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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
33/67

指輪の意味。

 翌日の朝、レティシアが手荷物を纏めていると、戻って来てからふらりと出て行ったクラウスがやって来た。

 彼は片手で軽々と十九冊の本を持っていた。保管庫から運んできてくれたらしい。

「持っていくだろう?」

「うん、母様の形見の品だ。」

 クラウスは少し思案すると、短い詠唱を行った。見る見るうちに本は形を変えて、小さな銀色に輝く指輪へと変わった。以前はペンダントにしてくれたが、今回は趣向を変えたらしい。

「これで持ち運びしやすいだろう。」

 手渡してくれた指輪に目を落とし、レティシアは顔を綻ばせて頷いた。

「ありがとう。これなら、無くさずに済む。」

 レティシアは貰った指輪を、左の薬指に通そうとした。右手は利き手であるから、あまり傷ついても困る程度にしか思っていなかったが、クラウスがその手を止めた。

「・・・・何故そこに嵌める?」

「おかしいかな?右手は利き手だから、傷がつきにくい方を選んだつもりなんだが。」

「・・・・・・・・。俺の術式が掛かっているから、そう簡単に傷はつかない。付いたとしても、修復してやるから、嵌めるなら右にしろ。左のその指に嵌める指輪は、俺が見繕って贈るから、空けておけよ。」

 随分真剣な口調でクラウスが言うので、レティシアは驚きつつも頷いた。

「それなら右手でも良いが・・・クラウス、別に左手に指輪をわざわざ作ってくれなくて良い。要らないよ。」

「なに?」

 柳眉を潜め、明らかに不機嫌になったクラウスに、レティシアは目を瞬く。そんなに悪い事を言っただろうか。

「いや・・・別に私は普段からあまり装飾品は身に着けない方だし、勿体無いだろう?」

「・・・・・・この国に、指輪を贈る習慣は無いのか?」

「習慣と言うか、単に贈り物として渡す事はあるんじゃないかな。ネックレスとか、指輪とか、そういものが好きな女性は沢山いるし、恋人から貰ったと嬉しそうにしていた子達も良く見たからな。」

 そこまで聞いてクラウスは機嫌を治したらしく、肩を竦めた。

「成る程・・・文化の違いか。」

「神族はそれに何か意味があるのか?」

「ある。左手の薬指に指輪がある女に手を出した奴は、指輪を贈った男がそいつを殺していいと言うのが神族の常識だ。」

「なんて物騒な・・・冗談だろう?」

「いいや。母上の指にもあっただろう。今、神界であの女に手を出せる奴は居ない。俺の父親が瞬殺するぞ。」

 神界と言うのは、何とも強烈な一族だと、つい他人事のように思ってしまった。そう言えば、自分の母親も左手の薬指に、いつも指輪をしていた。誰から貰ったのかは言わなかったが、時々嬉しそうに撫ぜていた記憶があった。

「神族にとって、指輪の意味は大きいんだな。」

「・・・そうだな。まあ、お前が指輪をしようがしまいが、お前に手を出した奴は俺が殺すが。」

 朝から物騒な空気を放った男に、レティシアは目を丸くした。


 レティシアはクラウスと共に宿営地に赴くと、集まってくれた同僚たちや上官に、丁寧に脱隊の挨拶をした。

「幸せになってね、レティシア。」

と真摯に言ってくれる同僚も居れば、半分真顔で、

「あんな美形で強い男なんて、滅多にいないんだから、しっかり捕まえておかなきゃだめよ。」

と力説する同僚も居て、レティシアは苦笑いするしかない。

 ここまで来ると、流石に上官たちも諦めざるを得なかったのか、餞の言葉を贈ってくれたが、それでも最後までクラウスに、

「いつでも戻って来てくれて構わないんだぞ。」

と泣きついている。一方、クラウスは醒めたものだ。

「俺は戻らない方が良いと思うが。」

「そんな事は無い!君の剣技と言い、神術と言い、素晴らしいものがある!国軍の大きな戦力になる。」

 何なら今すぐにでもと言わんばかりの彼らに、クラウスは冷笑した。

「生憎、俺は故郷では戦力に数えられたことは無いぞ。」

「な、なんと・・・!?」

 見る目が無いと上官たちは思ったが、クラウスの漆黒の瞳に冷ややかに見返されただけで、全員ぞくりと背筋が冷えた。

「俺を戦場に出すと、敵も味方も危険なんだそうだ。」

「・・・・み、味方も・・・・?」

「そんな男が、規律を求められる軍隊などに長居できるはずが無いだろう。」

 クラウスは淡々と告げる。それは未練がましい上官たちをかわそうとしている訳でもなく、事実を伝えているだけだという事が、流石に彼らにも分かる。軒並み顔を引き攣らせた彼らだが、レティシアがやって来ると途端に彼の表情が優しい笑みに豹変する様に、目を丸くする。

 レティシアは何故か蒼褪めている上官たちに不思議そうにして、クラウスを見上げた。

「どうかしたのか?」

「いいや。喜んで俺を解雇してくれるそうだ。」

 澄ました顔で答えるクラウスに、上官達は軒並み引き攣った顔で頷くしかなくなっていた。困惑していたレティシアであったが、こちらに向かって闊歩してくる男に気付き、顔を顰めた。


フェリス神王国には、結婚指輪の概念はありませんが、神族には存在します。

クラウスが拘るのは、その為です。


次話で『人界編』終了です。

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