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レティシアは侍女達の救世主。

 レティシアは、朝起きてみたら、隣で彼が寝ていたものだから、目を丸くした。案の定と言うべきか、寝起きのクラウスの機嫌は大変悪かった。

「・・・お前、起きろと言っておいただろう。」

「ごめん、寝ちゃったみたいで・・・でも、起こした?」

「全然起きないから、抱きながら起こすかとも思ったんだが・・・お前が抱き締めてきて、頭を撫ぜるから、身動きが取れなくなった。俺は愛玩動物か。」

「あ、あははは・・・多分寝ぼけていたんだな。夢に・・・猫が出て来たんだ。」

「猫?」

 レティシアは笑って誤魔化すしかない。夢にまで出てきてしまったあのもふもふを、思う存分撫でた気がしたのだが、どうやらクラウスの頭だったらしい。

「でも、目が覚めたなら、良いな?」

「え!」

 クラウスがレティシアの上に乗りかかろうとした瞬間、寝室の扉がノックされ、侍女の常変わらず冷静な声が響いた。

「おはようございます、クラウス様、レティシア様。」

 これに真っ先に反応したのはレティシアである。クラウスに乗りかかられているのを、侍女にまで見られるわけには行かない。慌てて起き出すと、クラウスが盛大に舌打ちを漏らした。

「母上に、侍女に、ソールに、極めつけにあの野郎か・・・どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって。」

 レティシアは最早笑うしかなかった。


 侍女達の手によって、レティシアは群青色のドレスに着替えた。艶のある生地に、所々白いレースがあしらわれていて、上品な中にも可愛らしいドレスだ。例によって、やはり髪は一部結われたが、大半は流された。支度を終えると、侍女達は粛々と控え、やはり無駄口の一切を叩かない。静まり返った部屋で何とも気まずいのだが、すぐに静寂が破られた。

 支度を侍女に任せたクラウスが戻って来たからだ。何やら不機嫌そうな空気を放っていた彼だが、レティシアが出迎えると、表情を緩めた。

「よく似合う。お前は青も良く映えるな。」

「そ、そうか・・・?侍女の皆さんが、良くしてくれたんだ。」

 そうでもなければ、自分一人でここまで着飾れるはずもない。レティシアはクラウスに褒めてもらった事が嬉しくて、控えている侍女に微笑んだ。

「ありがとう。」

 整然と並んだ侍女達は軽く目を見張ったが、やはり誰も表情を変えない。ただ、首を垂れてくれただけでも、応えてくれたのだと思って、嬉しかった。だが、クラウスは怪訝そうな顔をして、

「礼を言うまでもないだろ。この女達の職務の一環だぞ。」

「そんな事は無い。ドレスは皺にならないように管理しなきゃいけないだろうし、洗うのも大変だ。これだけのものを一式揃えるなら、手も掛かる。私の知らない所で、今以上に手をかけてくれているんだ。」

 レティシアの言葉に、クラウスは軽く目を見張った。考えもしなかった事だったらしい。彼は男であるから、女のドレスのあれこれなど気が回らないのも当然だろうと、レティシアは思った。

「・・・・そんなものか?」

「そうだとも。気を遣って貰っているのだから、ありがたいと思わなければ。」

 きっぱり言い切るレティシアに、クラウスは苦笑して、

「相変わらず真面目だな。分かった、俺も気を付けるとする。」

「うん?」

「お前に礼儀知らずだと思われたくないからな。」

 レティシアは目を瞬いた。別にクラウスを注意したつもりは無いのだが、彼はよく話を聞いていてくれているようだ。部外者の自分が礼節を保つのは当然だが、クラウスはここで産まれ育って、侍女達とも気心が知れているはずだから、態度も違うのが当然だろうが、彼はそう思わないらしい。

「クラウスは本当に律儀だな・・・。」

「惚れ直したか?」

「う・・・・・・。」

 頬を真っ赤にしたレティシアに、クラウスはくすくすと笑って、彼女を抱き寄せると部屋を出て行った。侍女達は揃って深く首を垂れて見送った。そして長い沈黙の後、彼女達は初めて口を開いた。

