表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
7/67

侮辱の代償

 バアル将軍の家は、ファルス神王国建国来の名家である。神の血筋を汲む家として、多くの神術士を輩出してきた。無論今も多くの優秀な神術士を抱えている。

 部下の中でも選りすぐりの使い手を見繕うと、バアルは取り巻き達と一緒に目的の男を街中で探していた。先日自分に大恥を欠かせた新入りである。

 衛士隊に左遷させたという報告を受けたが、手緩いと思った。だが、武芸ではどうにもなりそうにない。だとしたら、神術で黙らせるのが手っ取り早い。

 そうして、目的の男を見つけると、にやりと笑った。


 クラウスは数人の隊士たちと共に王都の警邏に回っていた。途中まで一緒だったレティシアは、迷子の子供を見つけて親を探しに、他の隊員達と共に別行動中だ。

 だから、隊士たちはここぞとばかりに矢継ぎ早にクラウスに聞いた。

「お前、レアに昨夜一体何をしたんだ!」

「レアは俺達の女神だ、新米が抜け駆けは許さねえぞッ」

「皆の憧れなんだぞっ!誰にも靡かなかったのに、何でお前みたいな新入りにっ」

 女々しく詰る隊士達に、クラウスは顔を顰めた。挑まれるなら叩き潰せばいいのだが、それでは敵わぬと分かったのか、うじうじと文句を言ってくるのは、もっと面倒臭い。

「大したことはしてねえよ」

「本当だな!?」

「俺達は信じてるぞっ」

「もうやめろよっ」

 口々に更に言われ、クラウスは冷笑した。

「止めるとは言ってない。一々指図される事か?」

 この野郎と、全員の目が据わった。

 確かにクラウスは騎士隊で圧倒的な武力を見せつけた男だ。だが、神術はどうだ。昨日は難解な護法を解いていたが、偶然かもしれない。そうに違いない。

 神術を使えば、自分達は圧倒できるのではないか。だが、仮に多少なりとも神術が使えたらどうする。一人で行って叩きのめされたら意味がない。ここにいる五人全員で行くか。いや、それも卑怯じゃないか。

 隊士たちの葛藤は、クラウスにとってどうでも良く、こちらに向かってずかずかとやって来た男達など、もっと彼の興味の範囲外だった。

 だが、バアル将軍は違う。

「先日はよくもやってくれたな、若僧」

「あんたが戦えって言ったんだろ」

「やかましい!貴様の所為で部下達は半月も動けなかったのだぞッ」

 自分も同じなのだが、そこは公言したくないバアルの自尊心を、クラウスは意に解さない。

 むしろ怪訝そうに、

「半月?⋯⋯おかしいな。お前達が思った以上に貧弱だから、俺は最初よりも遥かに手を抜いたぞ。あんなもの、一日もあれば立てるはずだ」

「立てるか!激痛だわ!」

 殺気立つバアルに、クラウスは冷然と笑った。

「何を言ってる。骨は折らなかっただろうが。精々打ち身だ」

 これには隊士たちも背筋が凍った。

 つまり何か。この男はやろうと思えば、蹴り一つで屈強な軍人の骨の一本や二本、容易く折ると言うのか。

 五人全員で挑もうかと思案した彼らは、慌ててそれを打ち消した。これは命に係わる。

 だが、バアルはそこまで賢くなかったらしい。引き連れて来た部下十人に、一斉にクラウスの周囲を囲ませる。隊士たちが慌てて止めようとしたが、バアルに「邪魔をするな」と一喝された。

 何しろ、バアルは軍の将軍であり、階級は彼らより遥かに上で、命令には従わなければならない。だが、幾ら憎々しい男でも、自分達の同僚である。見捨てる訳にもいかないと悲壮な決意を固める五人に、だがクラウスは平然と手を振った。

「俺をご指名だ、離れてろよ。俺はともかく、こいつらの下手糞な術の巻き添え食うぞ」

 助力を一蹴した彼は、四方を囲まれても平然としたものだ。半ば引きずられる形でクラウスから引き離された隊員たちは、何事かと駆けて来たレティシアに、蒼白になって事態を説明した。

 話を聞いたレティシアはぎりと唇を噛み締める。完全な言いがかりだ。しかも周囲を術士に囲まれてしまっては、逃げ場がない。あまりに卑怯だ。

「おやめください!私闘は禁じられているはずです!」

 隊士たちの制止を振り切って、レティシアはクラウスの元に駆け寄り、バアル将軍を見据えた。邪魔者が入ったとばかりに顔を顰めた将軍は、レティシアの姿を見ると、侮蔑の入り混じった目を向けた。

「誰かと思えば。貴様、なんだその無様な髪色は」

 バアル将軍は、レティシアを知っていた。神衛士隊の中でも群を抜く美貌を持ち、細身でありながら豊かな胸があり、美しい女だったからだ。多くの隊員たちが懸想している事を知っているし、実際バアルも何度も言い寄った。子爵家の己に靡かないはずはないという目論見は、だが早々に瓦解した。男としての沽券を潰したレティシアを事あるごとにいびり出したのは、それから間もなくである。

