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腐れ縁の友人。

 カイリ夫妻とクラウスの四人で夕食を取ったレティシアが、食後のお茶を済ませると、間を図ったように侍女達が「お支度の時間です。」と迎えに来た。

 一体何のお支度だろうと思う間もなく、あれよあれよと一人連れて行かれた先は、浴室だった。脱衣室には数人の侍女が控えており、その先に見える露天風呂にまで更に数人が控えている。

「ええと・・・お風呂なら、一人で入れますから!」

「お手を煩わせるわけにはいきませんわ。お手伝いさせて下さいませ。」

 微笑みを浮かべたまま、レティシアを脱がしにかかってくる百戦錬磨らしき侍女達に囲まれ、万事休すかと思った。だが、不意に頭上から男の声がした。

「退け。」

 瞬時に侍女達が数歩下がり、頭を垂れたが、その時にはもう既にレティシアは後ろからクラウスに抱き締められていた。

 どうやら神術を使って移動してきたらしいのだが、彼の声は剣呑である。

「出ろ。俺が呼ぶまで来なくていい。」

「畏まりました。」

 侍女達はすぐさま全員がその場から立ち去り、あっという間に二人きりにされた。

「ク、クラウス・・・!」

 後ろから抱き締められて、腕は強く、振りほどけない。

「脱がせるのは、俺にさせろと言ったはずだ。さっさと連れて行きやがって・・・。」

 そう言って、レティシアの髪を指で左右に分けると、項に付いた彼の跡にキスを落とした。

「薄くなってきているから、付け直す。」

「み、見えないところに・・・っ!」

 抗議の間もなく、強く吸われて、レティシアはびくと身体を震わせた。熱い舌先が、跡を味わうようにゆっくりと舐め取っていく。

「・・・レティシア。」

 甘く囁く声が、強請っている事を伝えてきて、レティシアは真っ赤になった。

 だが、答えを決める必要は無かった。

「ちょっと、クラウス!」

 容赦ないマリアの声が、脱衣室に響く。レティシアはその瞬間、背後から凄まじい殺気を感じた。

「てめえ・・・これで今日二度目だぞ。」

 宮殿を今すぐ破壊しそうな冷ややかな声である。だが、マリアにはやっぱり動じない。むしろ迷惑そうに顔を顰めて、

「貴方が侍女を全員追い出したりするから、わたくしが呼びに来るしか無かったんじゃない。貴方に客よ。」

「心当たりは無い。追い返せ。見て分かるだろう、俺は忙しい。」

「こんな夜更けに、突然やって来るような男は、一人しかいないでしょ。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「断ってもいいけど、あの男じゃここにやって来ると思うけど、良いのね。レティシアが可愛く啼いている姿を見せてあげても、良いのね?」

「・・・分かった。そろそろ殺しておくか。」

「そうして頂戴。さ、レティシア。わたくしと一緒に入りましょうね。身体洗ってあげるわ。」

「いい加減にしろ!」

 クラウスの苛立ちが溜まりつつあるのが分かったのか、マリアは「はいはい。」と肩を竦めて、出て行った。レティシアは目を白黒させていたが、

「ええと・・・こんな時間に客か?」

「・・・・ああ。腐れ縁の友人だが、最悪の嗜好をした男でな。時々構ってやらないと、後で面倒だから、行って来る。先に風呂入って寝てろ。奴を片付けたら、お前を抱きに行くから起きろよ?」

 レティシアの頬にキスを落とすと、あっという間に姿を消したので、レティシアは広い浴室に一人になった。

 これは絶好の好機である。侍女達が戻って来たら、絶対に世話を焼かれる。その前にと、懸命にドレスを脱いで、浴室に入り、身体と髪を洗って、湯船に浸かる。

 心地よい温もりにしばらく浸っていたが、あまりゆっくりしていると、不味いかもしれないと、タオルで髪と身体を拭いて浴室を出る。

「では、お着替えをお手伝いいたします。」

 脱衣室には、既に数人の侍女が音も無く、いつの間にか舞い戻ってきており、レティシアは天を仰いだ。


 すっかり人々が寝静まった宮殿の廊下を、クラウスは侍従を伴って歩いていた。

「・・・クソ・・・ッ、結局こんな時間になったか。」

 忌々しい友人は、クラウスが人界に降りていた事を知っている。

 事に女が絡むと、非常に耳聡いのだ。出発する前は、両親に捜索と結婚を押し付けられた家出娘という認識でいたため、適当に話しておいたのが不味かった。レティシアを連れて帰って来た事は、やはり知っていて、やれ会わせろだの、どんな子だのと詮索が煩かった。

 面倒極まりないと、あしらって、手っ取り早く酔い潰す事にしたクラウスは、宮殿内でアルコール度数が一番高い酒を持って来させて、友人に飲ませ続けた。

 それは呑むと、一口で喉が焼け、激痛と熱さに悶え苦しむと言う代物で、人間などは卒倒するため、果実酒に使う材料として何百倍にも薄めて使ったり、飲むとしても同様にかなり薄めて飲むというものだ。アルコールの純度が高すぎて、神族でさえも二日酔いにならない者が居ないと言う悪酔いする酒である。

 酒の席であり、自分も飲まない訳にいかず、クラウスもそれを友人と同じように飲み進めたが、一向に酔う様子がない。苛立ちのあまり、純度が高い為容易に引火するというその酒を見て、この底なしの男に火でもつけてやろうかとさえ思案したほどである。結局、宮殿にある酒の半分を飲み干して、ようやく鼾をかいて寝始めた友人を、床に転がして、絶句している侍従たちに片づけを命じると、部屋を後にしたのだが、もう夜である。

