神様、この可愛い生き物をお助け下さい。
兎の耳、猫の耳、犬の耳・・・ああ、どれも可愛らしい。
久しぶりに獣人一族に会ったレティシアは、ちょこちょこと動き回る彼らを見るだけで、もううっとりとしてしまう。
カイリは領内の一部をクラウスに任せているが、彼も通常はソールに管轄を一任していた。理由は明白で、面倒臭いからである。別段カイリも直接息子が治めることは期待していなかったらしく、ただ、一人息子であるクラウスの成人の祝いに贈ったというだけらしい。
ソールは体格は良いが、意外にも几帳面で、クラウスの留守の間に報告して裁可を仰ぎに来たこともそうであったし、獣人たちの住処を独断で決めもしなかった。クラウスがレティシアを連れてやって来ると、目ぼしい場所をもう見つけてあって、クラウスに促され、レティシアは一番見晴らしが良さそうな丘に決めた。近隣は山もあり、河も流れて、生活に不便は無いだろうとソールのお墨付きである。
新天地に連れて行かれた村人たちも喜んで、新しい住居を立てよう意気込んだが、その必要はなかった。クラウスが、
「住居は移してやるから、後は好きにしろ。近隣一帯は手つかずだから、開墾しても構わない」
と言うや否や、詠唱し、次の瞬間にはかつて彼らが住んでいた家々が、同じ位置にそのまま現れたのには、獣人たちも度肝を抜かれたし、レティシアも目を見張った。
「これ・・・どうしたんだ?」
「こいつらを嬲っていた下級神どもが報復しに来るだろうから、あそこを出る前に結界を張って保存しておいた。それをただ移しただけだ。」
村一つを易々と移転させるクラウスの力量に、レティシアは舌を巻き、そして笑みを零した。
「やっぱり優しいな、クラウスは。」
「ああ?ただ移しただけだろ。」
「住み慣れた場所の方が良いと思ったんだね。」
「別に。俺が楽な方を選んだだけだ・・・・なんだ、尻尾を振るな!俺に懐くな!」
獣人たちはキラキラとした目でクラウスを見上げ、実に嬉しそうだ。彼に拾って貰ったと恩義を感じている彼らは、更に住居まで移して貰えたという事もあり、多少なりとも恐怖に打ち勝ちつつあるらしい。
レティシアはつい笑ってしまった。
「クラウスも照れるんだな。」
「お前・・・っ良いから、行け!」
獣人たちを追い払い、各々家の様子を確かめに散っていくと、クラウスはまだ笑っているレティシアを軽く睨んだ。
「妙な事を言うな。」
「だって、そうとしか見えないんだ。でも、皆可愛いなあ。」
「そうか?」
クラウスは今一度視線を戻し、新しい村に嬉々として駆けまわる獣人たちを見返して、首を傾げる。一体あの連中のどこが可愛げがあるのだろうかと、彼は真剣に思った。
同行していたソールも強く同意した。
「私も、あの連中が可愛いとおっしゃるのは、些か驚きますが。」
「え。だって、あんなにふわふわもこもこですよ!?」
「・・・・レティシア様。外見に惑わされてはいけません。若様を御覧なさい!」
「・・・ぶっ殺すぞ、貴様」
地を這う声が聞こえたが、ソールはそ知らぬふりをして、レティシアに更に言う。
「彼らは最下級神であり、神力は最弱ですが、半身が獣ですので、そういう本能は恐らく残っていますよ。彼らが食用に獲物を取っているのを見たことがありますが、まあ獰猛でした。」
「えええ・・・・。」
「夢を見てはいけません。若君で十分よくお分かりの筈ですよ。」
「・・・ソール。ちょっと来い。」
口の減らない部下に、クラウスは殺気立つ。彼の後方に控えていた部下達一同は、もう生きた心地がしない。何故今日の上官はここまでクラウスに喧嘩を売るのだ。だが、レティシアは気付いて居ない様子で、
「うん、まあ・・・本能じゃ仕方が無いな。」
と自分を納得させ、クラウスに微笑みかけた。
「ミディール達の様子を見て来たいんだが、良いかな?」
「ああ。俺も行く。お前ら、暇なら連中を手伝ってやれ。」
先ほどまでの殺気はどこへやら、あっさりとレティシアの言葉に応じて、さっさと立ち去っていく主君に、部下達は更に唖然とした。一方、それを見たソールは確信を得たように、しみじみと頷いた。
「やはりそうか。若君は、レティシア様がお傍に居ると、大変に優しい。」
「後で殴られるのでは?」
