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何も動じてくれないご一家。

 極めて手際が良い侍女達によって、レティシアはたちまちの内に着せ替え人形となった。

 室内に用意されていたのは、何着ものドレスや靴、装飾具に至るまで、ありとあらゆるものが揃っていた。

 レティシアは異論を唱える前に次々にドレスの試着をさせられ、マリアは細部までこだわる性格らしく、このドレスにはあの宝石が良い、靴が良いと、色味が気に入らない、など次々に注文を付け、侍女達がてきぱきとそれに応じた。

 レティシアが口を挟む間など、一切ない。

 そうして一時間も経つ頃には、ようやくマリアも納得して、満面の笑みを浮かべた。

「本当に可愛いわぁ・・・わたくしの自慢の娘よ」

とうっとりと浸っていた。レティシアは本当に居た堪れない。鏡に映った姿を見れば、やはりドレスに着られているような気がしてならない。豊満な美女であるマリアに褒められるだけでも気恥ずかしいが、侍女達はといえばやはり顔色一つ変えず控えており、極めて冷静である。

 そこに凄まじい温度差を感じる。これは完全にマリアの欲目であろうことは明らかだ。

 ただ、マリアが見立ててくれただけあって、ドレスは着心地が良く、細かい刺繍が施されながらも、華美ではなく、レティシアを引き立たせるようなデザインだった。髪が銀色で、肌が色白という事もあり、色はそれを際立たせるような濃い緑だ。靴の色もそれに合わされ、首から下げられたネックレスも大粒の緑の宝石が収まっている。髪は結い上げて、豪奢な飾りで一層引き立てたかったマリアだが、それが出来なかったのがいささか不満だった。ただ、一部だけでも結って飾りも付けられたので、一先ずそれで納得している。

「さあ、行きましょうか。夫とクラウスが待っているわ。」

 鼻歌でも歌いそうなあまりに上機嫌なマリアに、レティシアも「何故自分がこんな格好を・・。」というそもそもの質問をするのも憚られている間に、別室に連れて行かれた。

 マリアに続いて入ったレティシアは、室内のソファーで向かい合って座っていたカイリとクラウスが、自分を見返して目を見張ったのを見て、今度こそ回れ右をしたくなった。明らかに着られているから、驚くのも無理はない。

 ただ、クラウスの動きは速かった。すぐに立ち上がると、レティシアの元にやって来て、間近で見つめられる。俯き加減で、紫紺の瞳が潤み、頬を薄っすらと赤く染めた美しい恋人に、クラウスは溜まらず抱き締めた。

「・・・・・何度でもお前に惚れそうだ。」

「な、な、な・・・何言ってる!」

「可愛い、レティシア。お前みたいな綺麗な女は見たことが無い。でも、脱がすのは俺にさせろよ。」

「何言ってる!」

 今度は違う意味で真っ赤になったレティシアだが、クラウスが嬉しそうに強く抱きしめてくるので、何だか強く出られない。その代りに、彼の母親が容赦なく、スパアンッと彼の頭を叩いた。

「お止め。折角わたくしが見立てたのに、もう崩す気?」

 随分いい音がしたのだが、全く痛みを感じていない様子で、だがクラウスは手を緩めると、母親を睨んだ。

「いい仕事をしたとは思うが、レティシアは俺の女だぞ。触って何が悪い。」

「貴方ねえ、加減をしなさいよ。本当は、全部髪は結い上げてあげたかったのよ!?駄目じゃない!」

 マリアの唯一の不満に、クラウスは直ぐに気づいた。

「ああ、これか。」

と、レティシアの首筋に手を伸ばすと、後ろの項を指先で撫でた。その手つきは、レティシアを夜毎触れる時のような優しいもので、レティシアは赤くなりそうになるのを堪え、クラウスの手が離れると、自分では見えない場所を探った。

「何だ?」

「お前の首の後ろに、俺のキスの跡が付いてる。」

「はい!?」

 初耳である。いや、クラウスが四六時中キスの跡を刻んでいるのは分かっていた。でも、服を着る時に困るから、あまり高い位置に付けないでくれと、常日頃頼んでおいたはずだ。

