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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
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レティシア、負ける。

 硬直していたレティシアの耳元に男の唇が寄せられる。

「レティシアは、お前だな?」

 冷や汗が止まらない。違うと言って、この部屋から脱出したいのは山々なのだが、扉がびくともしない。そうしている内に、男の手が艶やかな銀髪をするりと撫でた。

「私は⋯⋯レアだ」

「レティシアの方が、似合ってる」

「そういう問題じゃないっ!い、良いか。こんな都合の良い話がある訳無い。探し人が、そう易々と見つかるものか」

「別に難しい話じゃない。神と人の子は銀髪で産まれる事がある。神の血筋を受けているから、神術も扱える。何よりも、一番簡単に見分けがつくことがある。ソレがあれば、間違いない」

 ぎくりと身を強張らせ、レティシアが息を呑むのと同時に、身体がふわりと浮いた。男の両腕に抱き上げられたと気付き、真っ赤になって抗議する間もなく、狭い室内を彼は横断して、ベッドに降ろした。

「違うと言うのなら、背中を見せろ」

 男の力は強く、易々とひっくり返される。その挙句、抜け出そうとしたら、後ろから乗りかかられ、手を頭上で纏め上げられて片手で抑え込まれた。

「待て待て待て⋯⋯っ何するんだ!暴行罪で訴えるぞっ」

「妻になる女に触るのに、何の問題があるんだ?」

「だから、お前の勘違いだって⋯⋯っあ!?」

 初夏で薄着であった事が災いし、ブラウスがズボンから引き抜かれ、背中を露にされる。

 白く滑らか素肌に、背筋の通ったしなやか背に目を落としたクラウスは、息を呑み、だが何ら人の身体の構造としてはおかしくないそれを見て、幾分不満そうな声を漏らした。

「成る程ね」

「なにが⋯⋯っちょ⋯⋯っ」

 背中で止めていた胸の下着の金具が外されて、全てが露になる。不味い。これは大変に不味い。男の手が、確信的に、肩甲骨を撫でるのだから猶更だ。

「髪の毛は染めれば済むが、翼は隠しきれない。お前、神術で封じ込めてるな?」

 何故わかる、何故わかる、何故わかる!分からないで良い事を、何故わかる!

 レティシアは同じことを何度も絶叫した。この男、ただ者ではない。いや、化け物だ何だと言われているのは知っているが、明らかに普通の男とは知識も能力も桁違いだ。だが、今はそんな事を考えている暇ではない。

「やめ⋯⋯っやだ!」

 背中に男の手が触れる。自分の髪をいとも容易く元の髪色に戻し、難読な神術もあっという間に解読している所からしても、この男は、出来る。

 自分が一生懸命術を施して封じ込めた、神の証と言われる白翼を引き出してしまう。

 絶望と、純粋な恐怖が、意地に勝った。

 紫紺の瞳から大粒の涙が勝手に溢れ出て、悲鳴を上げた。

「やあぁ⋯⋯っ!」

 悲痛な叫びに、男の手がぴくりと止まった。漆黒の瞳が驚いたように目を見張り、そして小刻みに震えている細い身体に気付くと、小さくため息を付いて、彼女の腕の拘束を解いた。そうして外した下着の金具を戻し、シャツを降ろすと、脇へと退いて、レティシアの身体をひょいと持ち上げた。自身の膝の上に乗せて横抱きにすると、怯えたようにしゃくりあげるレティシアを見下ろして、宥めるように頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「⋯⋯悪かった。強引にし過ぎたな」

「い⋯⋯やだって、言った⋯⋯っ」

「ああ、少し焦ったんだよ。でも、もうしない。お前が怖がるなら、二度としない」

 そう静かに告げるその言葉は驚くほど優しく、レティシアはそろそろと顔を上げた。男が秀麗な顔立ちをしていたのは知っていた。切れ長の瞳は、鋭くもあり、雄々しくもある。ただ、殆ど表情が読み解けないと思っていたその表情は、今は穏やかな笑みを浮かべていた。

 文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、霧散する。その代わり、勝手に頬が赤くなるのが分かり、慌てて目を逸らそうとしたが、無理だった。頬を撫ぜた男の手が、それを許さない。