 だが、レティシアはそんなバアルの嫌味など一切気にする様子も無かったことが彼には更に気に食わなかった。だが、髪色を侮蔑すると、明らかにレティシアの目が動揺で揺らいだのを見抜いて、得意げになった。

「下級神の子がそのような髪色になると言うが、要は神の手慰みになった者の子という事であろう。それを公然とひけらかすとは、何とも哀れな事よな!」

 バアルの家は違う。神の血筋を汲むが、銀髪である者はいない。始祖は下級神などではないからだ。

 嘲笑される言葉に、レティシアは真っ赤になって、何も言い返せなかった。

 銀髪は神の子の証。だけれども、それは髪の質を変えてしまう程、自身の力がうまく制御できない下級神の子であると言われている。神族は往々にして、人間のことなど考えない。自身の欲望に忠実なものも多いと言う。だから、銀髪の娘は稀有であると同時に、莫迦にもされる。

 自分が望んでこの髪色では無いと言うのに、レティシアは何だか悔しくて、哀しくて仕方が無かった。あの最低の父親をけなされたからではない。自分を産んで、懸命に育ててくれた母親を侮辱されたことが、辛い。

 いつもなら言い返してきたが、相手は将軍である。迂闊な事は言えない。ぎりと唇を噛み締めたが、不意にぞくりと背筋が寒くなった。広場の空気が、急に冷たくなったような気がして、目を瞬く。

 レティシアだから、まだその程度で済んだ。

 だが、絶対零度の空気の直撃を受けた隊員達など、軒並み顔面蒼白で、後退して壁にへばりつき、何事かと集まっていたやじ馬たちがひいいいっと妙な悲鳴を上げて座り込む。

 だが、バアルとその配下達は、それすら許されなかった。

 眼前で凄まじい殺気を放った男は、冷徹な眼で全員を見据えた。

「⋯⋯貴様らが無知である事は重々承知だ」 

 レティシアは目を見張った。クラウスのものとはとても思えない、冷徹な声だったからだ。

 だが、彼はバアルを見据えたまま、淡々と続けた。

「だが、俺の眼前でレティシアを侮辱して、ただで済むとでも思っているのか?」

 窮鼠猫を噛む、という言葉がある。バアルの配下達は、凄まじい殺気から逃れたい一心で、本来街中で使ってはいけない強力な攻撃術を唱え始めた。

「ま、待て!やめ⋯⋯っ」

 慌ててレティシアが制止しようとしたが、必要が無かった。

 クラウスが一言二言、なにかを呟いたかと思ったら、ぎゃあああっと断末魔の声のような悲鳴を上げて、十人全員が一斉にその場から浮かび上がり、びくびくと痙攣し始めたのだ。口から泡を吹き、目を見開いて、見えない何かから逃れようとするように四肢をばたつかせ、そして残らず動かなくなった。

 静まり返った広場に、どさどさと力を無くした男たちがゴミのように落とされる。息はあったが、全員白目を剥いて失神していた。

 そして、一瞬にして十人を倒したクラウスは彼らになど目もくれず、硬直しているバアルの元へとつかつかと歩み寄ると、喉元を片手で掴み、ぐいと引き上げた。

 すうっと目を細めた瞬間、バアルが先に倒れた者達とは比較にならないほどの悲鳴を上げた。バキベキッと鈍い音が響き、バアルの目が血走る。

 これには、真っ青になっていた隊士たちも、

「や、やべえぞ。あいつ、将軍を殺しちまうんじゃねえか?!骨、折れてるだろっ」

「洒落にならんぞ!軍法会議ものだっ」

 慌てふためく隊士たちの声に、レティシアもはっと我に返り、クラウスの元に駆け寄った。

「⋯⋯っもう良い。止めろ、手を離せ!」

 だが、漆黒の瞳はバアルを見据えたまま、一切手を緩めない。

「お前を侮辱した。死ねばいい」

「い、良いわけあるか!」

 バアルには一切同情しない。だが、これではクラウスが罰せられる。自分を庇ってくれたと言うのに、そんな事になったら嫌だ。

「クラウス!止めて!」

 必死になってレティシアは男の名を呼んだ。

 ようやく、男の怒気が消え、徐に手を離した。崩れ落ちるように倒れたバアルもまた、完全に意識を失っていたが、息はあるようで、レティシアは一安心する。

「⋯⋯やり過ぎだ」

「殺してはいない。全身の骨を折られる幻覚を見せてやっただけだ。この連中に殺意は無かったからな」

 仮に僅かでも殺意を見せていたら、間違いなく応酬していたに違いなく、レティシアは小さくため息を付く。そして、不本意そうなクラウスを見やると、

「⋯⋯助けてくれたこと、礼を言う。でも、私もこの髪色の所為で昔から色々言われているから、別に将軍の言葉なんて珍しくない。だから⋯⋯もう放っておいて」

 クラウスは軽く目を見張り、だが哀し気な紫紺の瞳がすっと目を逸らし、重い足取りで去っていくのを、ただ黙って見送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