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神様、この可愛い生き物は何でしょうか。

レティシアはのんびりと庭を歩いていた。豪奢な宮殿の中にあるとは思えないほど、静かで、長閑な美しい庭園だった。庭師が丁寧に世話をしているのか、植栽も皆揃えられていて、木々の間の小道も綺麗に掃かれていて歩きやすい。爽やかな風が頬を撫ぜて、レティシアは大きく息を吸った。こうしてのんびりと散歩をするのも、随分久しぶりだ。

 宮殿の豪華さには腰が引けるが、この庭園はとても居心地が良くて、クラウスの両親が大切にしているのも分かる気がした。

 そんな中、不意にガサガサッと葉の当たる音が足元から音がして、レティシアは視線を落とした。

(・・・何だろう、このふわふわもこもこは。)

 何かの尻尾、のようにも見える。

 ほんの先端なのだが、茂みの中に隠しきれなかったらしい。猫でもいるのだろうかと、レティシアは屈んで、指で突いてみると、

「ひょぇえ!?」

と珍妙な少年の声がして、レティシアは驚いたが、よっぽど慌てふためいたのか、茂みの中からその生き物が転がり出てきた。

 明るい栗色の短髪で、まだあどけない顔立ちの少年の顔は雀斑が散らばっていて、潤んだ大きな赤い瞳が何とも愛らしい。姿は殆ど人そのものだが、レティシアは思わず目を見張った。少年の頭には猫のような大きな三角の耳があり、お尻の部分からもふさふさした長い尻尾が生えていたからだ。獣人と言うべきだろうか。

「あ・・・驚かせて御免ね。猫か何かかと思えば、貴方の尻尾だったんだね。」

 子供を怯えさせないように、レティシアは出来るだけ声を抑えて、微笑みかけた。すると、真っ青になっていた少年が、頬を赤らめながら、答えてくれた。

「ぼ、僕はネコ科だから・・・合ってるよ。」

「そうなんだ。大きな耳とふさふさの尻尾、可愛いね。」

 レティシアは動物好きだ。ふわふわもこもこの哺乳類など、特に目がない。少年が嫌がるかもしれないからやらないが、耳とか尻尾とか撫でてみたいのを必死で堪えている。大いに愛でたいが、初対面でまずいだろう。

 すると、少年が泣きそうな顔をして、彼の気持ちを代弁するように耳が垂れた。これもまた、たれ耳の猫を彷彿させて可愛く、うっと詰まる。世の中にこんな愛くるしいものがいるとは思わなかった。

「ほ、本当に・・・?」

「うんうん。良いなあ・・・神族って色んな容姿の人が居るんだね。」

 少年は困惑したようにレティシアを見つめ、

「・・・・貴女は、庭師・・・じゃないよね?」

「違うよ。こんな格好じゃ、出来ないよ。ドレスも汚しちゃったら、マリア様に申し訳ないし。」

 マリアの名を出した瞬間、今度は子供の耳がぴんっと立ち、尾が膨らんで爆発した。猫が最大の警戒を露にしている時とそっくりだ。顔はまた真っ青になって表情には出すまいとしているが、耳と尻尾で感情が丸わかりだ。

「庭師以外で・・・ここに来る人は、カ、カイリ様ご夫妻とご子息様だけの・・・はずなんだけど・・・。」

「そうなの?」

「うん。それに、ここの宮殿にいる神々は、全員上級神だから・・・近付いて来れば、僕は気配で直ぐ分かったはずなんだ。でも・・・貴女は強くなったり薄くなったり・・・?不安定なような・・・。」

 レティシアは苦笑いした。四柱であるゼウスの娘ではあるが、力の強い神の子が、必ずしもそれに倣う訳ではない。ただ、レティシアの力はゼウスが何とか抑え込む必要があったほど強いものだったらしく、まだ身体に戻ってから一週間も経っていないので、馴染んでいないというのは正しい。まだ不安定だから、神術はしばらく使うなとクラウスにも言われているくらいだ。

「その通りだ。わたしはついこの間まで、人界に居たしね。」

「え・・・・?」

「私は人間と神の間に産まれた子なんだよ。」

 神々にとっては卑下される存在かも知れないが、嘘を言った所で仕方がない。

 だが、少年の眼がまん丸になって食い入るようにレティシアを見つめ、唇を震わせた。

「じゃあ・・・貴女があのゼウス様の御息女・・・?」

「ご息女なんて大したものじゃないんだが・・・父はゼウスだ。何だ、なにかあるのかな?」

 今にも倒れそうな子供にレティシアは心配になったが、突然少年の大きな目が、レティシアが今歩いてきた方角へと向いた。蒼白になって、レティシアに泣き出しそうな顔で懇願した。

「・・・・っお願い、僕の事は誰にも・・・クラウス様にも言わないで下さい!」

「え?」

「お願いします・・・っどうか!」

 今にも土下座をしそうな勢いの子供に、レティシアは慌てて頷いて、

「別に構わないけれど・・・。」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 何度もすごい勢いで頭を下げると、凄まじい速さで子供は茂みの中へと消えていき、一切の物音がしなくなった。余程知られたくないらしい。首を傾げつつ立ち上がり、再び散歩の続きでしばらく歩いていると、後ろからクラウスに呼び止められた。

「待たせたな。」

「いいや。もう良いのか?」

「別に大した事じゃなかった。この後でも処理できる。大丈夫だったか?」

「・・ああ。過ごしやすくて良い所だと思っていた所だ。」

「レティシア。」

「うん?」

 クラウスはぐいとレティシアの細い腰を掴み、抱き寄せた。

「お前、今なんか躊躇わなかったか?」

 勘の良い男である。ほんのわずかな間しか無かったはずだ。だがここで更に疑われるような事を言うと、あの子供との約束を破ってしまう。

「別に何も無いよ。」

と答えて、クラウスに抱き寄せられるまま、素直に身体を預けた。クラウスもそれで満足したのか、それ以上は聞いてこなかった。


 散策を終えたレティシアは、カイリ夫妻に夕食の席に誘われて、それまでの間宮殿の一角にある書庫に足を運んだ。クラウスはソールに頼まれた案件の処理があるらしく、迎えに来ると言って席を外しているので、書庫では管理をしているという女神と二人きりになった。

 神術書を読み解きたい誘惑にも駆られたが、今は試してみたくなっても使えない身であるし、それならと先ほど見かけた不思議な獣人神族の事を探してみようと、何冊か手に取って見たが、如何せん数も膨大で、記載が見つからない。

「何か、お探しですか?宜しければお手伝い致しますが。」

 親切に女神が声を掛けてくれたが、理由を言う訳にもいかず、曖昧に笑って、

「いいえ、手に取って見ているだけだけですから、大丈夫です。ありがとうございます。」

「左様ですか。何かご用命が御座いましたら、お声がけくださいね。」

 ふんわりと柔らかく笑って女神は粛々と下がっていく。宮殿で仕事をしている人の鏡のような、丁寧な女性だ。マリアが紹介してくれた侍女達も、粛然としていて、全員物腰が落ち着いている。

 だとすると、あの一人賑やかだった少年は、珍しい方なのだろう。夫妻やクラウスに対しては、随分気を遣っている様子でもあった。

 ただ、カイリと同じ四柱であるゼウスの娘であると告げても、あまり驚いた様子はなかった。ゼウスの普段の行いの所為か、自分が混血児のせいだろうかと思いながら、レティシアは本を捲った。

 クラウスが迎えに来るまで、結局あの獣人の神族についての記載は見つからなかった。

ふわふわもこもこです!可愛いです!・・・・たぶん。

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