い煙。

 ドワーフは鍛冶が得意らしく、製錬の煙なのだろうと考えていた。

 しかし、町に近づくにつれ、それは間違いだとわかった。


 町の上空から見下ろすと、くすぶり煙を吐く建物がいくつもある。

 焦げ跡を残して半壊した建物。全壊した建物も視界に入る。

 その対応をしているのだろう。

 町の通りを慌ただしく、小さなおっさんたちが駆けていた。


 現状を見るに、どうやらこの国は攻められたようだ。

 戦争渦中かもしれないと思うと少し不安になり、私のチキンハートが震え上がる。

 私が目指しているのはスローライフであり、戦いとは極地であるからだ。


 しかしながら、ここはチャンスでもある。

 私にも手伝えることがあるかもしれない。

 空からの偵察ができるし、火の手ならば水の魔法で消すこともできる。多少の治癒魔法ならお手のもの。

 ここで恩を売っておけば、家を建ててもらえるかもしれない。


 町を見下ろしていると、ドワーフたちが私に気がついたようで、通りに群がり出した。

 道に人だかりができていく。

 ある者は指を差し、ある者は武器を構え、またある者は怒号を吐く。


 人に向かって指差すな、と言いたい。


 その集団に向かって、私はゆっくりと降下した。

 集団の真上に行くとドワーフの群れがきれいに割れていく。

 ぽっかりと空いた場所に、私はふわりと足を着けた。


 周囲を見渡すと、髭を生やしたおっさんばかりである。

 身長は私と同じくらいの高さで、みんな150センチ前後といったところ。

 横幅は違い、腕は丸太のように太く屈強な体つき。

 革や金属の鎧を着こみ、武器を携えているドワーフと呼ばれる者たち。

 その誰しもが顔に警戒色を浮かべ、私を睨みつけていた。


 私は困惑した。


 私は眉目秀麗、才色兼備、完全無欠のエルフ様である。

 15歳ともあって、まだ色気はさほど出ていないかもしれないが、町を歩けば誰もが振り返るだろう。

 ドワーフも私の色香に惑わされるのではないかと、ここに来る前は考えていた。


 とっさに思いめぐらし、ある結論に至る。


 魔法使いとは貴重な人材である。

 強い魔法使いは一人で戦局を変え得る存在なのだ。

 私は空からこの町に入ったのだが、空を飛ぶ魔法を使えるのは優れた魔法使いのみ。

 突然現れた魔法使いである私に、畏怖を覚えるのは当然の摂理だろう。


 どう交渉するか思案していると、顔に雑草を生やしたおっさんが前に立ちふさがった。

 革鎧を着たおっさんが槍を構える。


「なんだお前は!? 何者だ! 名を名乗れ!」


 命令口調に辟易する。


 名を名乗るならば、まずは自分からと習わなかったのだろうか。

 私は大人の応対を見せつける。


「私はここより北の森に住む、クエスと申します。黒煙が上がっていたので何事かと思い、確認に来ました」


 知的な私の言葉にもかかわらず、髭どもは警戒を解かない。

 槍を構えたドワーフがさらに前に出て、槍の切っ先を私に向ける。

 雑草髭は顔を赤く染め「チッ」と舌打ちした。


「お前はエルフじゃないか! ここは我らがドワーフの国! 汚れたエルフなぞ立ち入るな! 即刻立ち去れ!」


 私が名乗ったにもかかわらず、この口答え。

 さらに舌打ちまでしたので役満確定だ。

 非常識、舌打ち、顔面赤一色、ドドラバンバンで数え役満である。


 正義は我にあり。

 愚者には正義の鉄槌を。

 私は悪くない。


 どんな魔法を使えばいいのか考える。


 ここで広範囲魔法をぶっ放すと、虐殺になる。

 個人対国になりかねないが、負けることはないだろう。

 しかし、それは私の望むものではない。


 悪いのは、このクソドワーフ一人のみ。


 左手に杖を持ち替えた私は、体全体に魔力を巡らせる。

 身体能力向上。

 そして、右手には硬質化させた魔力をまとわせた。


 私はにっこりとほほ笑んだ。

 敵意がないことをアピールだ。


 前傾姿勢に、右足に力を込めて大地を蹴り上げる。

 蹴り上げた衝撃で土埃が舞い、数メートルあった距離が一瞬で詰まる。

 左肩を前に出し、右拳を握り込んだ。


 目標はクソドワーフの左頬。

 振りかぶった右拳が空気を切り裂く。

 打ち下ろしに出した右拳が左頬を捉えると、思いっきり振り抜いた。


 戦闘民族さながらのチョッピングライト(打ち下ろしの右)である。


 拳を受けたドワーフは地面に叩きつけられる。

 その勢いのまま地面をごろごろと数回転。人だかりが割れた先でようやく止まった。


 地面に沈んだドワーフの元に、私はつかつかと優雅に歩み寄る。

 見下ろすと、歯は折れ、口からは血が垂れ、ぴくぴくと痙攣していた。

 これでも手加減はしたはず。

 失神しているだけで、死んでいないと思いたい。

 死んでは目覚めが悪いと、私は治癒の魔法をドワーフにかけた。

 左頬の痣が、みるみる間に治っていく。


 私は周りに視線を向けた。

 視界に入った髭どもが後ずさる。

 なんとも険しい顔つきである。


 この状況であれば、こちらの言うことを聞いてくれるだろう。

 私は踏み台の腹に乗り、少し目線を高くする。


「どなたか、ここで何があったのか教えてください。見ての通り、私は魔法の使い手です」


 杖を高く掲げ、魔法を発動させる。

 直径1メートルほどの火球が生まれ、それを空高く撃ち上げた。


「町中で暴れるのはやめてもらいたい」


 一人のドワーフが前に出てくる。

 他のドワーフと違い、着ているのは立派な金属鎧。

 この髭が責任者だろう。


「あなたは? 私はすでに名乗りましたが」


 そう伝えると、一瞬きょとん顔になったドワーフは顔をこわばらせて答えた。


「ワシはこの国の部隊長、ボルグだ」


 私は踏み台から降り、ボルグと名乗った男に近づく。


「ボルグさん。お初にお目にかかります。私はクエスと申します。先ほど伝えた通り、状況の確認に参りました。私は魔法使いです。魔法で解決できることであれば、協力するのもやぶさかではございません」


 私が右手を差し出すと、ボルグはぴくりと体を震わせた。

 それから、まじまじと私の顔を見る髭ボルグ。

 ボルグは視線を落とすと、私の右手を握り返した。

 こちらの意図を理解してくれたようだ。


 握手である。


 なんと素晴らしいことだろうか。

 こうして私はドワーフの国と親交を結ぶことに成功したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