「⋯⋯可愛い。レティシア」

「⋯⋯⋯⋯。う、るさい。その名で私を呼ぶな」

 そう小さく抗議したが、はっと我に返った。これでは自分だと認めているようなものだ。

 だが、男は特に責め立てず、漆黒の瞳を細めた。

「まだ怒ってるか?」

「⋯⋯別に。もうしないなら、良い」

 男の手が離れた隙に、レティシアはぷいと顔を背ける。クラウスはくすりと笑って、

「ああ、背中の術は無理に解きはしない。だから、許せ。な?」

 子供みたいに駄々をこねる訳にもいかない。もう二度としないと誓っているのだし、それならば良い。ただ、このどこか甘えを帯びた低い美声は頂けない。心臓に悪い。

「わ、分かった」

 仕方ないなともごもごと呟くレティシアに、クラウスは笑みを深め、顎を引き上げた。

「キスも怖いか?」

「⋯⋯別に怖くない。した事も無いし、したいとも思わなかったし」

 レティシアは正直に答えた。キスを交わす恋人達は何度も見たが、自分もそうありたいと思ったことは無い。何しろ好色な悪例がいる。ああはなるまいと、何度思ったか。

 頭痛を覚えていると、不意に額に男の唇が触れた。軽く触れただけのそれに、レティシアは一瞬何をされたか分からないほどだった。

「な、な、な⋯⋯っ」

「怖くないんだろ?」

「無いともっ!いや、待て!」

 今度はちゅっと音を立てて、頬にキスをされて、レティシアは流石に焦る。男の手が強請るように唇を撫でて来たから猶更だ。

「ここにも、したい。他の誰にもさせていないなら、猶更だ」

「だっ、誰かにさせたら、お前はしないのか!?」

 苦し紛れの問いは、漆黒の瞳が剣呑に光ることで黙らされる。

「そんな理由で他の男にやらせてみろ。その場で全部奪うぞ」

「な、な⋯⋯っ」

「分かったか」

 何だか逆鱗に触れたらしい。また急に立場が逆転した。何故だ。取り合えず、今度は自分が男を怒らせたらしいと理解したレティシアはこくこくと頷き、だが男が顔を寄せて来たのには抗議した。

「だからって、しなくっても⋯⋯」

「俺が嫌いか?」

 優しい声に憂いが混じったのが分かる。自分を見下ろす男の漆黒の瞳は、揺るぎなく、戯れとは思えない。

 嫌いかと言われれば、別に嫌いじゃない。強引に翼を暴かれそうになった時には怒りも湧いたが、彼はすぐに謝ってくれたし、二度としないと誓ってくれた。

 自分を扱う手は優しくて、女の扱いには慣れていそうな様子だが、静かに問いかける声は真摯だ。

 求愛されると必ずと言って良いほど過っていた好色な父親の姿が、この時はレティシアには過らなかった。

「好きでも⋯⋯嫌いでもない。お前は、よく⋯⋯分からない」

「教えてやる。幾らでも、何度でも」

 クラウスはそう言って笑って、レティシアの唇を奪った。

 初めての口づけは、不思議な感触だった。硬い男の唇が優しく触れる。でも、嫌じゃない。

 ゆっくり離れていくと、逆に何か寂しい気がした。

「もっと良いか⋯⋯?」

 再び重ねられる。今度は先ほどよりも少し強く、深い。これも、嫌じゃない。でも、少し恥ずかしい。

 少し息苦しくなって目が潤む。身体がかあっと熱くなって、何だかおかしい。

「レティシア」

 息を乱す彼女を見つめ、クラウスが堪らないとばかりに、ぺろりと舌で自身の唇を舐めた。

自分の名を呼ぶ低音の美声と、そのどこか色香を纏う仕草に、ぞくりと、身体が粟立つ。まるで金縛りにあったかのように動けない。

 そうしてようやくクラウスが唇を離すと、満足げに舌先でぺろりとレティシアの赤く濡れた唇を舐め取って、離れた。

「キスは、好きそうだな」

「⋯⋯⋯バカ」

 半泣きになって睨んだが、男の楽し気な笑みにレティシアは赤面するしかなかった。

 何度も口付けられてしまったのに、それが嫌と感じない自分はいったいどうした事だ。頭を抱えたいが、この男に嫌悪感が湧かないのだから不思議だ。

 男と言う種は、尊敬できる存在か、もしくは父のような好色かどっちかだと思ったが、この男はそのどちらにも当てはまらないような気がした。

 一体この男は何なのだろうかと思うが、もう今夜はこれ以上考えたくない。頭がパンクしそうだ。

「⋯⋯もう寝る。疲れた」

「ああ。じゃあ、続きはまた今度な」

「続きってなんだ!も、もうしないぞ!」

 こんなことを何度もされたら生きた心地がしない。抗議しつつ、男の膝の上から降りようとしたら、軽々とベッドの上に降ろされた。

「ん?」

「寝るんだろう?」

 のんびりと言ったクラウスに、レティシアは真っ赤になって、

「私は自分の部屋が隣にある!」

「へえ、隣なのか」

 衛士隊は男女比率が同じくらいであるため、流石に男女同室にはしないが、部屋の場所は明確に分かれていない。男の私室が隣になったのは偶然だが、他に空き部屋が無かったのだから致し方ない。

 ベッドから飛び降りて、半ば逃げるように出口の扉に向かったが、扉を開ける前に、何だか心配になって振り返った。

「⋯⋯っ⋯⋯っ勝手に入って来るなよ!」

「お前が許せばいいんだろう?」

「誰がっ!」

「ああ、そうだ。先に言っておくが、その髪、また染めようとしても無駄だ。術を掛けてそうしておいた」

「はあ!?何故!」

「傷むから。勿体無いだろ」

 レティシアはわなわなと震え、余裕綽々の男をきっと睨みつけた。これでも仮にも衛士隊随一と言われた神術士である。その程度の術式など解いてやると、意気込んだ。

「お前の術なんて、効くものか」

 何しろ自分の髪である。自分に自由にする権利があるはずだ。クラウスは微笑んで、

「解けたら、染めて良いぞ」

「言ったな!明日の朝、吼え面かくんじゃないぞ!」

 今度こそ扉を開けようとした時、呼び止められた。

「レティシア」

「何だ!」

 真っ赤になって睨みつけ、そして男の目が優美に細められた瞬間、さあっと血の気が引いた。もう遅いと分かって居ながらも、顔が引き攣る。

「お休み」

「⋯⋯うん」

 負けた、と何だか思った。


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