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獣人の村。

レティシアが再び目を醒ますと、何か柔らかなものの上に横たわっていた。干したての草のような香りで、野原で昼寝をした時のような心地よさだ。起き上がってシーツを捲って見れば、沢山の藁が敷き詰められていた。周囲を見回すと、小さな部屋ではあったが、女の子らしい飾りが幾つもあって、可愛らしい部屋だ。

 そこに、長細い耳をした少女が、鼻歌を歌いながら、扉を開けてやって来た。

「きゃ!?」

 目を見張って硬直し、手にしていたコップを落としそうになったが、すぐに受け止めた。反射神経が良いと、レティシアは感心しつつ、

「あ、驚かせて御免ね。ここ、もしかして、貴女のベッド?」

 扉の前で硬直していた少女が、震えながら黙って小さく頷く。

「勝手に寝ていたみたいだね、ごめんね。何でここで寝ているのか、私も良く分からないんだけど・・・。」

 ただ、腕には変わらず枷と腕輪が嵌まっていて、そちらはどうも現実のようだ。

「・・・・勝手じゃないです。ミディールが、貴女様を連れてきて・・・でも、気を失ってっていたから、村の皆でここに運んだんです。わたし、村長の娘のリルです。」

「そうだったのか・・・ありがとう。ミディールと言うのは、あの可愛い猫の獣人のことかな?」

 リルは目をまん丸にした。大きな円らな瞳が何とも愛らしく、時々ぱたぱたと動く長い耳といい、この子も可愛いと、レティシアは顔が緩む。

「か、可愛いですか・・・?」

「ああ、男の子には失礼だったかな。でも、良いなあ・・・貴女は兎?」

「は、はい。ウサギ科です。失礼なんかじゃないです・・・ただ、びっくりして・・・。」

「どうして?」

 不思議に思って問いかけるも、リルは自分が話して良いのかどうか迷った様子で、

「貴女様が目覚めた事、皆に教えて来ます!心配していましたから。」

「あ、わたしも一緒に行くよ。」

 しばらく休ませて貰ったお陰で、身体に気力も戻っていた。身体の彼方此方にまだ傷は残っているが、動けないほどじゃない。心配する少女に、レティシアは笑って見せた。

「大丈夫だよ。私は頑丈なんだ。」

 ラウェルには鞭打たれたが、長い時間では無かったし、以前オゼ達に虐待されて瀕死の重傷を負った時に比べれば、軽い傷だ。ラウェルも完全に嗜好らしく(随分迷惑なものだが)、鞭を振るう時も、時々加減をしていたのが分かったから、ダメージも少ないのだろう。

 それにしても、悪趣味な男だ。この腕輪と枷が外れたら、一発殴ってやるのだと、レティシアは固く心に決めた。これ以上、被害者を増やしてはいけない。


 リルに案内されて、小さな家を出て、村の中を歩いてみたレティシアは、一層感動した。

 畑仕事をしている大人も、駆けまわって遊んでいる小さな子供達も、道端で話し込んでいる女性達も、誰も彼も獣人である。色々な種の動物たちの獣人の集まりらしいのだが、気配に敏いのか、彼らはすぐにレティシアに気付いて、緊張した顔で硬直してしまう。

 それは二人に気付いて駆け寄って来たミディールという、あの猫科の獣人も同じだった。

「あ、あの・・・お目覚めですか?良かったです・・・・。」

「ああ、大丈夫だよ。すっかりお世話になったね。貴方がミディール?」

「ぼ、僕の名前・・・。」

「うん。リルから教えて貰ったの。良い名前だね。」

 頬を真っ赤にしたミディールに、レティシアは笑みが止まらない。可愛い。なんて可愛い子達だろう。神族にこんな可愛い種族がいるとは思わなかった。お世辞にも『可愛い』と思えるような神々に出会ったことの無いレティシアはつい真剣にそう思ってしまう。

 するとミディールは今度は泣き出しそうな顔をして、レティシアは慌てた。

「ご、ごめん。男の子に可愛いは無いよね。」

「違うんです・・・貴女様みたいな、上級神の方に、誉めて貰えるなんて初めてで・・・。」

「わたしが上級神?まさか。この間まで人間だったんだよ?」

 すると、周囲がざわついて、レティシアは初めて周囲にいつの間にか人だかりが出来ている事に気が付いて、ぎょっとした。一切の気配がしなかったから、彼らが声を漏らさなければ、いつまでも気づかなかったに違いない。そこに、彼らの間を縫って、一人の男が姿を見せた。