 抗議の目に、クラウスは微笑んだ。

「別に、髪で隠れるから、見えないだろ。」

「そっ・・それは、そうだけど!」

「お前は髪を降ろしていた方が可愛い。綺麗な髪だし、見せないと勿体無い。」

 クラウスはこういう時に限って、蕩けるような優しい笑みを浮かべるので、レティシアも強く出られない。そうしている内に、唇をかすめ取られて、更に言葉も無くなった。

 息子が止める気がない事に気付いたマリアは顔を顰めたが、カイリはくすくすと笑って、

「元が良いから、どんな物を身に着けていても映えるね。それに、やはり、お母さんそっくりだ。」

「母様を・・・知っているのですか?」

「一度だけね。ゼウスが会わせてくれたんだよ。彼は随分嫌そうだったけど。」

 驚きを隠せないレティシアに、クラウスが立ち話も何だからと、先程まで彼が座っていた所にレティシアを促し、自分はその隣に座った。マリアもカイリの隣に座ると、

「初耳だわ。いつの事?」

「彼女が産まれる少し前くらいじゃないかな。レティシア、君のお母さんはね、一度だけ神界に来て、しばらく滞在していたことがあるんだよ。」

 これにはレティシアも驚いた。母はそんな事は何一つとして言っていなかったからだ。

「一体どうして・・・?」

「さて。ゼウスは仔細を言わなかったけれど、君のお母さんは、何だか探検に来たような感じだったよ。」

「ああ・・・・母様らしいです。」

 優しい母だったが、優れた神術士でもあり、熱心な研究家でもあった。神界などに来たら、それこそゼウスそっちのけで、興味の赴くままに突っ走ったに違いない。

 カイリは微笑んで、頷き、

「ゼウスと一緒に彼方此方神界を旅して回って歩いていた。当時のゼウスは四柱として絶大な力があったから、害を成そうとしてくる者もいなかったしね。彼女との時間を邪魔されたくなかったのか、部下達を置き去りにしたものだから、彼らがよく必死で探し回っていたものだ。私の所にも探しに来たよ。」

「母様は、神界で色々学んで行ったのですね。」

「そうだね。もしかしたら、そこで眼晦ましの術を覚えて行ったのかもしれないよ。人の世界ではとうに廃れたものだけど、神界には記録が残されている。ゼウスの権限があれば、記録を開示させるのも不可能じゃない。」

「そうなんですか?」

 千年以上前に、人が初めて神を凌駕したという術式は、神の眼から逃れるものだ。この術を使われると、どれ程の神であっても、見つけられる事が出来ない。そして人間しか使う事が出来ない。圧倒的優位な力を持つ神々にしてみれば、そんな術式は脅威でしかなく、当時はかなり警戒されたらしいが、あまりに難解で継げるものがおらず、廃れた術だ。レティシアの母親はそれを己と、レティシアに掛け続け、ゼウスの敵から守り抜いてくれた。

「二人は何も言わなかったけれど、もしかしたら、もう君がお母さんのお腹に居たのかもしれないね。だから、君を護る術を二人で探していたんじゃないかな。」

 レティシアは顔を綻ばせて、頷いた。お茶を淹れていたマリアが、首を傾げ、

「まあ、要らない詮索をされたくなくて、部下を置き去りにしたのは分かるけれど、貴方を嫌がるなんて余程ね。ゼウスとは長い付き合いでしょう?」

「ああ、あれは多分違うよ。単なる嫉妬だ。」

 のんびりとお茶を啜りながら、カイリは更に続けた。

「でも、私は綺麗な女の人ね、と初っ端から言われたから、ゼウスの杞憂でしかないんだが。」

 これにはレティシアも目を剥いて、

「親子ともども・・・申し訳ありません・・・・。」

というしかなかった。カイリは笑ってくれたが、本当に申し訳ない。ただ、微笑むその顔も、申し訳ないが、やっぱり蕩ける程の美人だ。苛烈な性格が前面に出ている豊満な美女であるマリアと、長身痩躯で男性的な色香を放つクラウスと一緒にいると、どうにも中性的なカイリは優し気な、大人しい男と言う印象を与えた。実際、彼は微笑みを欠かさない。

 ただ、レティシアも、ここに来て自分の知らない父母の事も知れて嬉しくて、

「母様は、どこを訪れていたんでしょうか。」

「さて。ゼウスが詳しいと思うんだが・・・あ、いや・・・。」

 息子と妻に同時に睨みつけられて、カイリは口が滑ったと言わんばかりに目を泳がせ、不思議そうなレティシアに曖昧に笑って見せた。

「まあ、神界の名立たる場所は回っていたんじゃないかな・・・そう言えば、一度だけ彼女が突然どこかに消えたとか言って、随分ゼウスが慌てていた事があったな。」

「母様が・・・行方不明?」

「そうなんだよ。彼女は人間だったし、神気がある訳じゃないから、探す術は限られている。この時ばかりは部下達を呼んで一緒に探させていたが、見つからなくてね。でも、その内突然何事もなかったように帰って来た。」

