レティシア、嘆く。
翌日の早朝から、駐屯地の自身の机の上で、レティシアは神術書に噛り付いていた。出勤してきた同僚たちが、レティシアの艶やかな髪色を見てぎょっとしたが、
「なあ、レア⋯⋯その髪⋯⋯」
と聞こうものなら、殺気だった目で睨みつけられて、怯む者が続出した。
そこに、悠然とやって来た男がいる。昨日とは違い、用意された衛士隊の隊服を身に纏い、うんうんと唸っているレティシアに歩み寄ると、朝日を浴びて輝く美しい銀髪に目を細めた。
後ろから歩み寄った彼は、軽く頭の上にキスを落とす。
その瞬間、目撃した衛士たちが全員凍り付いた。俺達の女神に、新参者が我が物顔でキスを落としたのだ。あり得ない。
だが、レティシアは頭に何か触れたと振り返り、クラウスに気付くと、宿敵のように彼を睨みつけた。
「お、お前!私に昨夜一体何の術を掛けた!」
真っ赤になって抗議するしかない自分が不甲斐無いが、クラウスの掛けた術がさっぱり分からず、全く解けないまま朝になってしまったのだ。
「教えたら、解くだろ。俺はお前の地毛の方が好きだ。自力でやれよ」
「地毛じゃない!」
「まさか。こんな綺麗な髪色は、偽れるものじゃない」
我が物顔でレティシアの長い髪を掬い取り、指に絡ませるクラウスに、全く解く気はない。啖呵を切ったのは自分であるし、レティシアは彼を説得する事を諦め、彼の手から髪を引き抜くと、再び神術書を読み漁り始めた。
「無駄だと思うがな」
クラウスはくすくすと笑い、そして氷解した衛士隊が次いで殺気立った目で自分を見返しているのに、怪訝そうに柳眉を潜める。だが、すぐにその視線の意図に気づいた彼は冷笑した。
「諦めろ」
これは、俺のモノだ。
レティシアを見返していた時は少なからず優しかった漆黒の瞳が、絶対零度のような冷ややかで、獰猛なそれへと変わる。睨みつけていた男達が一斉に怯んだ。
だが、これに反応したのは、自身に言われたと思ったレティシアである。
「絶対いやだ。目立って仕方が無いんだ、元に戻す!」
いつも通りのレティシアに、隊士たちはいっそ泣きそうになった。そして、彼女とこの男を引き合わせる原因を作った上司が出勤してくると、軒並み全員が恨みの籠った目で見据え、上司は目を白黒させた。