 お陰でレティシアを抱く時間が短くなったと、舌打ちしつつ、だが酒臭い身体で彼女に触れるのが嫌で、浴室へと向かった。浴室の手前で、手伝おうとした侍従を留め、

「良い、構うな。出た時の支度だけしておけ」

と命じると、さっさと中に入っていった。そんな彼を、頭を垂れて見送った侍従たちは、主君の姿が見えなくなると、顔を見合わせ、限界とばかりに口を開いた。

「・・・信じられるか?全く何事も無かったかのように、歩いていらしたぞ。」

「あのカイリ様と飲み比べが出来る唯一の御方だが・・・あれだけ飲んで、これか?」

「若君はまるで水のように飲んでいたが・・・一緒に飲まされた方は溜まらんぞ。潰す気満々だったじゃないか。俺は相手があの方でも、流石に同情した。」

 侍従たちは、時々押しかけてくる主君の友人の事をよく知っていた。その男が飲み潰れようが、その辺で吐こうが、全く同情に値しないのだが、流石に毒としか思えないような酒を一緒に延々と飲まされ続けているのを見ると、ちょっと気の毒だった。結果、床に突っ伏して、大鼾をかいて寝始めたと言う始末である。

 ただ、片付けをしているであろう同僚たちは、そのままにするだろうなと、侍従たちは何となく分かった。自分達でもそうする。むしろ、簡単に奪って行った俺の恋人を返せと、神界一の女好きであるあの男を蹴ってやりたい気分だったからだ。

 一方のクラウスは、酒の匂いを消したい事もあって、ゆっくりと風呂に入り、着替えを済ませると、控えていた侍従たちを下がらせて、そのままレティシアの寝室に向かった。

 すでに深夜になっていた事もあって、室内の明かりは落とされ、レティシアは大きなベッドの真ん中で、静かな寝息を立てて眠っていた。外で控えていた侍女達からは、随分遅くまで待っていたようだと聞き、そのいじらしさに、彼の表情もようやく緩む。

 自身も靴を脱ぎ捨てて、レティシアの肩に掛かっていた毛布を下げると、抱き寄せた。

「・・・レティシア・・・。」

 柔らかく、白い肌をした頬に、軽くキスを落とす。何度求めても足りず、触れるたびにもっと欲しいと渇望してしまう、稀有な存在だった。

 人界に降りて、一目見て惹かれてしまった彼女のためならば、クラウスは何も惜しくはなかった。

 神族に嫌悪する彼女の傍にいるために、翼を千切り、神力を封じた時も躊躇いは無かった。それが彼女の傍にいるために必要だと思った時には、実行に移していたからだ。ただ、直後に相応の負荷が来て、一晩寝込んでしまった時は、流石に少し焦った。

 思った以上に人間の身体は脆弱で、神族とは比べ物にならないほど動きが鈍いと思い知ったからだ。短命であることは、構わなかった。ただ、脆弱なこの身体で、彼女を害する者が現れた時、どこまで対抗できるかという事だけが不安であったのだ。

 それも、今は無い。彼女が神族となり、自分と生きる道を選んでくれたお陰で、クラウスは万全の態勢で彼女を護れる。長い時を共に生きられる存在が出来たことが、これ程嬉しい事だとは思わなかった。

「・・・起きろよ。」

 伏せられたままの長い睫毛を見つめつつ、クラウスは頬をくすぐった。でも、口調はどうしても静かになった。自分でも強引に起こす気が湧かなかったからだ。

「・・・・疲れたか・・・?」

 初めて来た神界、そして大勢の神族に囲まれて、昼間のレティシアは随分緊張していたし、気を遣っていた。人と比べて格段に体力が上がっているとはいえ、精神的な疲労はやはり体に来る。いつも通りに振舞ってはいたが、やはり表情が緩んだのは自分と二人きりになった時くらいだった。

 あまりに気疲れするようなら、早々に居を移そうと思いながらも、クラウスは彼女の肩に毛布を掛け直して、隣に寝ころぶと抱き寄せた。

「・・・う、ん・・・」

 静かな寝息と共に、可愛らしい声がして、クラウスは視線を彷徨わせた。やっぱり起こして抱こうかと一瞬諮詢してしまう甘い声だ。

 ただ不意にレティシアの腕が伸びてきて、細い指がくしゃりとクラウスの頭を撫ぜた。いい子いい子と、まるで子供や愛玩動物にそうするように撫でられて、クラウスは身動きが取れなくなった。

 見上げれば、やはりレティシアは寝ている。どうやら何か夢でも見ているらしい。その表情は穏やかで、クラウスは苦笑して、彼女にさせるままにした。

 絡みつく細い腕の温もりと、甘いレティシアの香りに誘われて、クラウスもやがて眠りに落ちた。


神族は、人間のように睡眠や食事は必ずしも頻回には要りませんが、全く取らないと流石に動けなくなります。神力の強さに比例して、その頻度は上がる為、生活リズムは神力によって違いますが、基本的には人に近い生活を送っています。食事やお茶も、彼らにとっては栄養補給では無く、単なる楽しみのようなものです。

当然ながら、クラウスが悪友に盛った、毒のような酒は、楽しみには入りません。

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