そしてレティシアの味方はいなくなった。
クラウスは、逃げるように帰って行ったラウェル達などに目もくれなかった。
「・・・母上、これ以上俺の邪魔をするなよ。」
「はいはい。侍女達にも言っておくわ。と言うか、そんな事をしたら、貴方今度こそ斬り捨てるでしょ。」
呆れ半分に苦笑したマリアは目を瞬いているレティシアの頬を撫ぜ、
「しばらくお別れね、レティシア。寂しいわ。無事に帰って来てね。」
「え・・・?」
折角ようやく戻って来たと言うのに、何故惜別の言葉を言われるのだろうか。しかもマリアは大変に同情的な目を向けてくる。
「仕方ないわよね。神界の平和の為に、犠牲になって。」
何か人身御供のように言われるが、時間が惜しいとばかりにクラウスに連れて行かれて、レティシアは一層訳が分からない。
クラウスは黙り込んだまま、廊下を進み、最奥の一室の扉を蹴り開けると、更に奥の扉へと進んだ。そうして室内に入った瞬間、レティシアは頬を真っ赤にした。
天蓋付きの大きなベッドがあったからだ。室内の装飾品はどれも技巧が凝らされていたが、華美ではない。落ち着いた配色がされており、靴を脱がされベッドに降ろされると、シーツから僅かにクラウスの香りがした。どうやら彼の自室らしい。
神界に来てから、レティシアのベッドに彼が潜り込んできていたので、ここに来る機会は無かったのだ。女性部屋として作られたレティシアの部屋のベッドも大きくて、彼と二人で寝ていても大きく余っていたが、それと比べても、一回り以上大きい。クラウスが長身という事もあるのだろう。
「クラウス・・・んっ。」
自身も靴を脱ぎ捨てて、レティシアの上に乗りかぶさると、クラウスは貪る様な激しいキスを繰り返した。角度を変えて、何度も何度も、確かめるようにキスを落とす。
「・・・口開けろよ。」
「あ・・・・・・・。」
舌先で唇を割られ、クラウスの熱い舌が絡みつく。まるで全てを奪いつくそうとするかのように、クラウスが、激しい。まだまだ行為に慣れないレティシアも、だが懸命に彼に応えた。何故こうも強硬なのか、唇を離し、レティシアを抱き締めて来た彼の漏らした弱弱しい声が、全てを物語っていた。
「・・・・・お前が居なくなって、気が狂うかと思った。抱かせろ、レティシア。」
傲慢な、だがどこか懇願にも似たどこか危うい甘い響きに、レティシアは頬を染めながら、小さく頷いた。
「わたしも・・・クラウスに、触れて欲しい。あの男に触られて・・・気持ちが悪いままだから。」
レティシアはクラウス以外の男を知らない。だから、彼以外の男に触れられるという事が、あれ程嫌悪感を覚えるとは思ってもみなかった。
「・・・・どこを触られた。いや、良い。思い出すな。俺が全部消してやる。俺以外の男が、お前に触るなんて、絶対に許さない。」
絡みつく彼の腕が強く、いつも加減をしてくれる彼に滅多にない事だったが、痛い程だった。だが、レティシアはそれでも幸せだった。
たった一週間と言われるかもしれないが、彼と離れた時間はそれよりもずっと長く感じた。でも、今はクラウスの元に帰って来られた。そして、また触れて貰える。求めて貰える。
嬉しくて、震える手で彼の背に腕を回した。
「うん・・・・クラウス・・・わたしは、貴方のものだよ・・・貴方だけのもの・・・。」
「・・・・っ・・・レティシア・・・」
どこか泣き出しそうな顔をしてキスをしてくる。レティシアは微笑んで、自分からも彼の額にキスを落とした。
「貴方の傍に戻って来られて、嬉しい。」
「・・・・ああ、分かってる。分かってるんだよ・・・でも、苦しい。お前を離すと、不安でおかしくなりそうだ。お前を・・・喪ったかと思った。」
「ここにいるよ。貴方と一緒に、いつまでも居たいから。」
私は貴方のモノで、貴方は私のモノだから、離れても必ず戻って来る。共に同じ時を生きたいと、願ったのだから。
レティシアは涙で滲んだ瞳で、彼を見上げ微笑み、彼に身を委ねた。
