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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
34/67

【終】神の御子。

 やって来たのは、過日、レティシアの事を散々侮辱して、クラウスに部下ともども叩きのめされたバアル将軍である。

 クラウスに一蹴された後、一か月ほど全員が再起不能で、慈悲を請いていたというが、ようやく復活したらしい。だが、将軍に付き従う部下達に先日の部下達の姿は一人も無い。その代わりに連れ歩いている人数は五十人に増員されており、全員が完全に武装をして、将軍を何重にも護るようにして歩いてくる。

 クラウスが除隊すると聞いて、懲りずにまた意趣返しに来たことは明らかで、衛士隊の面々は軒並み顔を顰めたし、レティシアも身構えた。以前、将軍と諍いを起こした事は、衛士隊の上層部も把握しており、部下達を抑えて進み出た。

「これは、バアル将軍。いかがされましたか」

 進み出たのは、その場に居る衛士隊の隊員の中でも一番地位の高い中尉であったが、それでも将軍には遠く及ばない。バアル将軍は鼻で笑った。将軍だけは懲りていないのが、明らかである。

「そこの若僧に少し先日の礼をしたくてな。下がっていろ。」

「そうは参りません。隊内での私闘は禁じられている事はご存じの筈です。」

「だが、もう隊員では無いのであろう?」

「本日付で除隊となりますが、そうなれば彼らは一般市民です。市民への如何なる圧力も認められません。」

 中尉は一歩も退かなかったが、二人の議論は長くは続かなかった。

 レティシアがまた侮言が吐かれるのかと警戒して、顔を強張らせていたからだ。これだけで、クラウスには十分過ぎるくらいだった。

 不意に動いた彼に、レティシアが息を呑み、彼の名を呼んだ。クラウスはレティシアに優美に笑い、

「この程度の屑なら、殺しはしない。今度こそ再起不能にしてやるだけだ。この間はお前を慰めるのが先だと思って、適当に放置したのが間違いだったな。」

「ええと・・・大丈夫なんだな?」

「ああ。餞に将軍とやらの地位から、引きずりおろしてやる。邪魔だろ、こいつ。」

「えええ・・・・。」

 本当に大丈夫かと、レティシアは今度はそっちが心配になった。クラウスは神族と言っても、人間の国では何の権利も無い男だ。将軍位はく奪など、簡単に出来るはずがない。

 だが。

 二人の会話を聞いていた、衛士隊の面々が、一斉に顔を引き攣らせた。

 何故だろうか。やはり、この男ならば、やりかねない気がしたのだ。

 それに唯一気付いていないのが、余程頭が呑気なのか、バアル将軍である。クラウスの放言をしっかり聞き取ったバアルは唸った。

「随分な大言を吐いたな、若僧。貴様に何が出来る。」

 バアルは自信があった。連日連夜見た悪夢は、あくまで夢だと何度も言い聞かせて、なんとか立ち直ったのだ。臆病風を吹かせて、この男に近付くのは二度と嫌だと泣いた部下達は全員左遷している。そして、あの時の数倍の人数を連れてきている。幾らなんでも、この男に太刀打ちできないはずだった。

 だが、中尉を押しのけて、最前列に進み出たクラウスは、冷笑を浮かべた。

「それは俺の台詞だ。俺に傷一つでも付けたければ、万単位で軍を寄越せよ。それなら俺にかすり傷一つくらいは付けられるかもしれないぞ。すぐ治るがな。」

「御大層な自信だな・・・・。」

「事実を言っている。」

「私は将軍だ。一万の軍勢を指揮する身だぞ!」

 バアルは吼えたが、クラウスの表情は全く変わらなかった。

「お前が一万の兵を率いるだと?上司が糞だと、部下も哀れだな。」

「な、な・・・っ!?」

 顔を真っ赤にしたバアルに、彼の配下達は流石に堪えたが、衛士隊の面々は必死で笑いを押し殺すしかなかった。その通りだからだ。

 怒りに任せて、バアルが部下達にクラウスへの報復を命じようとした瞬間、クラウスの姿はその場から消えていた。そして、数多の部下達に囲まれ守られているはずのバアルの眼前に居た。

 極限まで冷え切った漆黒の瞳に見据えられ、バアルは指一本動かすことも出来ず、無造作に胸倉を掴まれて、軽々と持ち上げられた。

「バアル様!」

 慌てふためいたバアルの部下達は、だが剣に手を掛ける間もなく、全員が腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。クラウスは彼らに何もしていない。視線すら向けていない。だが凄まじい覇気が、一瞬にして彼らの戦意を挫いた。がたがたと蒼白になって震え、次々にクラウスに向けてひれ伏した。

 気配一つで、五十人の兵士をただの道端の石同然にしたクラウスは、蒼白になっているバアルに冷然と笑った。

「俺は人間が無知であるのは、承知している。責める気も無い。数十年程度しか生きられない種族に、全ての知識を伝え続けるのは無理だ。それが、別の種族の事であれば、猶更だからな。」

 淡々とした彼の声は、だが不思議と良く通った。

「ただ、これだけは覚えておくことだ。銀の髪を持つ、神の血を引く者は、下級神などの子ではない。下級神など足元にも及ばない、神族でも一握りの上級神や、その更に格上の至高神の御子だ。」