 リルの父であり、村長だと言うウルと名乗った彼は、やはりぴんと立った黒い耳を持っていた。細面で、髪は丁寧に後ろに撫でつけ、話しかける口調も穏やかな、紳士のような男だった。

「突然お招きして申し訳ありません。貴女様が、ゼウス様、そしてダーナ様の御息女レティシア様ですね?」

「・・・はい。でも、どうして母様の名前を・・・・?」

 レティシアが答えると、ざわついていた周囲が一気に静かになった。先ほどから彼らの様子も気になってはいるが、まずは母の事が先だろう。

「二十年程前でしょうか、貴女様のお母上が、我々の村に迷い込まれたのです。ゼウス様に連れて来られた、人間だと聞いた時には驚きました。ダーナ様は、神術をとても巧みに扱われていましたから。」

「あ・・・父様も一緒でしたか?」

「いいえ、まさか。そんな事になっていたら、我らの村など一瞬にして消し飛ばされてしまっています。」

 穏やかに話していたのが一転、蒼白になったウルに、村長の言う通りだと、村人全員が頷いている。レティシアは唸った。ゼウスが決して品行方正とは思わないが、こんな可愛い種族を虐待するとも思いたくはない。

 ただ、母一人と聞いて思い当たったのは、ゼウスと神界を旅していた時に、一時母が行方不明になったと言う事だ。どうやら、母はこの村に居たらしい。

「母はしばらくここに居たのですか?」

「はい。一月程居て下さいました。私共の話をよく聞いて下さり、心から同情して下さいました。とてもお優しい御方でした・・・・亡くなられたと聞いて、とても残念に思います。」

 全員の耳が一斉に垂れ下がり、レティシアは彼らが心から母を慕ってくれていたことが分かり、顔を綻ばせた。

「母は一生懸命生きて、わたしを育ててくれました。有難い事だと思います。」

「そうですね・・・この村に居る時にはダーナ様のお腹には貴女様がいました。とても心待ちにされていたことを覚えています。ですから、貴女様が無理矢理神界に連れて来られた時には、非常に心苦しい思いをいたしました。貴女様がお逃げになりたがっているご様子でしたので、影ながらお手伝いをさせて頂きましたが、大丈夫でしたか?」

「え?貴方達が・・・?」

「何分非力な種でございますので、攪乱程度しか出来ませんが、ゼウス様の部下の目を引いておいたのです。」

 レティシアへの監視の目がまだ緩かったとは言え、道理で神界からすんなり逃げ出せたわけだとレティシアは納得した。尤もオゼ達に勘付かれて、人界で手酷い目にあったが、それは彼らの所為ではない。

「ありがとう、貴方達が助けてくれていたんだね。」

「滅相もありません。ダーナ様のお陰で、今日の我らがあると言っても過言では無いのです。」

「母は、ここで何をしていたのですか?」

「眼晦ましの術というのはご存知ですか。」

 レティシアが驚きつつも頷くと、

「我らは千年前に人間が見出したその術式の古書を所持していました。ですがあまりに難解で、我らも神族の端くれですので、使用することも出来ません。ダーナ様は一月掛けて、それを読み解いて下さったのです。そして、この村全体に、術を掛けて下さいました。その為、我らは今日まで神族の目から逃れることが出来たのです。」

「どうしてそんな事をする必要が?貴方達も同じ神族でしょう?」

 すると、ウルは哀し気に目を伏せ、リルやミディールなどは泣きそうな顔をした。重い沈黙の後、ミディールが口を開いた。

「僕らは・・・下級神の中でも、一番末端の最弱種なんです。上級神にお仕えできる程のものでも無く、見向きもされません。存在すら知られていないと思います。最弱種ですから、他の下級神からも嬲られてしまうんです。こんな風貌をしているので、目立ってしまって・・・狩りと称して、随分仲間を消されました。生き残っているのは、もうこの村の者だけです。」