「あの御方は面倒臭がりだから、恐らく大丈夫だ。」
「成る程!」
希望が見えたとばかりの彼らに、ソールは忠告を忘れなかった。
「分かっていると思うが、全力でレティシア様を御守りするぞ。レティシア様がラウェル殿に奪われた時の若君のお怒りを忘れるな。」
「勿論です!ついに神界も滅亡かと、我らは心から思いました!」
彼らもまた、レティシアの存在の大きさを嫌と言う程味わった人々である。ただ、聡明な部下の一人が、心配そうにソールに言った。
「しかし、ソール様。若君は確かに大変な面倒臭がりですが、ラウェル様には未だに怒っていると聞き及びました。レティシア様が絡むと、必ずしもそうではないようです。聞き流して下さらない気がしますが・・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・怖い事を言わないでくれ。」
血の気が引いた上官に、部下達は最早誰も何も言えなかった。
ミディールは、二人の姿を見るとすぐにやって来て、嬉しそうに尻尾を振った。
「クラウス様、家を移して下さって、ありがとうございます!これで直ぐに生活が整います。」
と丁寧に礼を言い、レティシアにもにっこりと笑って、
「レティシア様も、色々とお心遣いありがとうございました。お健やかなご様子で、良かったです。」
「うん、私も皆元気そうで安心したよ。」
レティシアは微笑んだが、ミディールはなんだかしみじみと、
「僕ら、この一週間、とっても心配したんです。」
「なんで?」
「だって、クラウス様がちっとも閨からレティシア様をお放しにならないって聞いたので、立ち上がれなくなるんじゃないかって皆で言っていたんです。」
つぶらな瞳でさらりと言い切られ、レティシアは真っ赤になった。もう子供ではないらしいのだが、外見は可愛らしい少年に、そんな事を言われて狼狽えない訳が無い。ただ、真顔で言っている少年に全く照れは無い。やはり見かけはともかく、ミディールも性愛に寛容な神族であるというべきだろうか。
クラウスが舌打ちを漏らし、
「耳聡いな。どこでそんな話を聞いてくる。」
「勿論です。カイリ様の宮は一番探るのが大変でした。でも、僕らはクラウス様の配下ですから、今はもうそのような事は致しません。別に今回の事は探りを入れた訳じゃありませんよ。皆言っているから、否応にも聞こえたんです。」
「・・・・・・・・・。」
「ご不満ですか?」
不思議そうなミディールに、クラウスは答えなかった。だが、レティシアは不満どころではない。猛烈に恥ずかしい。早急に話を逸らすしかない。
「ミディール、貴方達一族はこれからどうする事になったんだ?」
「以前のように、虐殺に怯える必要がなくなりましたので、村人達は無理に偵察に出る必要もなくなりました。僕らも四柱の宮殿に入り込むことはありません。まあ、ゼウス様は僕らが入り込んでいた事を知って、警戒を強化されていますし、カイリ様の宮も必要ありませんし、ラウェル様の宮は壊滅していますので、入り込む場所もないんですが。それに、僕らは下級神ですので、お力になれるとしたら偵察行動が主になります。そこで、これからは、一族から選りすぐりの者達が、お仕えする事になりました。僕やミルも入ります。」
「そうだな。貴方達は宮殿に入り込んでいたものな。」
「はい!これからも頑張ります!」
キラキラと目を輝かせたミディールに、かつての怯えた様子は無い。捕まったり、失敗すれば命は無く、下手をすれば村の居場所を知られて壊滅させられる極限状態から抜け出せたことが、心から嬉しかったらしい。レティシアも微笑んで頷いて、改めて彼らを招き入れてくれたクラウスに謝意を伝えようと、彼を見返したが、クラウスは黙り込んだまま、何か思案していた。
敏い彼が、名を呼ばれてようやく気付いたので、レティシアも驚いた。
「・・・ああ、悪い。何だ?」
「いや、急に黙り込んで、どうした。」
「・・・・・いや、別に。おい、小僧。」
「はい!?」
まだクラウスには幾分緊張するらしく、声が裏返るミディールに、彼は気にした様子も無く、
「あの兎の小娘は何処にいる。」
「リルの事ですか・・・?彼女なら、村長と一緒に暮らしていますから、前と場所が変わって居なければ、そこにいると思います。」