結局、レティシアが彼の寝室から出して貰えたのは、一週間経った頃だった。一日の大半を寝ているか、彼に求められるかという日々を送っていたレティシアは、入浴を済ませ、脱衣所で久々にドレスを身に着けた時には、何だか感動さえしてしまった。
「服が・・・着られる・・・・。」
「そんなに嬉しいか?」
彼女の傍らで、同じく入浴を済ませて着替えを終えたクラウスが、首を傾げた。レティシアは真っ赤になって抗議した。
「私が着ても、すぐに脱がせてきたじゃないか!」
「お前が汚すのは嫌だと言ったからだぞ。俺じゃない。」
「う・・・っいや、違う!何かが違うっ!」
頭を抱えるレティシアに、クラウスはくすくすと笑いつつ、やはり彼女の髪は一部を結って、後は流した。首の後ろどころか、身体中に彼の跡がある。独占欲の証である。
だが、それを撫ぜられても、今のレティシアは赤面しない。この十日間で、クラウスに求められ、何度恥ずかしい事を言わされたか分からないからだ。
レティシアがいつもより彼に甘い事を良い事に、好き放題したクラウスは、上機嫌で彼女を伴って、久しぶりに両親の部屋を訪れた。
すると、侍女達から知らせを聞いていたらしいマリアが、最早感涙しそうな勢いで駆けてきて、レティシアを抱き締めた。
「ああ、よく戻って来たわね。うちの馬鹿息子が本当に御免なさいね!」
「い、いえ・・・。」
一週間も寝室に籠っていれば、流石に言われるだろうと覚悟していたが、こうも面と向かって言われると、もう恥ずかしくて仕方がない。
「クラウスは全然手加減しなかったでしょう、可哀想に。」
「えええっと・・・。」
狼狽えるレティシアに、クラウスが顔を顰めた。
「何だ、聞いていたのか?悪趣味だな。」
「違うわよ!レティシアを心配して、侍女を世話に行かせようとしたら、貴方が殺気一つで手前の部屋で追い返したじゃないの!手加減しそうにないこと位、彼女を連れて行く貴方の様子を見れば一目瞭然だわ。というか、今さらりと認めたわね!?」
母親に怒号を浴びせられ、クラウスは更に顔を顰める。マリアは、真っ赤になっているレティシアに気付き、心底申し訳なさそうにしつつ、
「でも良かったわ、立てるのね?」
「え、えと・・・はい。」
今は。ただ数時間前まで腰が砕けて立ち上がれなかったのだが、何故わかるのだろう。クラウスに抱き潰されるどころか、このまま抱き殺されるのではないかと、レティシアは思ったが、逃れられなかったのは、逃げる余力など残して貰えなかったからだ。
ただ、この躊躇った反応一つで、ピンときたらしいマリアは一層殺気立った目で、平然としているクラウスを睨んだ。
「貴方、しばらく去勢した方が良くなくて?」
「無駄だな。俺の再生能力を知ってるだろ。それに、孫を抱けなくなっても良いのか?」
痛い所を突かれたマリアはうっと詰まり、短い葛藤の末に、レティシアに向き直った。憂いを帯びつつも、何だか期待を込めた眼差しに、レティシアは何だか唯一の味方がいなくなった気がした。
「ごめんなさいね。こんな馬鹿息子だけど、付き合ってあげて?」
「マ、マリア様!?」
「本当、困ったものよね。この子、ラウェルみたいな嗜好は無いけど、彼よりも遥かに激しいって評判だから、本当に頑張ってね。」
「えっ。」
つまり何か。殊に行為に置いては、クラウスはあの男を上回るのか。
恐る恐るクラウスを見上げれば、彼は顔を顰めていた。否定してくれるかと思ったが。
「母上、俺とあの馬鹿を一緒にするな。俺は奴のように女を嬲る趣味は無い。」
「でも、ベッドでレティシアを苛めるのは好きでしょ?」
「まあ、否定はしない。」
レティシアは目を剥き、
「そこ否定しようね!?」
と思わず突っ込みを入れてしまった。だが、クラウスはにやりと笑った挙句、
「お前が可愛いから、止めろと言っても無理だ。」
「クラウス!」
「あらあら、仲が良いわねえ。孫が楽しみだわぁ」
三者三様の色々と騒がしい室内において、だがカイリはどれ程過激な言葉が飛び交おうと、一人のんびりとお茶を啜っていた。
相変わらず、冷静である。