「そんな・・・・。」

 顔を強張らせたレティシアに、だが彼女が悲しむのを良しとしないミディールは明るく言った。

「あ、でも、良い事もあるんですよ。僕ら、一番弱くて、一番臆病なので、神々の気配には敏感なんです!」

 これには村人たちも顔を綻ばせて頷き、口々に言った。

「そうですとも。ダーナ様が眼晦ましの術を掛けて下さったから、ここに逃げ込んでしまえば安全です。」

「見つかったら最後ですので、身を隠すのは得意なんです。結構逃げ足が速いんですよ。」

「より多くの情報を得ることが大切ですから、彼方此方で聞き耳も立てるんですが、この耳はよく音を拾うんです。」

「上級神の誰と誰が恋仲で、誰と浮気しているとか、下級神が誰を苛めたとか、結構把握しています。」

 口々に語られる事に、レティシアは呆気に取られ、ついかつて国軍の一員であったために、思ったのは。

「貴方達・・・優秀な諜報員になれるよ・・・・。」

 村人たちはきょとんとした顔をした。生きるために必死であったので、その方法を悪用しようとか、売ったりしようとか思わなかったらしい。何とも善良な神々である。

 レティシアはミディールに視線を向け、

「もしかして、貴方がカイリ様の宮に居たのは、その為?」

「はい。僕とリルは、一族でも一番敏感で、逃げ足も速いから、四柱の宮殿を半分ずつ任されていたんです。僕の担当はクラウス様の一族の宮殿と、ラウェル様の宮殿です。」

 少年は明るく答えたが、リルは表情を曇らせた。

「本当はわたしがどちらか受け持つはずだったんですが、ミディールは優しいから、カイリ様とラウェル様の宮殿を引き受けてくれたんです・・・。」

「ええと・・・どういう意味だろうか。ラウェルの所は貴女みたいな可愛い女の子が嫌がるのは分かるけど、カイリ様の宮なんて平和だよ?」

 すると、にこやかに話していた村人達全員がまた一気に硬直した。余程変な事を言ったらしい。ミディールは愕然とした顔をして、

「あ、あ、あのカイリ様の宮が・・・平和、ですか?」

「うん。」

「・・・カイリ様とマリア様だけでも、尻尾が縮こまりそうになって、出来るだけ留守を狙って勇気を振り絞っていくんです。クラウス様がお生まれになってからは、僕はあそこに行く時は、いつも死ぬ気で行きます。遺書を託します。」

「えええ・・・。」

「クラウス様は・・・お、恐ろしい御方です・・・一目でも見られたら、僕なんて消されてしまいます!」

 どうやらミディールは、クラウス一家に見つからないよう、細心の注意を払っていたらしい。何でそこまで彼らを恐れるのか良く分からないが、最下級の彼らからしてみれば、クラウスの両親は片や四柱であり、片やと至高神で、その息子ともなると、恐ろしいとしか思わないかもしれない。

「でも、どうやって入り込んだの?どちらも厳重に結界が張り巡らせてあるはずだけど。」

「・・・・どんな強固な結界でも、長く使っていると徐々に綻びが出るんです。それが無いように、防御結界も時々掛け直すんです。ラウェル様なんて、やっている事が後ろ暗いものですから、結構細かくて、四六時中掛けていますよ。意外に心配性です。」

「は、は、は・・・成る程。本当に、どうしようもない男だな。」

 もう一発殴ろうと、レティシアは心に誓う。

「カイリ様も奥様やご子息への愛情はとても深い方ですから、宮殿には常に万全の結界を張っていらっしゃいます。僕らは、その中で極小さな穴を見つけ出すんです。」

 それはまるで広い広い海の中に漂う、小さな釦程度の穴を探すようなものらしい。見つけた穴を、彼らは神々に悟られないように、少しづつ、少しづつ拡げて、人が一人通れる程度の穴にして、出入りするのだという。

「新しく結界が張られて消されてしまったら、また探しなおしです。」

「根気がいるんだな・・・。」

「見つかってしまうよりも、余程良いですよ。」

 ラウェルの宮殿からレティシアを連れ出した時も、その穴を使ったと言う。ミディールは困ったように頭を掻き、

「ただ、ラウェル様の宮への道はあの後閉ざされてしまって、様子を見に行くことが出来ていません。他の宮を探ってみたいんですが・・・その・・・今、とても恐ろしくて、誰も外に行けないんです。」

