02話 スローライフな食事①
気分は上々。鼻歌交じりに空を飛ぶ。
私は村から真南に向かって進んでいた。
目指している場所はエルフの領土から遠く離れた深い森。
エルフの住む森を抜け、平野を通り、岩山を飛び越える。
目的の場所辺りに着いた頃には、空が赤く染まりだしていた。
高度を上げ、深い森を空から見下ろす。
もちろん初めて来る地だ。
ぐるぐる旋回しながら、よさそうな場所を探す。
木が少なく、ぽっかり開けたいい感じの場所を見つけると、そこを目指して高度を下げていく。
私は地に足を着けると、降り立った場所の周囲をうかがう。
木や草も少ない平地。落ち葉なんかも溜まりにくそうだ。
「よし、ここにしましょうか」
私はここに家を建てて住むことにした。
向かう先を決める時、地図を確認した私は、他の種族がいなさそうなこの森を選んだ。
ただ、森を南に進めばドワーフの住む国がある。
それも考慮して、この森に決めたのだった。
私は魔法で大抵のことはできる。
木があれば、それを切って加工もできる。
あばら家くらいであれば、すぐだ。
実際に、エルフの村に住んでいる時、試しに家を造ってみた。
木を切って、大きな杭のように加工する。地面に突き刺していく。
簡素な家が完成した。
だが、勝手に木を切り倒したことで怒られるという結果も得られた。
ふざけた結果である。
やってみなければ得られないこともあるだろうに。
怒られた結果とは別に、魔法ではできない問題点を抽出できた。
やはり、木だけで家を建てるのは難しいのだ。
最低限、蝶番やガラス窓は必要だと思った。
木の加工でどうにかなりそうだが、耐久性や利便性を考えると、どうしても加工された金属やガラスは欲しい。
だが、魔法で金属を製錬したり、ガラスを作ることは難しい。
ガラスなら材料さえあればどうにかなりそうだが、既製品を入手したほうが早い。
では、どうするのか。
自分でできないなら、できる人に作ってもらえばいい。
必要なものはドワーフの国から入手することを考えた。
ドワーフは物作りが得意な種族らしく、加工された金属やガラスを扱っているとのこと。
だからドワーフの国に近いこの場所に、私は居を構えることにしたわけだ。
何はともあれ、いますぐ必要なものでもない。
いま必要なのは、これから住む家である。
私は家造りに取りかかった。
ここは森の中で、周囲に木がたくさんある。材料には困らない。
魔法で木をカットしていく。釘もないので軸組工法だ。
地面を削り平坦にする。床を組む。柱を地面に突き刺して、柱はそのまま壁も兼用する。
できた壁に組み上げた屋根を乗せ、いとも簡単に完成する。
残念ながら、建った家に窓はない。むしろ入口扉もない。
それは必要な材料の目途が立ってから作ればいいのだ。
入口扉は立てかけ。出入り自由の掘っ立て小屋。
家の横には中身をくり貫いた大岩を置いた。これがお風呂の代わりだ。
お風呂は水の魔法で溜めて、火の魔法で温める。
明かりは光魔法。
掃除は風魔法で一発。
なんとも魔法は便利なものである。
お風呂の大岩はその内に崩れるだろうが。
完成した我が家を前に、私は満足して頷いた。
私がここに住みだしてから、早くも一週間が経過していた。
今日も今日とて庭先に作った長椅子に座り、ぼーっと空を見上げる。
青い空に白い雲。時折小鳥が空を飛ぶ。
私は隣りに置いていた木の杯を手に取った。
中にはなみなみと、香りのする水が入っている。
杯を傾け、揺らしては、合わせて動く水面を楽しむ。
ぴたりと手を止めた。
それに合わせて水面も止まる。
太陽を反射し、輝くように見えるその水面。
杯を傾け、半分ほどを一気に呷る。
喉が少し熱を帯び、果実の香りが鼻を抜ける。
「はふぅー」
多幸感が身を包み、思わず声が漏れる。
喉の熱が頭に向かい、うすぼんやりとした思考になるのだが、これがまた悪くない。
これは森で見つけたましら酒だ。
ラフレシアのような花に溜まってできていたもの。
天然酒醸造花だ。花丸をあげたい。花だけに。
長椅子の背もたれに深く体を預け、木の杯を空に掲げる。
森は静かで心は平穏。
ここは私以外、誰もいない森の中。
叫んでもまったく問題はない。
「スローライフに乾杯です!」
そんな毎日を過ごしていると、いつの間にか10年くらい経ち、私は15歳になっていた。
いつの間にか立派な淑女である。
変わったのは背丈だけであるが。
私は変わったというのに、家は変化していない。
まだ家に窓はなく、扉は板状にした木を立てかけているだけである。
なぜなら、まだドワーフの国へ行っていないからだ。
その内に行きたいとは思っている。
この10年、ぐうたらしているばかりじゃない。
毎日忙しく過ごし、やるべきことはやっている。
例えば両親への手紙だ。
言われた通りに手紙は書き、家の隅に設置した木箱の中に放り込んである。
書きすぎたかもしれないが、もう10通ほど書き溜めた。
そんな手紙には埃が被っている。
書くとは言ったが出すとは言っていない。
いつの日か転居することにでもなれば、燃やして森の肥料にする予定だ。
私自身、両親のことをもっと心配するかとも思っていた。
しかし、10年経っても特に気にかけていない。
残念ながら、もうこのままだろう。
なぜ幼少の身にして出奔するような真似をしたのか。
両親の仲のよさによるものだ。
村に住んでいた頃は、家には小さなベッドが一つだけ。
そこに家族三人が川の字で寝るのだが、私が寝たと思うと両親がおっぱじめやがるのだ。
毎夜毎夜、震度4レベルの地震があれば起きてしまうのも当然のこと。
いまは長男か次女がいることだろう。
だから私がいなくとも問題ないはずだ。
ほかにもある。
住んでいた村は、村人みんなが家族であるような生活をしていた。
富を欲せず、小さな家に住み、畑仕事をして生活を営む毎日。
発展を恐れるように、現状を維持するような閉鎖的な暮らし。
これに私は酷く疎外感を覚えた。
暮らし方は悪くない。スローライフを目指す私にとっては理想の一つかもしれない。
しかし、村ぐるみで家族のような暮らしをする中、私だけが孤立していた。
私は村のエルフたちを嫌い、村のエルフたちは私を嫌う。
生粋のエルフであれば馴染めたのかもしれない。
だが、私には耐えられなかった。
それはなぜか。
私には他のエルフにないものがあった。
それは知識だ。
その知識ゆえに、私は疎外感を覚えたのだろう。
エルフである自我と、エルフではない自我。
二つの自我の狭間に私は苛まされる。
生まれた時からあったもので、なぜあるのかまではわからない。
悪いことばかりではない。
その知識のおかげだろう。
もともと魔法の力が強いエルフの中でも、私は幼くして飛び抜けた魔法の使い手となった。
しかし、いくら魔法が使えようとも、村での評価は変わらない。
それもまた、疎外感を覚える要因でもあった。