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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
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同僚たちの悩み。

「あいつ、やっぱり化け物だ・・・・」

 同僚の呟きに、レティシアは頭痛を覚えつつ、言い方はともかくとして、同意したくなった。

 あの男は神であるが、今は神ではない。力は封じられているはずで、実際昨夜傷つけた腕の傷はまだ傷が残っていた。

 今は人間同然のはずだ。だが、衛士たちの鍛錬場に何ら変わらぬ様子でやって来た彼は、数人を相手にして平然としている。レティシア同様、人並みには神術は使えるらしく、それを巧みに操っている。

 本来の力の百分の一も出せていないはずだというのに、男の動きに無駄がない。疲れも無い。

 朝、調子を聞くと、クラウスは流石に動きにくいが、そのうち慣れるだろうとあっさり言っていた。実際、昨夜一晩熟睡したら、平然と動き回っているのを見て、レティシアは自分との差に愕然とした。自分の時など、半年は碌に動けなかった。これが神と、半神の違いだろうかと思いつつも、むしろクラウスの方がおかしいのではないかとさえ思うこの頃である。

 バアル将軍との一件は軍法会議に掛けられる事も無く、不問に処された。というよりも、バアル自身が騒ぎ立てなかった。彼はあの日以来、軍に休職を申し出て、自宅の館に籠り、「すいません、ごめんなさい、もうしません、もう何も言いません、お許しください」とぶつぶつと何か天に祈っているらしく、彼の部下達も同様だと言う。完全に戦意を喪失している。

 上が何か言って来たら自分達が潔白(?)を証明してやると意気込んでいた同僚たちは、すっかり拍子抜けした。度々衛士隊を侮蔑し、嫌厭されていたバアルを一蹴したクラウスは、今や衛士隊の英雄である。

 レティシアは銀髪を隠すのは止めた。どうせもう知れ渡ってしまっている事であるし、父親の血筋だからと気にするのを止めれば、母がよく楽しそうに髪を梳いてくれた思い出が蘇って来たからだ。

 どうしようない唐変木の父親を思い起こして嫌な気分になるよりも、愛すべき母親を思い出した方がずっと良いと、クラウスが教えてくれた。

「・・・・良い奴だなぁ・・・・」

 レティシアはぽつりとそう漏らした。これを聞き逃せないのは、無論同僚たちである。

 何しろ、衛士隊の女神とまで言われた彼女は、恋や愛だのという事に一切興味が無いのか、どんなに男達が求愛しても見向きもしなかった人である。

 軍人として、衛士として、優れた才能は誉めることがある。彼女は他人を素直に尊敬する娘である。だが、男の性格や容貌云々を誉めたりすることなど、滅多にない。

「レ、レア。い、今何て言った!?」

「いや、だから・・・クラウスって良い奴だと思って・・・・なんかおかしい?」

 同僚たちが何故か泣き出しそうな顔をしたので、目を白黒させるが、誰もが涙を拭い取る真似をし、首を横に振った。

「別に・・・まあ、そうだろうな。レイを侮辱した将軍を瞬殺したし・・・」

「ああ・・・・優しい男だ」

 それはどうだろうと、一同思った。

 確かに、あの男は彼女には優しいし、寛大で、傷つけまいとしている事は分かる。

 だが敵と認定した相手に対しては、一切容赦しないであろう事は容易に想像がつき、下手をすると惨殺しかねない凶悪さも持っている気がしてならない。

 底知れない男だ、と誰もが口にした。


 その日の夕方、職務を終えた衛士隊の隊員達が入隊祝いだと言って、宿営地にいたクラウスを酒場に誘った。別段断る理由も無く、クラウスは宛がわれた席を立ったが、レティシアはまだ机に噛り付いていた。

 すると先手を打ったように、隊員達が、

「あー、駄目駄目。今日は男だけの集まりだから」

「そうそう。レイも何か忙しそうだし、な!?」

と胡散臭い笑みを浮かべている。

 何か思う所があるらしい。何を企んでいるか知らないが、そんな所に彼女を誘うのも、興ざめになるだけだ。

「レティシア」

「うん?」

 頭を抱えていたレティシアが顔を上げると、いつの間にか眼前にクラウスが立っていて目を丸くする。

「終業時間だ、そろそろ切り上げろ。何か分からないことがあるのか?」

「い・・・いや。大丈夫だ」

 彼の目から隠すように、レティシアは広げていた本をささっと仕舞い、自分達を見ている隊員達に気付き、首を傾げた。

「どうしたんだ?」

「入隊祝いだと。男だけだとか言っているから、行って来る」

「あー・・・成る程」

 いつもの恒例行事であろう事は推察が付く。女隊士たちはと言えば、既に眉を潜めているが、レティシアは良い気晴らしになるだろうと肯定派だ。

「ま、程ほどにね」

 怪訝そうにしたクラウスに、レティシアは失笑しつつ見送った。男達が出て行くと、女隊員達が挙ってレティシアの元にやって来て、

「駄目じゃない、レイ!」

「碌でもない会なんだから行くなって言えば、きっとクラウス様も行かないのに!」

と口々に訴えた。

 女性隊員達の間では、クラウスは新米にも関わらず様付けだ。明らかに他の男達と待遇も、態度も違う彼女達は大変に分かりやすい。

 優れた美貌の持ち主であるクラウスの入隊が決まって、女性隊員たちは大喜びだったのだが、彼がレティシアだけを気遣うのは、最初からだ。その為、何だか達観したような空気が流れている。

「別にいつもの事だろう?それに、何故私がクラウスを止めるんだ」

「だって、貴女はクラウス様の恋人なのに!」

「いいえ、婚約者よ!クラウス様がそう言っていたもの!」

 レティシアは目を点にして、次いで頬を染めて戦慄いた。

 勝手に何を言っているんだ、あの男は。一体いつ自分達が恋人などと言うものになったのだ!

 帰って来たら苦情の一つも言ってやろうと心に決め、帰って行く同僚を見送る。そうして一人になると、机の下に隠した古書を取り出した。

 神術書ではない。それならば、クラウスに見せれば即座に読解しそうなものである。だが、これは違う。優れた神術士であった母親が書き残した、言わば母親の形見である。

 母が生前作り出した無二の《モノ》を思えば、どこかにクラウスの腕輪の封印を解く鍵があるかもしれないと思ったのだ。クラウスは自分が勝手にした事だと言っていたが、レティシアは責任を感じていた。彼自身解こうと努力する形跡も見られないから、猶更である。自分に気を遣わせてしまっているのが、申し訳ない。

 レティシアは室内に明かりを灯し、懸命に読み進めた。その姿を、気配を消して見つめていた者がいたことに、レティシアは気づかなかった。


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