「恐ろしい?」

「・・・一歩でも外界に出ると、全身が寒くなって、皆毛が逆立つんです。この村は殆ど神気の影響を受けないので平気なはずなんですが・・・それでも、怖いんです。」

 決死の(?)覚悟で、クラウスやラウェルの宮を探っていたミディールでさえも、二の足を踏んでいる。一体何事だろうか。

「ここに居る限り、私はラウェルに見つからないだろうか。」

「・・・そう思ってお連れしたのもあるのですが・・・・それだけじゃありません。」

 気まずそうに言うミディールに、レティシアは不思議に思ったが、村長のウルが代弁するように口を開いた。

「実はダーナ様が掛けて下さった眼晦ましの術が、解けかかっているのです。我ら位しかまだ気付かないような、小さな綻びではありますが、我らではどうしようもありません。」

 その理由が、レティシアには否応なく分かる。

「母様が・・・亡くなったからですね。」

 術者の死によって、どれ程強固なものでも徐々に綻びはじめ、最後には消えてしまう。母の死は、彼らにとって死活問題であったのだ。

「はい。ダーナ様もそれを心配されていました。自分は人間だから、いずれ死ぬと。だからその時に逃げられるようにと、腕輪を作って下さったのです。村全体に掛ける術式は範囲が大きく解けやすいですが、個のものならば逃げる時間も稼げるだろうと・・・ただ、月日が経つ中で、他の神族に見つかって、嬲り殺された同胞から奪い取られたり、破壊されてしまったものも多く、現存しているのは僅かで・・・その・・・。」

「・・・・・これもその一つという事かな。」

「さようでございます。」

 レティシアは自分の腕に嵌まっている腕輪を恨めし気に見た。これが嵌まっている所為で、レティシアは神気が皆無だ。更にごく小さな綻びしかないこの村にいれば、尚の事クラウスに見つけて貰えない。

「何とか、これだけでも外せないだろうか?元は貴方達のものだろう?」

「腕輪だけなら可能でしたが、ラウェル様も余程クラウス様に貴女の事を気付かれたくないのか、腕を拘束している枷と連動して外れる術を掛けているらしく、我々のような末端の神族では太刀打ちできません。」

 確かにミディールが何とか外そうとしてくれたが、とても無理だった。つまりレティシアはまだこの腕輪と枷とお付き合いしなければならないらしい。

「ううん・・・困ったな。でも、それなら何故わたしを連れて来た?これでは大して役に立たないと思うんだけど・・・・。」

「貴女様は、ダーナ様の御息女であらせられますから、眼晦ましの術の事も何かご存知かと思いまして。」

 一斉に期待の眼差しで全員から見られ、レティシアはうっと詰まる。そんな事を言われても、自分にはあの術は難解過ぎて、未だに一文も理解できていないのだ。

「申し訳ないんだが・・・わたしもその術の事を知ったのはつい最近で、全く理解も出来ていない。知っているというだけだ。出来れば母の想いもあるし、かけ直してあげたいけど、もう神族の身でもあるから、術は使えない。」

「そうですか・・・いえ、こちらも無理は承知の上ですので、お気になさらず。」

 そう言いつつも、明らかに落胆する面々に、レティシアは大変居た堪れない。ただ、思い当たった事に、ぱっと顔を明るくした。

「クラウスに聞いてみようか?」

「は・・・い?」

「一度、人界でクラウスは神力を封印して人間の身体になって、眼晦ましの術を使ってくれた事がある。もう一度人間になれとは言えないが、一度使ったことがあるから、私よりずっと詳し・・・・あの・・・どうして皆そんなに怯えるのかな・・・?」

 ぶるぶるガタガタと身を震わせて、その場に全員がひれ伏し、女子供はもう泣いていて、男は全員蒼白になって何かに許しを請いていた。神族でありながら、一体何に祈っているのか、彼ら自身も分からないくらい錯乱寸前である。

「ク、クラウス様に・・・そのような事、滅相もありません!」

とウルが叫べば、ミディールは耳をたらし、尻尾を丸めて、半べそをかきながら、

「僕ら、消し炭にされてしまいます!」

と叫ぶ。

 ラウェルの方が遥かに危険でどうしようもない男の筈なのに、何故彼らがここまでクラウスに怯えるのか、レティシアは真剣に分からない。心配になって、まさかと思いつつも、

「クラウスは貴方達に何かしたのだろうか?」

「いいえ!我らのような些少な存在に、クラウス様のような強い神族が、気になさることなどありません。クラウス様の配下の上級神も、大変厳しい規律があるらしく、下級神をいたぶる様な方々がいない事でも有名です。」

