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変態は犬になりました。

 ゼウスはレティシアが一先ず無事だったことに安堵し、その内自分の宮にも来るようにと念を押して帰って行った。クラウスはレティシアと獣人一族を連れて、夫妻と共に再び一家の住まう宮殿へと戻った。


 出迎えた侍女や武官たちは、クラウスの腕に抱かれたレティシアの姿を見つけると、安堵したように顔を綻ばせて喜んでくれた。

 普段は感情を抑えている彼らも、流石に一週間も消息を絶ち、クラウスが凄まじい状態になっているのを見ているので、ついつい顔に出てしまう。

「お帰りなさいませ。御無事で何よりですわ。」

 嬉しそうに声を掛けてくれる侍女達に、レティシアも微笑んだ。

「ありがとうございます、ご心配おかけしました。」

と応じつつも、やはりいつまでもクラウスに抱かれたままというのも、何だか気恥ずかしくて、小声で、

「クラウス、そろそろ降ろしてくれないか・・・?」

「断る。」

 なしの礫である。ずっとこんな調子だ。クラウスは、駆け付けて来たソールを一瞥する。

「ああ、レティシア様、ご無事でしたか!良かったです、本当に!神界が崩壊するところでしたぞ!」

 大袈裟なと思いつつもレティシアが礼を言うと、クラウスが、

「ソール。こいつらの面倒を任せる。お前以外の誰か適任の奴の下に付けてやれ。」

と、後ろに続いてきた獣人たちを見据え、告げる。

 事前にクラウスの部下が宮殿に仔細を知らせに走り、獣人族をクラウスが従える事を知っていたソールは、そのこと自体には驚かなかったが、

「何故私以外なのです?斥候に優れているらしいですから、私の下など適任かと思いますが。」

「だからだ。お前がこれ以上口煩くなっても困る。俺の監視に使うなよ?」

「若君!」

 立腹するソールをクラウスは無視して中に入っていった。

 ソールはまだ腹を立てつつも、一塊になっている獣人たちを見返した。

「お前達の事は話を聞いている。取り合えず、仮宿を用意したから、そちらに移れ。いずれクラウス様の領内で住みやすそうな所を見繕ってやる。あのクラウス様が自ら召し上げられたのだ、誇りに思い、よく働けよ。」

「はい!」

 喜びに満ちた彼らの純粋な視線にソールは満足し、そして思案したのち、

「一つ相談だが、若君の行状を時々私に報告してくれないか。あの御方は自由気ままで困るのだ。」

 すると、ウルがきっぱりと言い切った。

「お断りいたします。」

「な、なに?」

「我らの主はクラウス様であり、レティシア様にも忠誠を誓っております。ご用命がある時は、お二人のお許しを得てからです。」

 極めて律儀な一族にソールは失笑して、頷いた。ただ、ウルも気を遣ったのか、

「他の四柱の神々の行状でしたら、お伝えすることは出来ます。例えば先日、マリア様が御留守の際に、カイリ様が美しい女性を侍らせていたとか・・・。」

「な、なに!?」

「酌をさせていただけのようですが、素晴らしい美貌に加えて、大変聡明で、尚且つ粛然とした女性でしたから、随分お気に召したようで。」

「待て待て待て!」

 ソールは慌ててマリアが居ないか見回したが、中に入っていったクラウス達と一緒に夫妻も続いていたので、幸い聞いているのは、残っていたソールの部下や門兵ばかりだ。全員、顔の色を失っている。

 ウルは不思議そうにしながらも、促されるまで黙って居た。真面目である。

「その女性をマリア様に引き合わせて紹介されていましたよ。マリア様も、ご自分の目で確かめられて、レティシア様の侍女候補として召し上げたみたいです。」

「・・・・・お、脅かすな。」

「はて。私は何か不味いことを言いましたか?」

 不思議そうなウルに、ソール達は冷や汗を拭うしかなかった。余計な事はいうまいと、彼は心に誓った。何しろ、余計な事をした男の末路を、彼は良く知っていたからだ。


 一先ず宮殿に戻った事で一安心したのか、夫妻は少し休むと言って、クラウス達と分かれた。レティシアと言えば、クラウスにやはり抱き上げられたまま、連れて行かれたのは浴室だった。

 例によって侍女達が控えていたが、無論全員クラウスが追い出して、誰も居なくなると、ようやく彼女を降ろした。そして無造作に自身のシャツのボタンを外し、上半身裸になると、既に逃げ腰になっているレティシアを抱き寄せて、ドレスの肩紐を解き始めた。