「今の、見た?」

「ええ・・・あのクラウス様に・・・物言いをされたわよ。」

「信じられないわ。一体・・・・どういう神経をされているのかしら。」

「神族と人との子の所為かしら・・・でも、それにしてもね・・・・。」

 私語厳禁であるため、声は潜められたが、よく教育された彼女達をもってしても、言わずにはいられなかった。

「しかも呼び捨てにされているわ。あのクラウス様の事をよ!?」

「恐ろしいわ・・・知らないのかしら・・・・。」

 真剣そのものの口調で話していた彼女達は、次の瞬間背筋を伸ばし、ひいっと悲鳴を上げた。黄金の髪をうねらせた美しい女主人がいつの間にか立っていたからだ。

「なあに?貴女達、何か無駄口を叩いているようだけれど。」

「も、申し訳ありません、奥様!」

「お許しくださいませ!」

 ぞわぞわと伸びていく黄金の髪が、彼女達の足元にまで伸びようとしており、侍女達は半泣きである。

「わたくしの可愛いレティシアの悪口が聞こえたようだけれど・・・消されたいのかしら?」

 彼女達は蒼白になって、最早平伏するしかなかった。

 と、そこに部屋がノックされて、レティシアがひょっこりと顔を出した。瞬時に黄金の髪が引っ込み、彼女に振り返ったマリアの笑顔たるや、いっそ清々しい程優しい。 

「あら、レティシア。おはよう、どうしたの?」

「お早うございます、マリア様。着替えの時に指輪を外したままだったので、取りに戻って来たんですが・・・・皆さん、どうしたんですか?」

 粛々と見送ってくれたはずの侍女達が、何故か半泣きになって、縋るような目で自分を見てくるので、レティシアは目を丸くする。マリアは温和に微笑んでいるし、全く怒気も感じないので、何故彼女達が蒼白になっているのか分からない。

 マリアは微笑みを浮かべたまま、

「別に何でもないのよ。これね?」

と言って、宝石箱の隣にあった指輪を取ると、レティシアの手に渡してくれた。レティシアは礼を言って、それを右手の薬指に嵌めると、マリアが首を傾げた。

「それ、クラウスが贈ったものでしょう?」

「え?あ、はい。そうです。よくわかりますね。」

「あの子の力を感じるもの。でも、どうして貴女が右手にしているの?」

 マリアから何やら不穏な気配を感じる。不満らしい。レティシアは困惑しつつ、

「そうですよね。私も右手は利き手で傷が付いたら困るから、左手にしようとしたんですけど、クラウスに止められたんです。いずれ見繕って贈るから空けておけって言っていたんですが・・・・。」

「ああ、そう言う事。それなら良いわ。」

 今度は満面の笑みでご機嫌になったマリアに、レティシアは目を瞬く。ただ、マリアの左手の薬指には、クラウスが言っていたように豪奢な指輪が嵌まっていた。

「マリア様は、左手にされているんですね。」

「ええ、そうよ。神界では珍しいのだけれどね。」

「確かに・・・物騒ですね。」

「物騒?どうして?」

「クラウスが、神界で左手に指輪をしている女性に手を出した男の人は殺されても文句が言えないって言っていたので・・・なんだが、凄い意味を持つんですね。」

 クラウスはいずれ自分にも贈ると言ってくれたが、貰って良いやら悪いやら考え物だと思っていると、マリアがにんまりと笑って、

「大丈夫よ。別に指輪をしてようがいまいが、貴女に手を出してくるような不埒な男は、クラウスが殺すでしょうから。」

「それは・・・喜んでいい事なのでしょうか。」

「良い事よ。あの子が貴女を愛している証だと思いなさいな。」

 マリアの目は優しく、レティシアは頬を少し赤く染めながら頷いて、顔を綻ばせた。

「ありがとうございます、マリア様。」

「うふふ、さあ、行きなさいな。あの子が待っているのでしょう?そのドレスも良く似合うわ。今日も可愛いわね。」

 レティシアははにかんで、

「侍女の皆さんが綺麗にしてくれたんです。色々と気を遣って頂いて、ありがたいです。」

「あら、そうなの?貴女に不快な思いはさせなくて?」

「いいえ、とんでもない。皆さんとても親切にしてくれますし、細かい事まで気遣ってくれますよ。」

「そう・・・・それなら良いけれど。」

 会釈をして、急ぎ足でレティシアが廊下を駆けて行くのを、「転ばないようにね。」と優しく声を掛けたマリアは、彼女の姿が見えなくなると振り返り、途端にびくっと居竦んだ侍女達を見据えた。

「レティシアがああ言っているから、今回は見逃してあげるわ。」

 冷然とした女主人に、侍女達は最早放心状態であった。


 カイリの宮殿に仕えている侍従や侍女達は、とても優秀で勤勉です。主人に絶対的な忠誠を誓っており、私事を見ても、眉一つ動かさない徹底した教育を受けているはずですが、ここの所、彼らは噂話をせざるをえません。

 それ程、驚愕させていると、前はどれ程緊迫した宮であったかと、お察し頂ければ幸いです。

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