 古の時代、神々は今よりもずっと人の世界に溶け込んでいた。人と交わり、子を成し、神の血を引く子等は神術を扱うようになった。ファルス神王国の衛士隊の起源でもある。その中で極稀に銀髪の子等がいたということは、今も伝わっている。ただ、正しい伝わり方ではなかった。

「古の時代にも、神族の血を引く、銀髪の者が居たはずだ。」

 クラウスの言葉に、最早バアルは声も出なかったが、戸惑いつつもレティシアは頷いた。

「確かに・・・稀に居たとは聞いたが・・・皆、産まれてすぐに死んでしまったから・・・とても弱いと・・・。」

 言っていて、レティシアは息を呑んだ。クラウスが優しい笑みを零した。

「そうだろうな。親である上級神の力は遥かに強大だ。親の力を子が受け継ぐとは限らないが、仮にそうなった時には体質すら変えて、髪色までも稀有な色になる。人と神の赤子の身体で、受け止めきれるものではない。子の成長のため、その力を抑えれば、その分不安定になる。成人まで育つかどうかは、子自身の力だ。奇跡でしかない。」

 レティシア自身、ゼウスに力を吸収して貰って何とか生き抜いてきたのだ。言葉を喪ったレティシアの、銀色の髪が風で流れ美しく輝く。周囲の衛士隊の人々は、息を呑み、レティシアを見つめ、そして圧倒的な力を誇るクラウスを、畏怖の表情で見た。

 

 彼らはようやく、本能的に、この男が自分達とは違う生き物だという事に気付いた。

 

 クラウスは再びバアルへと視線を戻した。冷然とした、情けの一切も無い眼だった。

「神の子を孕んだ母親も、相応の覚悟を持って産む。それを・・・下級神などの手慰み者だと?馬鹿も大概にしろ。レティシアの母親は、至高神に愛され、子を育み産んだ稀有な女だ!」

 初めて、クラウスが吼えた。殺すなとレティシアが言うから、彼は殺意を堪えた。だが、彼女を傷つけた男への激怒が、再び嬲ろうとしてくる男が、クラウスには許せなかった。

 堪え切れない感情が爆発したように、彼の背から漆黒の雄々しい翼が露になった。

 レティシアの瞳から、涙が零れ落ちた。クラウスが自分と、母親の名誉を護ってくれたことが有り難くて、ただただ、彼の激しさの中にある優しさが嬉しくて。彼に相応しい逞しい翼に見惚れながら、レティシアは顔を綻ばせた。

 衛士隊は度肝を抜かれた。薄々察し始めていた事だった。だが《神の証》と呼ばれる翼を見つめ、茫然自失となって、誰も彼も言葉がない。

 

 この男は、クラウスは、神の一族だ。


 古の時代に人と混ざったという伝説の一族。時として人の世界に今も紛れ込んでいると言う御伽噺。だが、今実際に、神は、目の前に居た。そして、神の子であるというレティシアへの度重なる侮辱に、怒り狂っていた。

 その神の怒りを一身に買っているであろうバアルに、全員の視線が行き、誰もが思った。

 この男は、終わりだ。神がお怒りになり、その地位をはく奪すると言ったのだから。

 バアルもようやく己の運命を悟ったのか、蒼白だった顔色が土気色になっていたが、もう遅かった。

 漆黒の瞳がすうっと細められた瞬間、短い悲鳴を漏らし、身体中の力が抜けた。クラウスが手を離すと、まるで壊れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。

 静まり返って誰も動けなかったが、レティシアだけは違った。涙を拭って、慌ててクラウスの元に駆け寄る。バアルは息はしていたが、白目を剥いており、以前よりも更に酷い顔だった。

「生きて・・・るんだよな?」

「殺せと言うなら、今直ぐにでも血祭りにあげてやるが?」

「い、いや、そこまでしなくて良い。」

「意識が戻ったら、自分から職務を降りると言うだろうよ。領地にでも引っ込んで、大人しく余生を送ればいい。それしか生きる術は無いと教えてやっただけだ。」

「どうやって?」

「ベッドの中で幾らでも教えてやる。」

「クラウス!」

 真っ赤になったレティシアに、彼はくすくすと笑って、彼女を抱き寄せた。そして、茫然としている衛士隊の面々に艶然と笑い、

「レティシアは神と人の娘であり、俺達の一族が貰い受けた。二度と人に渡す気はない。」

と宣告すると、大きな漆黒の翼を羽ばたかせて、レティシアを腕に抱き、いずこかへと飛び去って行った。

 その場に立ち会った人々は、終生その光景を忘れることは無かったと言う。

 

 数日後、バアル将軍は、自ら退役を申し出て、自領に戻ったきり、二度と王都の地を踏むことは無かった。大勢の部下を従え傲慢な態度ばかりであった彼は、すっかり人が変わった。かつては殴ったり怒鳴りつけてばかりいた使用人たちにも寛大になり、年を重ねても、物静で穏やかな老人だった。 

 そして決して敬虔な信者でなかったはずの彼は、毎日神への祈りを欠かさなくなった。

 バアルが神が寵愛した娘への侮言から怒りを買ったという逸話は領内で、そしてやがて高齢になって、病を得た彼の死に際が穏やかなものであったとき、人々は神の慈悲が下されたのだと、安堵した。


『人界編』終了となります。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

『神界編』で、レティシアの人生は更に(クラウスの所為で)波乱万丈なものへと続きます。長く生きている神々は実は大変独特で、価値観も滅茶苦茶です。引き続き、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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