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ヘレンは、仕事に忠実な女神。

 だが唇が離れても、クラウスは抱き締めたまま、今度は顔の彼方此方にキスを落とす。それは嬉しい事だったが、夢中になっている上に、敢えて周囲の無視を決め込んでいた確信犯であるクラウスとは違い、レティシアはようやく周囲の視線に気付いた。

「・・・・あ・・・・・。」

 クラウスに熱烈に口説かれていたために、彼女は完全に失念していた。この場に大勢の神々がいたことに。違う意味で真っ赤になり、慌てて離れようとしたが、クラウスの手はびくともしない。

「ちょ・・・っ待て!」

「嫌だ。もう俺だけのものだ。」

 絡みつく腕が一層強くなって、レティシアは更に慌てた。その腕が抱きたいと言わんばかりだったからだ。

「皆が見ているんだ!」

「それがどうした。立会人になったんだから、当然だろ。」

「え・・・・?」

 目を瞬くレティシアに、クラウスはそれでも名残惜しそうに額にもう一度キスをしてから、レティシアを抱く腕をようやく解いた。

 それを見て、息子に一任させて我慢して見守っていた女神は、嬉々としてレティシアに飛びついてきた。無論、マリアである。頬を紅潮させて、夫を見やり、

「やったわ、あなた!レティシアはうちの子よ!ゼウス、ざまあみなさい!もう返さないわよ!」

 高笑いでも上げそうな妻に、カイリは苦笑して、

「おまえ、傷心の父親にそれは幾らなんでも可哀そうだろう。」

と言いながらも、笑みが止まらないのは無論彼も同じである。

 ゼウスは苦虫を噛み潰した顔をして、夫妻を睨みつけ、

「もう返さないと言うが、お前達一族が一度でも私の元にレティシアを返したか!?」

と責めつつも、真っ赤になっているレティシアの元に歩み寄ると、それでも表情を和らげた。

「まあ、こうなるとは思った。だからここまで来たんだよ。母さんの分まで、見届けてやらねばと思っていたからね。離れていたお前を引き取って、今度こそ私が護ってやりたかったんだが、お前がクラウスが少しばかり居なくなっただけで、あれ程心を痛めているのを見るとね。傍においてやった方が良いのだろうと思い直した。」

