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誰か、この親子を止めて下さい。

 神族は、寝食を殆ど必要としない。身体は極めて強靭であり、体内で生命維持に必要な力を生み出せるらしく、食べなくても、寝なくても、平気だと言う。

 一年寝なくても平気だとクラウスは以前嘯いていたのもその為だ。彼を神族の基準にしない方が良いと、クラウスの母親であるマリアが言っていたので、実際には休息も要るのだろうが、それでも人とは比べ物にならない体力である。

 それにも関わらず、夜毎失神寸前になる自分の身体は、どうなっているのだろうか。真剣に悩む間もなく、ベッドに降ろされて、クラウスが当然のように上に乗って来る。ジャケットを手近な椅子に放り投げて、胸のボタンを無造作に二つほど外したことで、鍛え抜かれた身体がちらりと見えて、レティシアは頬を染めた。

「レティシア・・・昨夜は途中で終わっただろ。足りないんだよ。」

「と、途中じゃない。お前が、何度もするから・・・っ!」

 抗議の間もなく額にキスをされて、レティシアのブラウスのボタンを、彼は手慣れた手つきで外していく。これは夕食抜きだと覚悟したが、不意にクラウスが身体を起こし、忌々し気に舌打ちして、室内を睨みつけた。レティシアは目を丸くしたが、彼の視線の先の気配が変わった事に気付いた。神術の高等術式の一つで、転移するものだ。

 神族であるからまだ察知も出来たが、人である頃は随分驚かされたものである。ただ、不安は無かった。感じる気配は、覚えのある女性のものだからだ。

 室内に突如として現れた美女は、相変わらず惚れ惚れとするほど美しく、気高い女神だった。意思の強そうな瞳は、だがベッド上の二人に気付くと、怒りを露にした。

「クラウス!あなた、いい加減にしなさい!レティシアを壊す気!?」

「煩えな、邪魔すんじゃねえよ。」

 クラウスは顔を顰めつつも、組み敷かれたままでいるのを良しとしないレティシアが起きたがったので、仕方なく上から退くと、彼女を抱き起してやった。乱れた髪を懸命に整えて、頬を赤く染めながらレティシアは、クラウスの母であるマリアに詫びた。

「あ、あの・・・いつもお恥ずかしい所をお目にかけてしまって、御免なさい。」

「いいのよ、全部クラウスが悪いのは分かっているのよ。こちらこそ、こんな子供で、野蛮で、申し訳ないわ。」

 国軍で向かう所敵なしであったクラウスであるが、やはり実母相手だと勝手が違うらしい。彼女自身も神界でも有数の力の持ち主で、以前は至高神の一柱でもあった実力者であるから、クラウスに睨まれようが威圧されようが、平然としたものだ。

 さっさとベッドに歩み寄ると、レティシアの腕を掴んで立たせて、ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめた。

「ああ、いつ見てもわたくしの娘は可愛いわ。本当、クラウスなんかには勿体無いわ。わたくしの宮で、いっぱい可愛がってあげたい。クラウスはたまに会いに来るくらいで丁度良いのよ。その時に抱かせてあげる。」

 性には奔放の神族だけあって、普通なら憚られる言葉も平然と口にする。

「だから・・・・俺の女だと言っているだろうが!」

 苛々とした様子で、クラウスも立ち上がり、返せとばかりに手を伸ばすが、マリアが容赦なく叩き落とした。

「貴方はずっと一人占めしていたでしょう?今度はわたくしの番。」

「なんで俺は自分の母親と、自分の恋人を取り合わなくちゃいけないんだ。」

「決まっているでしょう。貴方の恋人なのだから、いずれわたくしの娘になるんですもの。」

 この母子の口論は果てしない事を、レティシアは既に知っている。どちらも一歩も退かないのだ。ただ口論の理由が自分であるので、嬉しいやら恥ずかしいやらで、止めるタイミングを逸していた。

 ただ、身体的には限界だった。マリアの豊満な身体に抱き締められて、胸に顔が埋まり、息が苦しくなってきたからだ。流石にもがいたレティシアに、ようやくマリアは口論を止めて、腕を緩めた。

