誰か、この変態を止めて下さい。
サブタイトルはふざけていますが、若干軽い拷問シーンがあるため、苦手な方はお気を付けください。
要約しますと、ラウェルは悪趣味だと言う事です。
冷たい感触に目を開けたレティシアは、目の前に広がる石畳に困惑し、そして顔を上げて言葉を失った。少し離れた所で長椅子に膝を組んでのんびりと座ってお茶を啜っていた青年は、人当たりの良い笑みを零して、レティシアを見下ろした。
「お、目が覚めたか。」
「ラウェル様・・・・・っ!?」
起き上がろうとしたが、両手に枷が嵌まっていて、身動きが取れない。幾らもがいても無駄だった。
「ああ、無駄な事は止めてくれ。そういう傷は美しくない。」
「な・・・・・?!」
絶句するレティシアに対し、ラウェルは傍らで控えているディアンに同意を求めた。
「なあ?お前も、そう思うだろ。」
「私はどちらも同じだと思いますがね。・・・・ラウェル様、やはり今回ばかりは不味いと思いますが。」
「なんで。あいつの女っていうだけだろ。女を抱いても一晩で飽きて見向きもしない奴だぞ?」
「そうかもしれませんが・・・宮殿の者達が、随分この方に心を配っていた様子でした。」
「ゼウスの娘だからか。」
「・・・・・そこまで分かっていて、どうして手を出すのですかね。」
ゼウスの娘というだけで、普通は手を拱くはずなのだが、史上最年少で四柱にまでなってしまった主君は、残念ながら己の欲望に忠実である。
「だがあいつ、前に両親から探して嫁にしろと言われたとかで人界に降りて行ったが、明らかに面倒そうだったぞ。どうせ今だってマリア様の手前、大人しくしているだけだろ。まあ、その気持ちは良く分かる。あの女神は、絶対女じゃねえ。女の皮をかぶった、化け物だ。」
ディアンは駄目だこれはとばかりに、小さくため息を付き、そして自身を睨みつけているレティシアに、若干申し訳なさそうに言った。彼にも僅かに良心があるらしい。
「ご説明いたしましょうか。」
「勿論です!」
怒り心頭のレティシアに、ディアンは淡々と事実を告げた。
「我が主は、貴女様を一目見ただけでいたくお気に召したご様子で、欲しいと仰いました。四柱の一人に見初められるのは、たいへん光栄な事ですよ。」
「嬉しくもなんともありません!」
「まあ、そうでしょうね。皆さんそうおっしゃいます。」
レティシアは呆気に取られた。つまり何か。この主従はいつもこんなことをしていると言うのか。
ディアンは慣れた様子で説明を続けた。
「ただ、貴女様は、カイリ様とマリア様、それにクラウス様の庇護下にありました。あの御三方が揃っていると、幾らラウェル様でも手を出せません。ただ、幸いご夫妻はお出掛けになられましたので、あとはクラウス様を何とか引き離せば、貴女様を連れ去ることが可能です。」
「・・・・・行方不明と言うのは嘘なのですね。」
「勿論。主にはこの腕輪で気配を消して頂き、その辺の女でお楽しみ頂いておりました。頃合いを見計らって、外せば、見つかります。何時ものように遊んでいた、で済まされるわけです。」
そう言って机の上に置かれていた腕輪を一瞥し、
「貴女の腕に枷と一緒に嵌まっているものと同じですよ。」
「まさか・・・眼晦ましの術・・・?!」
「左様で御座います。これを嵌めると、神気が消えます。貴女を連れ去る時に嵌めさせて頂きました。クラウス様も貴女の居所が分からないはずです。」
「・・・・・・・・っ!」
レティシアの神気は今不安定である。眼晦ましの術を使われてしまえば、確かにクラウスに居場所を探る手立てはない。書庫室には女神一人しかいなかったし、彼女も先に失神させられていた。四神の腹心ともなれば、ディアンも上級神であろうし、拉致も手馴れた様子なので、証拠も残さなかったはずだ。ラウェルの失踪も何時もの事だったと判断される可能性が高い。
「でも、それは人間にしか使えない術のはず!」
「ええ。二十年ほど前に、神界を訪れた人間の女性が、作られたものだそうですよ。神界に幾つか出回っておりまして、それを偶然、我が主が戦利品として手に入れたのです。」
レティシアは突っ伏したくなった。最も手に入れるべきではない男の手に渡ったらしい。そして、それを作ったのは、間違いなく。
「・・・・・母様・・・だ・・・・。」
研究熱心にも程がある。恐らく神界に来て、母は眼晦ましの術を完成させたのだ。そしてそれを無機質な物に術式を刻んで使えるようにもしていた。まさかそれが娘を拘束する道具に使われるとは思っていなかったに違いない。