「父様・・・・ありがとう。」

「お前が今幸せなら、私は構わない。クラウスの傍が嫌になったら、いつでも私の元に来なさい」

 さり気なく釘を刺すゼウスに、一家全員の刺さるような冷たい視線が浴びせられたが、無論彼は意に介さない。

 一方、粛々と見届けながらも、感動も露にしていたのはロディーナらワルキューレの女騎士達である。

「クラウス様、レティシア様、おめでとうございます!」

と口々に祝辞を述べながらも、彼女達も喜びを隠せない。

「ああ、これで我らの主がレティシア様と定まりましたね、ロディーナ様!」

「これで我らもレティシア様に近寄る男どもを蹴散らす大義名分が出来ました!」

「このような所に立ち会えるなんて、光栄の至り!」

 興奮する部下達の声に、無論真っ赤になって羞恥を覚えているレティシアに気付いているロディーナは、部下達を宥めつつ、レティシアに微笑みかけた。

「心よりお喜び申し上げます、レティシア様。これからもどうか我らを御傍に置いて下さいませ。」

「ロディーナ・・・みんな、ありがとう。そして、ごめんなさい。私の力のせいで、貴女達に怖い思いをさせてしまって。」

「なんのこれしき。それに、誰一人として手傷を負ったものなどおりませんよ。貴女様は本当にお優しい。」

 ロディーナは苦笑して、余程嬉しかったのか、彼女に珍しく茶目っ気のある顔で、

「それに、怒り狂われたこちらの方々の方が、遥かに危険で犠牲も多く出ます。クラウス様など、それはもう。ですからレティシア様の術は可愛らしいものですよ。」

 マリアの側近として、一家の傍らに居たワルキューレ達は誰も否定しない。それどころか、言われた主家の三人までも誰も否定しない。無論、自覚があるからだ。

「あら、ロディーナ。わたくし、レティシアが来てから、とっても丸くなったのよ?」

「左様で御座いますね。御髪が動くことが減って、侍女達が泣いて喜んでおりました。」

 澄ました顔でマリアに答えるロディーナである。

 そんな女達の傍らで、頬を真っ赤してうっとりと浸っていたのは、リルである。

「・・・素敵だわ。こんな風に熱烈に求婚されるなんて、乙女の夢だわ!」

「リル、お前ヘレン様の宮殿に行くようになってから、いつもそんな調子だな。」

「だってヘレン様から素敵な恋話を沢山聞かせて頂いたんですもの!お菓子まで頂けるのよ!」

「な、なに?」

「決死の覚悟でカイリ様やラウェル様の所に潜入しているミディールに悪いなと思っていたのだけれど、もうやめられなくて!」

「・・・・・・・。道理で、ヘレン様の宮に行く時だけ妙に浮足立っていると思ったよ・・・。」

 無論ゼウスの宮に入り込むときは慎重であったに違いないのだが、ヘレンの所にはまるで遊びに行くような感覚であったらしい。そして、ヘレンの元から帰って来ると、リルの報告がどこそこの神が誰と恋仲だの、誰と浮気しただのと言う話ばかりのはずだ。ヘレンが司るものがものだけに、誰も違和感を覚えなかったが、本人はノリノリで行っていたのだ。

 これにはヘレンが苦笑して、

「私が彼女を見つけたのは偶然なのよ。でも、特に害も無さそうだし、何だか一生懸命だったから、出入りを許してあげたの。逆にリルからも色々な恋人達の噂を聞けたし、私にとっては有難い情報よ。」

 四柱の中で唯一獣人族に気付いていた彼女であるが、最下級神であることもあって、大して危機感も覚えていなかったらしい。獣人たちは神々の他愛の無い噂話でも耳を傾け、情報を集めてくるので、恋愛話など非常に詳しい。

 傍らでそれを聞いていたレティシアは、ゼウスを睨みつけていたクラウスを見返して、

「そう言えば、お前もリルの所にヘレン様の話を聞きに行っていたな?」

「ああ、そうだ。ラウェルの莫迦のような奴が今後いつ現れるか分からないから、どうしたものかと思っていたからな。お前と獣人たちの所に行った時に、ヘレンの宮に潜り込んでいた獣人がいたことに思い当たった。」

「何でわざわざリルに聞きに行ったんだ?旧知の仲ではなかったのか?」

「顔見知り程度だな。四柱だから、父上達とは面識も深かったし、その関係で何度か話したこともあるが、その程度だ。ヘレンが職務熱心な事も知っていたが、俺には一切関係が無いと思っていたから、聞き流していたしな。お陰でこんなに手間取った。」

 舌打ちをするクラウスに、ヘレンがやって来て冷笑した。

「だから言ったでしょう。いつか伴侶にしたい子が現れたら、絶対悔やむわよって。素直にわたしの薫陶を受ければ良かったのに。」

「大半が説教だろうが。十分間に合ってる。」

 苦々しい顔をしているクラウスに、だがレティシアは目を瞬いた。初めは彼がヘレンと恋仲であるのだろうかと邪推してしまったが、とてもそんな間柄には見えない。ただだからこそ彼の行動が謎だった。

「ええと・・・クラウス、やっぱり良く分からないんだが、お前は今まで何をしていたんだ?」

「だから、お前への求婚の為の準備だ。言っただろう、神族では伴侶にすることが、相手を護る最大の権限を持つ。ラウェルに攫われたばかりのお前を一人にしたくは無かったんだが、お前を俺の伴侶に出来れば、それは生涯続くからな。これでも急いで回ったんだぞ?」

「回った・・・それは、四柱の神々の所か?」

「そうだ。神族の婚姻には、全四柱の許可がいる。まあ与えられる権限を考えると、無理も無いんだがな。」

 目を丸くするレティシアに、ヘレンは苦笑して、

「わたしが何を職務としているか、分かったかしらね?貴女は少しやきもちをやいていたみたいだけれど。」

「ど、どうしてそれを・・・・あ、舟!」

 ヘレンは頷いて、「ごめんなさい。」と真っ赤になって謝罪するレティシアに、笑って、

「貴女のやきもち何て可愛いものよ。私はもっとドロドロした、それはもうウンザリしたくなるほどの男女の愛憎劇なんて見慣れているもの。」

「何だ、妬いてくれたのか?」

 クラウスは嬉しそうだが、ヘレンが軽く睨みつけた。

「貴方がいけないのよ。自覚があるわよね?散々戯れが過ぎるから、いい加減にしなさいと言ってあげたものね?」

「・・・・・・・・・・・・。」

クラウスを黙らせたヘレンだが、レティシアに対しては変わらず優しい目を向けた。

「わたしは婚姻の神よ、レティシア。だから、恋仲になった男女が、私の所に許可を貰いによく来るの。この島はその為の場所で、私の住処はまた別にあるのよ。まあ、近頃では恋人がいる神族が、私の所に行ったと言うだけで、おめでとうって言う輩もいるけれどね。」

