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皆に迷惑をかける男。

一方、レティシアは体と腕の痛みに意識を朦朧とさせていた。何やら慌てた様子でラウェルが出て行ったのは分かったが、何を言っていたかまでは聞き取れなかった。

「・・・・っぅ・・・・・。」

 何とか逃れようにも、枷と鎖はびくともしない。顔を歪め、意識が遠のきかけた時、扉が小さく開いて、転がり出て来たものがあった。

 霞む目で見れば、あの獣人の子供であった。少年は無残な姿にされたレティシアに泣きそうな顔をして、吊るされた鎖の元に駆け寄って掴むと、一気に引きちぎった。

 床に崩れ落ちたレティシアの身体を懸命に支えて、枷から鎖を引き抜く。

「しっかりして下さい。今外しますからね!」

 耳元ではっきりとした声で言われ、レティシアはようやく意識を取り戻した。大きな耳が張り詰め、尻尾が以前にもまして爆発していて、この少年が勇気を振り絞ってやって来てくれたことが分かる。

 鎖をすべて外すと、少年は懸命に枷と腕輪を外そうとした。だが、ラウェルの術が掛かっているのか、びくともしない。

「あ、りがと・・・う。」

「立てますか?とにかく、逃げましょう!」

 少年に促され、レティシアも頷いた。何故ラウェルが出て行ったかは分からないが、逃げ出すなら今しかない。外に出たレティシアは息を呑んだ。激しい戦闘になっていたからだ。ただ、レティシアは空を覆い隠すほどの軍勢の軍旗のどれも知らない。

 血塗れの兵士達は大混乱で、誰もレティシアと少年を気に掛ける余裕はない。

「東門も崩壊したぞ!守備隊は何をしている!」

「とうに全滅だ!西門も駄目だ!もう無理だ、逃げろ、逃げろ!」

「どこに!全方位包囲されてんだぞッ」

 血走った目で怒号を上げて駆けまわっていく。

「こっちだよ、急いで。見つかっちゃう。」

 少年に急かされて、レティシアも痛む体を押して必死で走った。少年は広い庭へと連れて行くと、奥へと入り込み、そして茂みの中へと入った。

「ど、どこまで行くの・・・?」

「もう少し・・・ここだよ!」

 少年が足を止めたのは、一際大きな木の根元だった。周囲を茂みに覆われて、それは殆ど見えないが、そこだけぽっかりと穴が開いていた。

「ええと・・・落とし穴?」

「違うよ。僕の故郷に通じているんだ。さ、早く!見つかっちゃう!」

 促され、レティシアは思い切って中へと飛び込み、少年もそれに続いた。


 ラウェルの宮殿が完全に崩壊するのに、一時間も掛からなかった。

 無論、ラウェルに逃げ場はない。

 満身創痍の部下達と共に縛り上げられて、広場に引き出された。ただ、集められたのは(不運にも)生き残ってしまった者ばかりで、後は全員斬り捨てられて死んでいる。

 ラウェル自身、散々に追いまくられて、傷の修復が追い付かないほど傷だらけだったし、ディアンも虫の息で、座っているだけでもやっとだ。

 そこに、全身を朱に染めた《鬼》がやって来た。正確には鬼達だが、先頭を切って歩く男はもう何か違う生物のようにしか見えない。

 その凄まじい怒気に、既に戦意がない部下達が、それでも尚、悲鳴を上げてその場に這いつくばった。死んだ方がましだとさえ思った彼らの目には恐怖しかない。ラウェル自身も、この男がここまで怒り狂っているのを初めて見て、絶句した。

 クラウスは、冷徹な眼で旧友を見据えた。そして凄まじい力でラウェルの喉元を掴み、軽々と持ち上げた。

「レティシアはどこだ。」

「ま、待て・・・ぐえっ!」

 ぎりぎりと喉元を締め上げられる。クラウスの腕が怒りで震えていた。漆黒の瞳は殺意しかなく、だが懸命にそれを抑えていた。ラウェルが友人だからではない。この男を殺したら、消し飛ばしたら、レティシアの行方が分からなくなるからだ。ラウェルの宮を隅々まで探し回ったのに、やはりレティシアの姿がない。

 彼は気が狂いそうだった。

 レティシアの神気が、消えたまま、消息がつかめない。書庫室から彼女の気配が消えた瞬間、クラウスはすぐに気づいた。ラウェルはやはり女の所にいて、呆れて、帰ろうとした矢先の事だ。直ぐに彼女の気配が消えた場所に転移したが、既に彼女の姿は無く、書庫の管理をしていた女も突然襲われて、何もわからなかった。

 レティシアは、忽然と彼の前から姿を消してしまったのだ。彼女は完全な神族であるはずで、神気が消える時は死か消滅を意味する。  

 つい半日ほど前まで、大切に腕に抱いていたはずの最愛の彼女が、居ない。誰よりも愛しく、誇らしく、可愛いレティシアが、居ない。彼の人生を賭けてまで求めたレティシアを喪ったことで、凄まじい苦痛と絶望が彼を襲った。レティシアと言う娘は、クラウスの気付かない内に、彼の心の全てになっていた。

 半狂乱になる彼を、カイリ夫妻、そして夫妻と会っていたゼウスが異変に気付いてやって来て、彼を何度も宥めたが無駄だった。ただ、唯一の光明と言うべきは、やはりこの四人の中で最高齢であるゼウスの見識である。 

 ゼウスは、ディアンが完全に消したと思っていた彼の痕跡の僅かな綻びを見つけた。それからは簡単だった。ラウェルの部下を片っ端から捕まえて、締め上げれば良い。そうした中で、ラウェルがディアンに命じて、レティシアを連れ去った事が明らかになった。

「お、落ち着・・・・ぐぅっえ!?」

 ぎりぎりと喉を更に締め上げられて、ラウェルは呼吸すらままならなくなる。

「誰が、そんな事を、言えと言った!」

 クラウスの全身から覇気が放たれ、彼の漆黒の髪が怒気で舞う。漆黒の瞳は冷酷にラウェルを見返し、締め上げるその手は容赦が無い。

 彼と同じく怒り狂っていた彼の両親やゼウスでさえも、その凄まじい神気に息を呑む。

 これは不味いと、思ったに違いない。カイリが、口添えした。

「・・・正直に洗いざらい吐け。このままだと息子は、お前の領内だけでなく、神界を崩壊させかねない。皆に迷惑を掛けるな。」

 マリアも頷いた。

「この子が何を司る神族か、忘れたの。これだけ怒っていると、何だろうが、やるわよ」

 ゼウスが冷ややかに言い放った。

「小僧。私の娘に何をした・・・答えろ!」

 誰一人として彼の味方にならない事を、ラウェルは悟るしかなかった。


駄目神族の筆頭はラウェルです。

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