お茶のカップを置くと、ラウェルがくつくつと喉を鳴らしながら立ち上がった。
「ゼウスのような高位の神の血を引く人の子は、銀髪になると聞いたことがあるが、成る程、稀有で美しい。」
レティシアの前に屈むと、無造作に銀の髪を一房取って、指で撫ぜた。
「・・・・っ触るな!」
ぞわりと、また背筋が寒くなった。好青年そのもののラウェルの目が冷徹に光り、声音も醒めたものだった。
「俺に逆らわない方が良いぞ。俺はクラウスよりは優しいが、従順な女が好きなんだ。分かるか?ん?」
顎を掴まれてぐいっと引き上げられる。痛みに顔を顰めたが、見下ろしてくるラウェルの目に嗜虐心を見て、レティシアは蒼褪める。
ラウェルはくつくつと喉を鳴らして手を離すと、立ち上がり、ディアンに命じた。
「始めろ。」
「・・・・やはり止めませんか。私は何だか嫌な予感しかしません。」
「今返した所で、あいつやマリア様が許すと思うか?」
「そうですね・・・・調教した後の方が宜しいでしょう。何時ものように女性自らの口から宥めて貰った方が良い。」
「それか、見つからなければ、諦めるだろ。あいつは飽きるのが早いからな。」
「・・・・・・私はそちらの方が良い気がします。」
ディアンはそう言って、上に手を伸ばし、天井から下がっていた鎖を引っ張った。そして、レティシアの前に屈むと、腕に嵌まった枷にそれを通し、更にレティシアの腕に絡める。
「なに、を・・・・っ!・・・・っぁあ!」
ディアンが鎖を巻き付け終わるのを見計らって、ラウェルが鎖の端を引き上げ、レティシアの身体はあっという間に宙に浮いた。両腕は左右に開かれて引かれ、足先が離れて体重が腕にかかり、鎖が腕に食い込む。釣るだけなら枷で足りたはずだが、敢えて腕にまで巻き付ける所に、彼の嗜虐性があった。
吊られた衝撃で、袖が裂けて白い素肌が露になる。苦痛に顔を歪めるレティシアを、ラウェルは興奮した面持ちで見返した。
「ああ、思った通りだ。可愛い声で啼く。」
「知らな・・・い・・・・・痛・・・いっ・・・・っ降ろし・・て!」
ぎりぎりと締め上げてくる鎖が痛くて仕方がない。生理的な涙が滲んだが、ディアンがラウェルに手渡したものを見て震撼した。赤黒い、明らかに何人もの血を吸ったであろう鞭だった。
見回してみれば、石造りの室内には所狭しと、拷問の道具らしきものが置かれていた。どれも使い込まれていて、しかも中には性虐的な代物まである。
今更ながらに、クラウスが、ラウェルを評して言っていたことが蘇る。
性格に難があるし、嗜好は最悪。女は関わるのを大抵は嫌がる。宮殿で侍女達が泣くほど嫌がった理由が、分かりたくなくても、分かってしまう。
ただ、レティシアには逃れる術がない。
「・・・・っい・・・ぁあ!」
背中に走った痛みに、悲鳴が零れる。声を上げれば、ラウェルを一層刺激すると分かっていても、こうした行為に慣れている男の鞭は、堪えることを許さない。
何度となく身体を鞭打たれ、服が裂けて、白い肌に血が滲む。開けた背中が次第に露になり、ラウェルは喉を鳴らした。
「ディアン、見ろ。クラウスの跡だらけだ。奴はこんなに独占欲が強かったか?」
「・・・・確かに。」
クラウス以外の男に背中とはいえ肌を見られたレティシアは恥ずかしさに真っ赤になった。嫌で仕方なくて、痛みとはまた違う涙が溢れる。
むしろ煽られたと言わんばかりの主君を見返して、ディアンはもう一度言った。
「やはり、止めませんか。やはり嫌な予感がします。クラウス様は随分ご執心のようです。」
「何を言っている。まだ始めたばかりだぞ。俺に逆らわなくなる程度まで痛めつけたら、十分に犯して、心も体も俺のモノになるくらいまで堕としてやる。」
「・・・・・・奴隷なら沢山いるじゃありませんか。貴方がよく躾けたのですから、彼女達は従順ですよ。」
「こんなに良い女は居ない。この髪と言い、肌の肌理と言い、啼く声といい・・・極上だ。ああ・・・可愛いな。俺は決めたぞ、この女はクラウスには返さない。お前、あいつが勘付いた時のために、適当になにか理由を考えろ。」
再び鞭を振るう主君に、ディアンは小さくため息を付く。
「私をこれ以上巻き込まないで欲しいですね・・・・。」
最早諦めの極致である彼は、首を横に振って、「お好きなように」と外へと出た。
出なければ良かったと、彼は思った。
地獄の幕開けである。
そして、天罰が下ります。