「一体どこに行っていたんでしょうか。」

「それが分からないんだよ。ゼウスが幾ら聞いても、彼女は何も答えなかった。まあ、ゼウスも彼女が無事なら良いと、諦めたみたいだけどね。」

「そうですか・・・・。私も母様が神界に行ったという事も知らなかったので、当時の事は良く分かりませんが、母様は貴重な体験をしたのですね。」

「君も人界では神術を扱う者であったそうだね。だとしたら、神界はきっと面白いと思うよ。」

 確かにカイリの言う通りだ。神界には人界では知り得ない事が沢山あるだろうし、神術士であったレティシアは当然興味が惹かれる。豪奢な宮殿も、美しいドレスも、怯むしかないが、事に研究となると、レティシアは満更でもない。

 顔を明るくしたレティシアに、クラウスが優美に目を細めた。

「その内、お前が行きたい所は、どこでも俺が連れて行ってやる。人界での旅の続きを、ここでもすればいい。」

「そ、そうか・・・?」

「ああ。俺と一緒に居れば、お前に手出しをしようとする馬鹿はまずいねえよ。」

「う、うーん・・・そうだな、どうしよう・・・・。」

 旅に出れば、少なくともこの美しい宮殿に傷は付けずに済む。人目を気にしなくても良い。そう思うと、大変な誘惑である。

 悩むレティシアに、クラウスはくすりと笑い、

「別に焦らなくていい。俺もしばらく留守にしていたんでな、少し時間も欲しい。」

「あっ・・・そうか、そうだったな。分かった。」

 クラウスにも神界で立場があるのだろう。自分の事ばかりを考えていたとレティシアは反省する。彼の用事が済むまでは、大人しく過ごしているべきだ。だとすると、やはり悩ましいのは、身の振り方である。

「・・・クラウス。その間、どこか街中の宿屋で待つと言うのは駄目だろうか。」

「何だ、ここが気に入らないのか?」

 するとすぐさま反応したのはマリアだ。

「あら、そうなの?早く言いなさいな。離宮も幾つかあるから、気に入る所を探してあげるわよ。」

「ち、違うんです!そうじゃなくて、あまりに綺麗な所なので、心配になって・・・。」

 慌てるレティシアに、クラウスは怪訝そうに、

「何が心配だ?」

「床に傷を付けてしまわないかとか、うっかり手をついて壁を汚したりしないだろうかとか、装飾品を壊してしまわないかとか・・・庶民の私には豪華すぎるんだ!」

 真顔で言い切ったレティシアに、クラウスは軽く首を傾げ、マリアは顔を綻ばせて、

「謙虚ねえ・・・。」

と喜び、そしてカイリは溜まらずくすくすと笑って、

「レティシア。そんな事は気にしなくていいんだよ。」

「ですが・・・!」

「大丈夫だ。この宮は見かけよりも遥かに頑丈なんだよ。何しろマリアとクラウスが派手な親子喧嘩をすると、全壊にしてくれるものだから、私が術を掛けて強固にしてある。」

「は、い・・・?」

「仮に壊れても、すぐ再復する術を掛けてあるから、安心して全部壊して良いよ。」

 目を瞬くレティシアに、クラウスが不意に立ち上がると、片足を上げて、大理石の床を踏みつけた。見る限り軽く踏みつけただけだというのに、彼の力が強いのか、いかにも高そうな大理石の床が粉々に砕けた。だが、あっという間に飛び散った破片が、一瞬の内に元の場所に戻り、何事も無かったかのように美しい輝きを取り戻し、レティシアも言葉がない。

 クラウスは平然としたままレティシアの隣に戻ると、

「ついでに言うと、この宮殿にいる奴は、一度は必ず全壊したココを見ているから、物の一つや二つが壊れたところで、誰も驚かない。何もお前が心配することは何も無い。」

「そ、そうか・・・良かった?・・のか?」

 懸念材料は一つ消えたが、それにしても凄まじい一族だ。と言うより、ご一家だとレティシアは思った。とてもそんな派手な喧嘩をしそうにないマリアは澄ました顔でお茶を飲み、

「まあ、全部クラウスが悪いのよ。」

と擦った。開戦の幕開けとばかりに、クラウスが即座に応じる。

「何だと、糞婆。」

「それを・・・何度言う気?」

 クラウスを剣呑な目で見据えたマリアに、レティシアは唸った。違った。凄まじい喧嘩をしそうだ。そこにやんわりと、カイリが口を挟んだ。

「二人とも、お茶を飲んでからにしたらどうだい。マリアの淹れてくれたお茶は、美味しいよ。」

 全く動じていない彼に、レティシアは思った。

 

 本当に、凄いご一家だ。


モフモフが・・・・遠い!・・・すいません。


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