「良い。何もするな。俺が全部やってやる。」

「い、いや・・・もう枷も腕輪も嵌まってないから、着替えも出来るんだけど!」

 慌てる間も無く、肩紐が解かれていくが、ふとクラウスは柳眉を潜めて、手を止めた。

「そう言えば、お前腕を一週間近く拘束されていた間、身の回りの事はどうしていたんだ。・・・・まさか、あの獣人の雄に触らせたんじゃないだろうな?」

 途端に声が低くなるクラウスに、レティシアは頬を染める。

「違う。リルという女の子が居たでしょう、あの子が着替えとかお風呂とか、色々良く手伝ってくれたんだ。他の女性達も、不自由がないようにと色々やってくれたよ。」

「ふうん・・・でも気に入らねえな。」

 話しながら、クラウスは慣れた手つきでレティシアの服を脱がせにかかる。

「全部洗うぞ。あの野郎に触られたころは、特に念入りに消毒してやる」

 もう一週間もたつにも関わらず、未だあの男はばい菌扱いだと思いつつも、クラウスの怒りはまだ冷めやらない様子であり、レティシアも頬を染めつつ頷いた。


 クラウスは宣言通り丁寧にレティシアの髪と身体を時間をかけて洗った。神族としての力が戻りつつあり、体の傷はすっかり消えていたが、鞭打たれた所には、何度も彼はキスをして労った。そのまま浴室で抱きたがったが、長風呂で頬を赤くしているレティシアに気付き、流石にそれは止めていた。

 有能な侍女達は、二人が出てくるまでの間に脱衣所を整え、彼が脱ぎ散らかした衣服は回収し、代わりにタオル類や、新しい衣服が用意していた。大変機転が利く優秀さである。クラウスが一切手出しをさせないであろうことも察して、誰も居なかった。

 レティシアは久しぶりに拘束されないでお風呂に浸かれて、幸せである。新しいドレスに身を包み、銀髪も彼がすぐに乾かしてくれた。クラウスは暑いのか、ズボンだけ穿いて、上半身裸のまま、レティシアの髪を器用に結い上げた。

「凄い。よくこんなに編み込めるね。」

「侍女がお前の髪をいじくっているのを見れば、覚えもする。少し、このまま結い上げておけ、母上も文句言わないだろ。」

「え、あ、そうか。」

 マリアはいつもクラウスが項にキスの跡を付けるから、結い上げられないと悔しがっている人である。クラウスは忌々し気に舌打ちして、首筋に軽くキスを落とす。

「畜生・・・俺の跡が全部消えてるな。直ぐに全身に付けてやる。」

「う、うん・・・。」

 思えば、なんだかんだ言って、もう十日ほど彼に触れて貰っていない。それを寂しいと思ってしまったレティシアは、頬を赤らめて頷いた。

 クラウスは新しい白いシャツを着ると、再びレティシアを抱き上げて、浴室を出た。だが、廊下を歩き始めて早々に、彼は足を止めざるを得なかった。

 同じく別の浴室で入浴と着替えを済ませたらしきマリアが、やって来たからだ。結い上げた髪をしたレティシアににっこりと笑って、

「あら、髪型変えたのね。ほら、可愛いじゃない。」

「期間限定だ。」

「なんですって!女の子のお洒落の邪魔をするんじゃないわよ。」

 マリアはぷりぷりと怒りながら、

「それで、あの男はどうするのよ。いつまでもここに置いておかれても邪魔よ、邪魔。目障り。」

「ああ・・・そうだったな。何か言って来たのか。」

「もう二度としません、ですって。」

「フン。レティシアが戻って来たから、用は無い。その辺の道端にでも捨てて置けばいい。」

「あら、あんな有害生物を捨てたら、迷惑よ。塵にもならないわ。」

 真顔でぽんぽん恐ろしい事を言っている二人に、レティシアは目を見張る。どうやら、ラウェルはまだ罰を受けているらしい。

「クラウス・・・もう十回殺したとか言っていたけど・・・。」

「ああ、全く足りないが、お前が戻って来たから、その時間も惜しい。」

 神族の身体は強靭であり、死すら凌駕するという。肉体的に死んでも、魂さえ無事であれば時が経てば復活するのだ。完全に《死》を与えられるのは魂の消滅となるが、流石にそこまではしなかったようだ。

 ただ、ラウェルはもう十回も肉体が死ぬ目に遭わされたらしい。

「もう十分だ。確かに嫌な事はされたけど、殺されそうになった訳じゃない。それに、私の所為で、クラウスが友達を喪うのも嫌だ。」

「あの糞野郎など、とうに縁を切った。どうせ腐れ縁だ、切っても惜しくは無い。」

「まあ、そう言わずに。」

 自分の一件が無ければ、クラウスは何だかんだ言いながら、ラウェルに付き合って酒を呑んだり、泊まらせたりしていた。どれ程の付き合いかは分からないが、彼らの親し気な口調からして、決して簡単に切れるものでもなかったに違いない。

「もうしないと言ってくれるなら、信じるよ。もう一度同じような事をされそうになったら、今度こそ付き合いを止めてくれると嬉しい。」

「・・・二度とさせたりしねえよ。」

 唸るようにクラウスは言った。彼の怒りと苦痛が分かるから、レティシアも十分救われた。顔を綻ばせて、頷いた。

「ありがとう、クラウス。」

 必死で探してくれたであろう彼に、レティシアは全ての想いを込めて、彼の頬にキスを落とした。羞恥心の高い彼女が人前で行為をするのは極めて珍しく、マリアもにまと「あらあら。」と微笑むが、クラウスは目を見張った後、彼女の唇を奪った。