「あら、ごめんなさいね。」

「見掛け倒しの胸で、レティシアを潰すな。」

 クラウスが顔を顰めて、今度こそレティシアを腕の中に取り戻した。女神は目を怒らせて、

「言ったわね。この胸で大きくなったくせに!」

「いつの話だ!」

 流石にこれにはクラウスも真顔で怒った。恋人の前で、そんな事を言われて喜ぶ男などまずいない。第二の喧嘩が勃発しそうな勢いの所に、新たに姿を現した神がいた。

 艶やかな長い漆黒の髪に、切れ長の美しい瞳。細面であり、背はクラウスと遜色ないにも関わらず、どこか儚げな風貌の麗人だった。

 マリアは圧倒的な女性としての美を誇る女神だが、この人は仄かな色香を漂わせる美貌の主だった。レティシアはその美しい人に茫然とし。

「お前達、その辺にしておきなさい。」

 その美人の落ち着いた声音は、男性そのものの声で、レティシアは目を剥いた。

「お、男の人!?」

 思わず声に出してしまい、失礼な事を言ったと真っ赤になって慌てたが、クラウスとマリアは平然としていたものだし、彼も穏やかに微笑んで、

「ああ、よく言われるから気にしなくて良いよ。」

と慰めてくれた。穏やかで優しい微笑みは、その美貌によく映えた。ただ、確かに良く見れば、細身とは言え、肩幅があり男の体つきであるし、袖から見える腕は鍛え抜かれていて、腰帯から下がっている剣は明らかに使い込まれていた。信じられないことだが、この麗人は、武人でもあるらしい。

 レティシアの葛藤を見たクラウスが、のんびりと言った。

「そうか、直接顔を合わせるのは初めてだな。この男は、俺の父親で、名はカイリだ。」

「は・・・い?」

「館でオゼやその部下どもを俺達が始末する間、俺の父がお前を護っていたと言っただろう?」

 記憶を辿ったレティシアは、命の恩人になんてことをと、青くなった。

「その節は、ありがとうございました。私は眠ってしまっていて、お礼も言わなかったですね・・・重ね重ね失礼しました。」

 深く首を垂れるレティシアに、カイリは笑みを深めた。

「いや、全く礼には及ばない。私は全く何もしていないからね。君を苛んだ者達を粛清したのは、私の妻子と友人だ。」

「あ・・・貴方は、父様の友人だそうですね。」

「幼少の頃からの付き合いだよ。ゼウスの事を、父様と呼んでいるんだね。」

「そ、それは・・・その・・・・」

 狼狽えるレティシアに、カイリは微笑んだまま、

「更に、君はゼウスへ贈り物をしたとか?」

「あ・・・はい。」

 レティシアの母親の形見であり、母親がレティシアの成長を見られなかったゼウスに宛てた、レティシアの成長記録だ。今頃どうしているだろうかと気になってはいたが、レティシアの返答に、カイリはやや不満気に、小さく首を横に振った。

「あれはいけない。」

「どうしてですか・・・?」

「あれ程浮かれているゼウスは見たことが無い。ゼウスの部下達は軒並み絶句して、私の所に人界で主君に何があったのだと伺いを立てに来る始末だ。」

 不安に思ったレティシアは、それを聞いて胸を撫で下ろした。カイリは自分を慮って少し話を盛ってくれているのだろうが、ゼウスが無下にしていないのは嬉しかった。父親を毛嫌いし、そしてそれが誤解だったと理解した今、あまりゼウスに対して嫌な感情はもう抱きたくない。

「そうですか。喜んでくれているなら、良かったです。」

 レティシアは顔を綻ばせたが、マリアも、クラウスも、それを聞いて盛大に顔を顰めているのに気付いた。

「そうね、あの男を調子に乗らせたら駄目よ。」

「やはり縁を切るか切らないか位が、丁度良さそうだな。」

 どこか物騒な空気さえ放つ母子の会話に、カイリはやはり穏やかな口調のまま、

「先手を打った方が良いと思ってね。準備を整えて来た。」

と言う。

 レティシアは、何やら親子が真剣に憂いているのを見て、不思議で仕方がない。クラウスなど、不機嫌の極みであり、半ば殺気立った勢いで、父の言葉に頷いて見せ、改めて溺愛する恋人に視線を落とした。

「レティシア。」

「何だ?どうした?」

「神界に行くぞ」

 突如異世界に行くと言われたレティシアは、目を点にした。


レティシアはカイリとは初対面です。

血気盛んなマリアを妻に持ち、色々と危険なクラウスを息子に持って、平然としていられる麗人です。

壮絶な親子喧嘩を見ても、常に優美な微笑みすら浮かべて、一切動じない御方です。

つまり、【神は見かけによらない】、そう言う人です。


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