「そう言えばミディールも・・・。」

 すると耳の良いミディールが不思議そうに言った。

「え。僕は早合点じゃありませんよ。第一、誰の目にも明らかでしたもの。宮殿でも皆、お二人みたいな方々が、ヘレン様も一番お許しを出しやすいのよねって言っていましたよ。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「だって、クラウス様はレティシア様しか眼中にないし、レティシア様もクラウス様が居ないとすぐに寂しがるし、僕らも大変分かりやすかったです。」

 すると、恋話ならば聞き逃せないとばかりにリルも口を揃えて、

「そうよ、レティシア様。クラウス様の心移りがあるなんて、心配、一切しなくても良かったのに。むしろ、ご自分がお気を付けになった方が良いですよ。」

「わ、わたし・・・?」

「クラウス様は、貴女が少しでも他の男性に靡くと、物凄く怒って手が付けられないですから。宮殿でも、貴女に侍従は迂闊に近寄れないそうですわ。かなり独占欲が強い方です。神界の男性陣の命にかかわりますから、クラウス様をあまり嫉妬させない方が良いと思います。」

 レティシアは目を瞬き、そして頬を染めて、平然とした顔で立っているクラウスを見上げると、彼は実に優しい笑みを浮かべてくれる。この笑みは違う。明らかに何事か企んでいる、宜しくない笑みだ。

「もう俺に殺して欲しい男がいるのか?」

「・・・・お、お前、さっき心は自由だって。」

「ああ、言った。だが、それは俺が許せばの話だな。」

「後から言うな!」

 別にクラウス以外の男に心惹かれた事も無いのだが、あっさりと彼の都合の良いように変えたのが分かるので、少しばかり抗議した。

「もう浮気する気か?・・・じゃあ、俺はもう手加減しなくて良いんだな。」

「な、な、な!」

「他のオスを相手にする気力があるってことだろ?抱き潰してやる。」

「そうじゃない!」

 俄かに殺気立つクラウスに、やはりすぐさま怯えてしがみついてきたリルが言った。

「ほら、言ったでしょう!」

「う、うん・・・・。」

 レティシアは顔を引き攣らせつつ頷いて、だがクラウスの独占欲も何だか嬉しくて苦笑を零すと、彼も肩を竦めた。

 そんな両者にヘレンはとても嬉しそうだ。ころころと喉を鳴らして、

「仲が良くて嬉しいわ。わたしは、男は大っ嫌いだけど、伴侶を大切にする男や純粋な子供は、嫌じゃないわ。」

 既に伴侶を持つカイリやゼウスに寛大で、無邪気な(子供認定されている)ミディールには優しいが、不埒な女遊びをしてばかりしているラウェルには氷のように冷たい彼女である。

「わたしは、滅多に婚姻を許さないの。近頃の若い神族ったら、私の名を使って、女を口説き落とす手段に使っているのよ。本当に心外だし腹立たしいわ。ここにもその馬鹿が一人いるけれど。」

 誰とも言わなかったが、全員の白い眼は勿論ラウェルに向いた。彼は分かっているのか、視線をあさってのほうへ向けている。

「私は幸せな夫婦を見届けるのが至上の喜びよ。神格なんて関係ない。神族と人間であっても良い。だから、ゼウスと貴女のお母様も認めたの。私の婚姻の許可は絶対よ。誰も覆せない。させるものですか。」

 ヘレンは四柱の一人だが、神力としては他の三人より遥かに劣る。彼女もまた別段その地位に拘っているわけでもないので、領地も一番狭い。彼女の至上命題は、幸せな夫婦を生み出すことであり、その為に心血を注ぐから、地位に欲がある訳でもない。ただ只管恋人たちの幸せを願い、その手伝いが出来る事を喜ぶことのできる稀有な女神である。職務に対して実直で、公平であるからこそ、神々は彼女を認め、神力の強さという色眼鏡で見るのではなく、その誇りに敬意を払うのだ。

「でも、その後に仲違いして、伴侶の意味をなさない夫婦が出るのは、哀しくて嫌になるから、心から思い合っている二人しか認めないの。その為に、時々試練を課すのよ。」

「試練・・・・?」

「そう。大体は、皆二人一緒に来るから、舟の上で色々心を読み取って、婚姻の妨げになりそうな迷いや悩みを探して、乗り越えられるかを見るのだけれど、クラウスは一人で来ちゃったから困ったわ。そう言う事をするのって、一方の思い込みとか、一方的な愛と言うのが多いの。でも、クラウスの場合、父親と理由が全く同じだったのよね・・・。」

「そう言えばマリア様も、同じ手だって・・・。」

「ええ、単にカイリはマリアを驚かせて喜ばせたいって理由よ。だから待たせていたら、マリアが浮気をしたって乗り込んできて、この島を滅茶苦茶にしてくれたから、しばらく使い物にならなくなったわ」

「・・・・・・・・・・・・・。」

「親子ね。」


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