と言って、ミディールが村長の家を伝えると、クラウスは頷いて、レティシアに向き直ると、
「ちょっと待ってろ。直ぐ戻る。」
「分かった。リルに用事か?」
ミディール以上に緊張するであろう少女に、一体何の用だと思ったが、クラウスはどこか心あらずだった。
「ああ。・・・ロディーナ!」
突然少し声量を上げて、女性の名を呼んだかと思うと、次の瞬間彼の傍らに跪いたのは、武装した女性騎士だった。背には使い込まれた弓と矢筒を背負い、刈り上げた明るい青色の短髪に、細目の群青色の瞳をした、美しい人だ。その所作の一切に無駄がなく、優れた武人である事が分かる。かなりの長身で、女としては背の高い方であるレティシアよりも、更に頭半分程大きい。
レティシアには彼女に見覚えがあった。出立の際、ソール達と共にやって来た彼女は、他の兵士達同様に名を名乗っただけだったが、周囲とは明らかに風格が違ったからだ。ソール同様に、かなり力の強い神であるようだった。
「お呼びですか。若様。」
「少し離れる。レティシアを護ってろ。」
「御意。ワルキューレも呼んで宜しいですか?」
「俺もそこまで遠くに行くつもりは無いが・・・いや、呼べ。一瞬でも盾になれば、俺にも分かる。」
「左様で御座います。我らの屍もお役に立ちます。」
淡々と交わされる主従の会話に、レティシアは目を白黒させる中、ロディーナが指をパチンっと鳴らせば、次の瞬間にはロディーナの後方に三十人近い女性騎士達が揃っていた。全員鎧を着込み、物々しい空気を放っている。
呆気に取られるレティシアに、クラウスは、
「ああ、まだ言っていなかったな。この女達が、これからお前の配下だ。」
「はい・・・・?」
絶句するレティシアだが、そうする間も無く、ロディーナ以下女達が全員深々と首を垂れて、代表してロディーナが美しく澄んだ声で、
「宜しくお願いいたします。我ら身命を賭して、レティシア様をお守りいたします。」
と宣言してくれるものだから、もうどこから突っ込んでいいか分からない。そうしている内に、クラウスがさっさと話を進めてくれる。
「ロディーナと、直属のこの三十人を指してワルキューレと言う通称があるが、大した意味は無い。気にするな。」
「ええと・・・・・。」
「腕も問題ない筈だ。この女達の方が余程抜かりがない。特に、ロディーナは母上の護衛隊長だったからな。」
「マ、マリア様の護衛・・・!?いや、駄目だろう!私などに付いたら、マリア様はどうするんだ!」
「他にも大勢いるから心配するな。そもそも母上に護衛何て要らない。あの女に手を出せる奴の方が見てみたいくらいだ。母上がロディーナを傍に置いて育てて来たのは、未来の娘に仕えさせる為だ。つまりお前だ。」
これに意外な方向から援護射撃が来た。当のロディーナが、
「マリア様からは、貴女様の為に死ねと言い付かっております。我らは、いつでもその覚悟が出来ております。」
と真顔で言ってくれるものだから、レティシアは頭を抱えるしかない。
「ク、クラウス・・・そこまで言って貰って、ありがたいんだけど、死ぬなんて言われても困る。」
「全く困らん。万が一お前に危害が加えられて、ワルキューレが無傷であったら、俺が皆殺しにしてやる。」
「えええ・・・・なんでそう物騒なんだ、お前は!」
既に話を聞いているだけで怖いとばかりに、ミディールなどガタガタブルブルと震えているではないか。
だが、クラウスは小さく舌打ちして、レティシアの頬をくすぐった。
「俺に、もう一度お前を喪う過ちを犯せと言うのか?」
「・・・・・・あ・・・・。」
「ラウェルは潰したし、四柱でお前を害そうとする奴は居ないはずだ。だが、俺の父親のように、実力を秘めている者もいる。」
レティシアは以前マリアが話していた事を思い起こした。元はマリアが四柱であったが、カイリが《自分が勝ったら結婚してくれ》と言って来たので応じたら、負けたから座を譲ったのだと笑っていた。何でも地位に縛られるのが面倒で、ただの一上級神として振舞っていたらしい。そういう男もいる。
「ソールやロディーナは、俺達一家に仕えている上級神の中で、最も力の強い直属の部下だが、それを超える奴が今後出ないとも限らない。その時、俺がお前の傍に居なかったら、駆け付けられるだけの時間が欲しい。ワルキューレが盾になってくれれば、それで十分間に合う。」