「だったら、どうして。」

「あ、あの御方は・・・生まれて直ぐに、何か気に障ったらしく、カイリ様の宮殿を半分ほど吹っ飛ばしました。」

「え・・・・・・・。」

 呆気に取られるレティシアに、彼らは口々に言った。

「カイリ様は元気で良いと笑っておられましたが。」

「でも、まだ三歳だというのに、屈強な上級神の方々を叩きのめしていらっしゃいました。」

「五歳になった時には、マリア様と大喧嘩をされて、宮殿を崩壊させていました。」

「いやいや、六歳の時が酷かっただろう。近隣一体、火の海になったというぞ。さすがにカイリ様に叱責されたらしくて、少し落ち着かれたようだが。」

「どこがだ。その後クラウス様の逆鱗に触った上級神が一瞬にして消し飛ばされたじゃないか。確か消された神族はあのカイリ様の側近だったはずだぞ。」

 武勇伝と言うべきか、いかにクラウスが危険人物であるか、彼らは熱く語ってくれる。レティシアがクラウスの恋人という事を忘れているのではなかろうか。

 レティシアは唸った。

「ううん・・・クラウスの子供の頃は良く分からないんだが・・・・でも、今はそこまで大暴れするような男じゃないぞ?むしろ、優しい。」

 絶句、とはこういうことをいうに違いない。

 村人全員が真っ白になり、しばらく誰も言葉を発さなかった。余程衝撃だったらしい。ただ、一番先に立ち直ったのは、意外にもミディールだった。

「ほら!村長、僕が言った通りじゃないですか!クラウス様は、レティシア様が来られてから、以前よりもお優しくなられました!多少は!」

 多少、と付け加えてしまうのは、やはり過去を見て来たからである。

「ううむ・・・俄かには信じがたい。だが、侍女や護衛の兵の方々の様子を聞くと・・・確かに・・・。」

 これにはレティシアも困惑するしかない。

「ええと、侍女さんや兵士の人は、多分迷惑がっているだけだと思いますけど・・・。」

「そうなのですか?」

「はい。私は神と人の子ですから、まあ・・・皆さんと同じで、父の宮ではあまり良い顔をされませんでしたし。でもあの宮の方々は、それを出さないだけ、とてもありがたく思います。」

 レティシアがゼウスの宮で虐げられていた事を知るウルは痛ましげな顔をして、さもありなんと頷きつつも、

「ゼウス様は奔放な方ですからね。部下の教育があまりなっていません。好き勝手にさせておくこともありますので。ただカイリ様やマリア様は逆に大変厳格な御方で、配下の方々にも規律が行き届いています。少なくとも、貴女様を侮蔑している者は誰も居なかったようですよ。」

「え・・・・そうですか?」

 ミディールが強く頷いた。

「むしろ、崇拝していると思います。」

「な、何故・・・。」

 そこまでされる覚えのないレティシアは目を瞬く。

「決まっています。クラウス様がご寵愛だからです。」

 良く分からない理由だと思いつつも、苦笑するに留めた。

 ただ、ここに留まったところで自分は役に立てないし、クラウスの関与も彼らが嫌がっている以上、手詰まりだ。小さな村で細々と暮らしている彼らの生活を邪魔したくも無い。

「幸い、拘束されているのは腕だけで、歩けるから、どこか人の住んでいる所まで送って行って貰えないかな?クラウスの元に戻らなきゃ。」

 きっと心配しているはずだ。神気が無いから、彼には探しようもないかもしれないけれど、少しでも近くに行けば、もしかしたら気付いてくれるかもしれない。

 すると、ミディールが真っ青になってぶるぶると首を横に振った。

「止めた方が良いです。さっきも言いましたが、外が物凄く不穏なんです。街に行った所で、皆家に引っ込んでいますよ。それに何より、危ないです。貴女は今神気が無く、クラウス様も探しようがありません。神術も使えず、拘束もされていますから、素行の悪い下級神なんかに見つかれば、もっとひどい目に遭わされますよ。」

「そんな・・・・。クラウスに何とか知らせる術はない?」

「居場所を知らせて迎えに来て頂くという手もありますが・・・それまでの間、僕らのような非力なものでは、貴女を護り通せません。」

 つまり、レティシアは完全に閉じ込められてしまったのだ。その事実をようやく理解したレティシアは、唇を噛んだ。

クラウスの噂話は、事実です。

そんな彼が、人界に居たのです。恐ろしい話です。

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