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少年は、すぐに後悔した。

 ミディールは覚悟を決めていた。

 何としても、レティシアの事を伝えに、クラウスの元に辿り着く決意で、村を駆け抜ける。大切に握りしめた指輪は、レティシアの信頼の証だ。

 カイリの宮は警戒が特に厚く、掻い潜るのはいつも苦心していたが、何とかクラウスの側近にでも近づければ活路は開けるかもしれない。

(僕はやるんだ!)

 ミディールは必死で何度も自分を励ました。

 何度か忍び込んだ事もあるので、自信も少しはあった。神界中を覆う、凄まじい殺気と激怒の混じった不穏な空気の持ち主が、誰のモノであるのか知っていたが、決意は固かった。クラウスと対面するなど、普段の彼や彼の種には禁断に近い行為ではあったが、なんとしても成し遂げなければならない。

 悲壮な決意をもって、カイリの宮に続く道を一人駆け抜ける。そうして、穴から転がり出たミディールは、眼前に剣の先が突き立てられて、頭が真っ白になった。

「ひいいいいいいいいっ!?」

 凄まじい覇気と殺気を纏った男が、一人何故か眼前に立っていた。

 おかしい。この出入り口は誰も知らないはずだ。道は村と繋がっている影響で、眼晦ましの術が効く。だから、中を走っている時は気づかれないはずだった。出口から出て、誰かに見つかるまでの間が勝負だと思ったのに、出た瞬間に見つかった。何故だ。

 しかも、剣の持ち主は、凄まじく怒り狂っていて、ミディールは顔すら上げられなかった。恐怖と絶望で押しつぶされそうになる中、更に彼を悪夢が襲う。

 男の只ならぬ気配を察したのか、カイリ、マリア、そしてゼウスまでもが姿を見せ、彼らの後を追うように次々に上級神の側近たちが駆け付けてくる。あっという間に囲まれてしまったミディールは、だが沈黙は許されず、無造作に胸倉を掴まれて引き上げられた。

 そして、男がすぐさまミディールが握りしめていた手を解き、指輪を奪い取ってしまう。漆黒の瞳がそれを確かめると、一層殺気が強くなった。

「・・・小僧。これをどこで手に入れた」

 冷徹そのものの声だった。この声だけで死ねると、ミディールは真剣に思ったが。


 レティシアは言った!この人は律儀だと!話を聞く前に斬り捨てたりしないはずだ!

 レティシアは言った!この人は優しいと!レティシアを信じたいが、やっぱり本当だろうか?


 半泣きになりながら、彼を見返して、すぐに後悔して目を逸らした。 

 だが、機嫌が悪いどころではないクラウスは、外見が子供だろうと、中身が子供だろうと、当然ながら容赦は無かった。

「答えろ、消されたいのか!」

「ひいいいいいいいいっ!」

 最早何を言いに来たかさえ思い出せず、失神しそうになるミディールに見かねたのか、やんわりとカイリが言った。

「クラウス。取り合えずソレを降ろせ。話にならぬ。逃げたら八つ裂きにしてやるから、構わないだろう。」

 穏やかな顔をしながら、凄まじい言葉を吐かれる。クラウスが舌打ちしてミディールを放れば、マリアが屈んで、艶然と笑いながら、ミディールの顎を掴み、無理やり引き上げた挙句、全く笑っていない目で見据えてきた。

「さあ、答えなさいな、坊や。わたくしの可愛い娘はどこ!」

「・・・私の娘だ。おい小僧、楽に死にたいだろう?」

と、淡々とゼウスまでも告げてくる。

 温和な顔をしながら凶悪なカイリ、妖艶に微笑みながら最悪なマリア、平然とした顔で暴言を吐くゼウス、そして凄まじい殺気を放つ危険人物クラウス。

 ミディールの知る、恐ろしい神々は、今日も通常運転だった。この宮殿の一体どこが平和なのだろうか。戦場の最前線のようにしか思えない。

 引き攣った顔で、全身がたがたと震わせる少年に、ソールが静かに言った。

「・・・少年よ。ラウェル様の二の舞になりたくないだろう・・・・?」

 何だか哀れみすら滲む声で言われ、周囲の兵士達も頷いている。レティシアを拉致した挙句、いたぶったラウェルの末路は、ミディールもまだ知らないが、容赦ない鉄槌が下されたのは想像に容易い。

 ただ、ミディールは凶悪に脅されながらも、クラウスを見返した。

 そして、怒り狂い、神界中に不穏な空気を放っているこの男神が、強く指輪を握りしめて、必死で苦痛を抑えている事に気付いた。彼女を見失った彼の神は、どれ程苦しい日々を送っただろうか。

 ミディールはレティシアが夜毎泣いているのを知っていた。彼女は懸命に隠していたが、ミディールは細かい所によく気づくので、分かってしまうのだ。

 想い合う二人を裂いたのは自分なのだからと、奮い立つ。

「レティシア様は・・・ぼ、僕の村に・・・いらっしゃいます。クラウス様に・・・居場所を教えて欲しいと、頼まれて、その指輪を預かりました。ご案内しますから・・・僕を・・・殺すなら、その後にしてください。」

 全員の視線を一斉に浴びたが、ミディールはクラウスから目を離さなかった。冷徹な漆黒の瞳が見下ろしてきて、そして彼はミディールの後ろにある小さな穴を一瞥した。

「そこか。」

「・・・はい。ご案内します。」

「退け。」

 クラウスはそう言ってミディールを押しのけると、躊躇いも無く中へと滑り込んだ。呆気に取られたミディールも慌てて後を追う。後から次々に神々が続いたのは分かったが、もうここまで来ると村は隠しようがなかった。


ラウェルの末路は・・・哀れなことになっていますが、また後程。

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