「・・・・クラウス・・・・・。」
何時になく厳しい表情だった。どこか張り詰めたような空気を放つ彼に、レティシアは胸を痛める。自分を見失った事で、彼がどれ程苦痛を覚えていたのか、分かっていたつもりだったのだ。でも、想像よりも遥かに彼は苦しみ、そして今なお後悔していた。
「お前は優しいからな。ワルキューレが死を厭わないのを嫌がるのは分かっている。だから、少しでも怖くなったら、嫌だと思ったら、俺を呼べ。お前の声なら、必ず俺に届く。」
クラウスが、ワルキューレの女達の命を軽んじている訳ではなく、ただレティシアを護ろうと必死であるのが分かるから、レティシアはこくりと頷いた。
「・・・分かった。」
「いい子だ。」
クラウスはレティシアの頬に軽くキスを落として、ようやく微笑んだ。そして、ロディーナ達を一瞥し、「任せる。」と言うと、その場から姿を消した。
そうして、改めてレティシアはロディーナ達を見返して、取り合えず何時までも跪いている彼女達に立つように促した。よく規律が取れており、一糸乱れぬ動きで立ち上がる彼女達は、国軍で見たどの部隊よりも洗練されていた。
「あ、あの宜しくお願いします。ロディーナ様。」
「ロディーナで結構でございます。我らへの敬称も無用に願います。我らは貴女様の僕です。」
「はい・・・・。」
それきり、ロディーナは口を閉ざす。彼女の配下達も同様で、規律が取られた軍人らしく、無駄口を叩かない。以前所属していた衛士隊は国軍の一角で前線に立つこともある部隊だったが、敵国との戦闘が激しかったのはレティシアの母が在隊していた頃であり、その後、講和が結ばれて、国が平穏だったこともあり、レティシアの時代は幾分緩かったし、戦場に出るのも小競り合い程度だった。
だが、彼女達は違った。明らかに戦いに慣れ、死線を潜り抜けて来た者だけが持つ、強さがあった。
一切の隙の無い、美しい軍人達を見つめ、レティシアは少し羨ましいと思った。
半神半人と言う身に産まれ、すでにどっちつかずであった。衛士隊も途中でやめてしまったし、神族になったとはいっても、まだ時も経っておらず、身体は馴染んだ気がしない。不安定さがあるから神術も控えている身だ。
知らず知らずのうちに小さいため息を付いてしまったレティシアは、だが、不意にそうっとやって来たミディールに、顔を綻ばせた。耳が垂れ、尻尾が爆発しており、クラウスが去った今でもまだ怯えているらしい。
背丈の低い少年に合わせて、その場にしゃがんで声を掛ける。
「どうしたの?ミディール。」
「・・・いえ、僕・・・ワルキューレの女騎士様を、初めて見ました。」
「え?だって、貴方カイリ様の宮に入り込んでいたのでは?」
すると一斉に女達の視線が集まり、ミディールが「みぎゃ!?」と短い悲鳴を上げるが、やはり女達は何も言わない。
「そ、それはそうなんですけど・・・マリア様が特別に鍛錬を積ませていたらしくて、最前線の戦場に次々に送り込まれていたそうです。戦場でワルキューレの女騎士の名を知らない者は居ませんよ。何故この異名が付いたか分かりますか?」
「いや・・・クラウスが大した意味は無いと言っていたが。」
「とんでもありません。戦場でワルキューレの女騎士と戦った者は洩れなく死が与えられます。辛うじて逃げ延びても、全員で地の果てまで追いかけて殺すそうです。マリア様の旗下にあるだけあって、容赦がありません。」
「・・・・・・・・・・・。」
「ですから、神界で死の戦乙女と言う意味を持つ、ワルキューレと呼ばれるようになったわけです。」
最早言葉も無いレティシアである。規律が取れた軍隊であるが、色々と凄まじい。
思わず改めてワルキューレを見返したレティシアに、つられた様に必死で視線を逸らしていたミディールも彼女達を見た。
黙って立っていたロディーナは、冷然とした、だけれどもとても美しい顔のまま、ミディールを見やり、
「少年。」
「はいいい!」
尻尾がぴんっと立ち上がり、直立不動になったミディールに、ロディーナは頷いて、