「・・・・・今回だけだぞ。当分奴はお前の犬だ。」

「え、あ、うん?」

 よく分からないが、頷く。クラウスはそれでもまだ不満顔であったが、マリアを連れて、進路を変えると、宮殿の広間に向かった。


 広間には、ラウェルの姿があった。十回殺されたという彼は、だが意外にも無傷であり、少し離れた所で静かに控えているディアンも、同様だった。ただ、きっちりと衣服を整えて整然としているディアンに対して、ラウェルの衣服は乱れきっていた。

 その上、何やら楽し気な十数人の美女たちに周囲を囲まれている。彼女達は殊更肌を露出していたが、クラウス達の姿を見ると、すぐに服を整えて、深々と首を垂れた。マリアはにっこりと笑って、

「もう良いわよ、ご苦労さま。」

「失礼いたします。」

 粛々と下がっていく侍女達は、レティシアも見覚えがあった。皆、マリアの侍女達である。一体なぜ、ラウェルが彼女達を侍らせているのかと訝ったレティシアは、改めてラウェルを見返して、更に明らかになった光景に唖然とした。

 あの傲慢で、女を支配下に置くことに愉悦を覚えていた青年の見る影もなかった。

 憔悴しきっており、顔はやつれて蒼褪めて、髪はぼさぼさで、衣服のボタンは外れて開け、ズボンもずり下がっている。ぐったりとしており、クラウスに冷ややかに見降ろされて、

「見苦しい。」

と吐き捨てられ、ようやくのろのろと身体を起こして、衣服を整えた。

「・・・・・もう勘弁してくれよ・・・・地獄だ・・・・。」

「あら、貴方の大好きな女の子にずっと可愛がって貰ったでしょう?」

 マリアは愉悦の笑みを浮かべたが、ラウェルは半泣きである。

「俺の好みと真逆の女達ばかり・・・・散々嬲られて、色々突っ込まれて・・ちょん切られて・・・・しかも、俺の自由は一切無いって・・・酷いですよ。ディアンは自業自得だって言って見てるばっかだし・・・・痛え・・・俺、当分誰ともやれる気がしませんよ・・・。」

 後ろに手をやり、あらぬ所を擦るラウェルに、レティシアは目を白黒させた。その視線に、ようやく彼はレティシアに気付いた。そして、蒼白になって、ずざざざっと飛びのくと、両手を合わせて拝み倒した。

「わ、悪かった。レティシア!謝る!心から謝る!二度としない!君の為なら何でもする!」

「え、あ・・・はい。」

 あのラウェルが、凄まじい変貌ぶりである。

 一体クラウスとマリア、それにあの侍女達に何をされたのだろうか。クラウスに散々ボコボコにされた後であろうが、その後随分精神的に追い詰められたらしい。

「だから、君からもクラウスに言ってくれないか!俺をお家に帰してくれ!」

 すると、クラウスは冷ややかに言った。

「お前の宮殿と近隣一帯は全滅しているぞ。当然だよな?」

「う・・・・仕方ない。」

「帰してやっても良い。レティシアが無事に戻って来たからな。貴様は邪魔だ。消えろ。」

「本当か!?」

 ラウェルはようやく喜色を露にした。神族であるにも関わらず、祈りの言葉すら捧げそうな勢いだ。

「そうでもなければ、消し飛ばしている所だ。」

「ああ・・・うん、悪かったよ。お前がそんなに怒るとは思わなかったんだって。」

「貴様との腐れ縁など金輪際切ってやると思ったがな、レティシアが許してやれと言うから、今回は見逃す。当分顔を見せるな。」

「え・・・いいのか?」

 これにはどこか安堵した顔をしたラウェルは、レティシアに感謝の視線を向けたが、それすらまだ気に食わないとばかりに、クラウスが追い打ちをかけた。

「お前はレティシアの犬だ。レティシアがやれと言ったことは全部従え。死ねと言ったら死ぬんだ。レティシアに逆らうな。少しでもそんな素振りを見せたら、今度こそ消す。分かったか!」

「・・・・はい。分かりました。」

 すっかり消沈している彼は、何故かそこで正座まで始めている。ディアンは横を向いた。ぶるぶると震えている所から察するに、笑いを堪えて居るらしい。

 レティシアは思案して、そして一つお願いした。

「貴方の嗜好かもしれませんが、あの悪趣味な部屋はもう作らないでくださいね。」

 一瞬彼は言葉に詰まった。そう簡単に嗜好は変わらないらしい。だが、クラウスが冷ややかに、

「犬、返事は。」

と言うものだから、「はい!」と背筋を伸ばして答えた。

 レティシアはつい思った。

 この人は本当に四柱と呼ばれる、最高神の一人なのだろうかと。

 

 ラウェルは逃げ出すように、ディアンに付き添われて自領へと帰った。帰るだけの余力は残していたらしいが、何だか酷く疲れ切った様子であった。

変態神族ラウェルは、レティシアの犬となりました。

ちなみに、神界の最高実力者の一人です。

哀れです。

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