「我らの存在は伏せられていたはずだが、その年で良くそこまで調べたな。若様より、偵察に優れていると聞いている。更に研鑽に励み、レティシア様のお役に立つように。」
「は・・はい・・・・。」
「返事は明確に。」
「はい!」
レティシアは一本の棒になってしまったミディールが、大変心配になった。そこにクラウスが何事も無かったように戻って来た。
「速いな。ミルには会えたか?」
「ああ。話は終わった。・・・このチビはどうしたんだ?」
真っ青になっている少年に、クラウスは軽く眉を上げた。ミディールは必死で、口を開いた。
「ワ、ワルキューレの女騎士様を初めて見たので・・・驚いたんです。」
「ああ、そう言う事か。母上の宮殿の守護を一任されていたからな、父上の宮には出入りも少ない。まあ、精々可愛がって貰え。」
「な、何の事でしょう・・・・か?」
すでに喉がカラカラなのか、声が擦れているミディールに、クラウスは事も無げに言った。
「レティシアがお前らを気に掛けていたからな。レティシアの配下に当たるワルキューレの下に付けることにした。ソールから聞いていないのか?」
「え。」
と、呟いた瞬間、ミディールがとうとうバターンっとまるで倒木のように、真後ろに倒れた。慌ててレティシアが助け起こそうとするが、ロディーナの方が動きが早かった。むんずと無造作にミディールの首根っこを捕まえ、初めて美しい顔を潜めた。
「若様。最弱種というのは聞き及んでおりますが、これでは足手まといです。我らで鍛えても?」
「構わんが、加減はしてやれ。お前達とは力の差が大き過ぎる。愛玩動物だと思えば良い。」
「・・・可愛いですか?コレが。」
「俺もそう思うが、レティシアはそう見えるらしい。」
レティシアはその議論に参加する余裕はない。白目を剥いている少年に狼狽える。
「クラウス、大丈夫だろうか。」
「失神した程度だ、問題ない。しかし、ソールは何をしていたんだ?」
柳眉を潜めている所に、丁度ソールが通りかかったので、クラウスが呼び寄せる。ソールは完全に伸びているミディールに目を丸くして、
「今度はこっちですか。一体何事ですか?先ほどは、ミルが怖かったと大泣きしておりましたが。」
これにぎょっとして、レティシアはクラウスを見上げた。
「クラウス!あんなちっちゃい女の子を泣かせに行ったの!?」
「・・・だからな、あの小娘は二千年は生きてるぞ。幼児体型だとこいつらも言っていただろう。それに泣かせたわけじゃ無い。話を聞いていたら、向こうが勝手に怯えて泣き出しただけだ。」
これにはソールも同意して、
「クラウス様の覇気は凄まじいものがありますからねえ。こいつもその口ですか?」
「いや。ワルキューレの下に付けることにしたと言ったら失神した。言っておけと言っただろう。」
「はあ・・・何度も言おうと思ったのですが、呑気に日向ぼっこをしていた、この連中を見ていると、とても可哀想で言い難くてですね。」
ソールがぼりぼりと頭を掻くと、絶対零度のロディーナの声がした。
「それはどういう意味だ、ソール。」
「・・・お前らワルキューレの下に付けと言われたら、誰でも泣いて嫌がると思う。」
「不甲斐無い。それでも玉が付いているのか。」
麗しい美女が吐き捨てるように言い切る。ソールは天を仰ぎ、嘆いた。
「・・・・・ラウェル様がお前達に手を出さないはずだよ・・・・。」
「あのような不埒者、生える度に去勢してもまだ飽き足らぬ。」
男の沽券にかかわることを一蹴するロディーナに、ソールは縮こまるのが分かった。
「ああ・・・お前達も、クラウス様の後を継いで、マリア様の侍女達と一緒にズタズタにしていたな。」
「まだ足りぬ。」
レティシアがラウェルに会った時には、ワルキューレたちは立ち去った後だったらしい。女を手酷い目に遭わせた男は、女達によって逆襲されたともいえる。
呆気に取られるレティシアに、クラウスがのんびりと言った。
「神界でラウェルが絶対に手を出さないのは、俺の母上と、ワルキューレ達だ。」
「・・・なんとなく、分かる気がする。」
「お前も加わった。」
「う、うん。そうしてくれると有り難い。」
自分は彼女達のように力も無いし、特別な美貌がある訳ではないが、クラウスの恋人という事で目を引いてしまったようだ。何にせよ、もうあんな目には遭いたくない。