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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
32/67

出立前夜。

 ゼウスが神界へと去るのを見送ったレティシアは、その足で衛士隊に向かった。王城はまさにまだ大混乱であったが、衛士隊は直接巻き込まれなかった事もあって、まだ落ち着いた風情を保っていた。

 王城に行ったきり戻ってこなかった二人が、何事も無かったようにやって来たのを見て、上官たちは安堵したが、クラウスが彼らの眼前に突き出した一枚の紙を見て、彼らは絶叫した。

 レティシアとクラウスの脱隊を認めると言う、皇太子直筆の書簡であったからだ。いくら言葉を尽くそうとも、皇太子の直接の命令ともなれば、彼らももう止められない。

「王城に行かせるのではなかった。」

と彼らは口々に嘆いたが、もう遅かった。


 さりとて、三年務めた衛士隊を、いくら皇太子の許しを得たと言っても、即座に辞められるわけはない。レティシアは有能な神術士でもあったので、その後、半月ほどかけて業務時間を目一杯使い、さらに深夜まで残業もして、引き継ぎ業務に当たった。あまりに根詰めている彼女に、衛士隊の人々は身体を壊さないか心配してくれたが、レティシアは大丈夫だと答えた。

 迷惑をかけているのは自分の方であるし、本当に疲れないのだ。自室に戻って、一晩中仕事をしていても、全く日中眠くもならない。神族の身体になった事で、体力が人間とは比べ物にならないほどに変わった実感を、こんな所でしたものだった。

 一方、新米のクラウスは特にやる事はない。むしろ、不満であった。何しろ自室に戻ってまで仕事をするレティシアがちっとも彼に可愛がらせてくれないのだ。だが、早く出て行かせようとしているのは己であるし、全て終われば、何も妨げは無いと思い直し、レティシアを手伝った。

 そして、レティシアで無ければ難しく、彼が手持無沙汰になってしまった時は、上官たちの依頼を引き受けた。すなわち、衛士隊の隊員達を鍛える事である。クラウスはレティシアには甘いが、他人には基本的に厳しい。それが彼女に懸想していた男どもなら猶更である。

 その結果。

「早く、出て行ってくれえ・・・!」

「辞めるんだろう!?早くしようか!な!」

と、軒並み衛士隊の男達から悲鳴を浴び、だがその結果隊員達の術のキレが格段に上がったのを見た上官たちは、心底嘆息して、

「惜しい・・・本当に惜しい・・・。」

「どうして皇太子殿下はこれ程の男を辞めさせてしまわれるのか。」

と、部下達とは真逆の嘆きをしたものである。


 そんな日々が半月ほど経ち、引き継ぎ業務を終えたレティシアが、隊を去る日を翌日に迎えることになった。

 最後の仕事を終えて、隊士専用の大浴場で風呂に入ってから、自室に戻ると、当然のようにクラウスがソファーに座って本を捲っているので、レティシアはつい笑ってしまった。夜通し仕事をしているレティシアを手伝ってくれていたので、彼は結局自室を碌に使っていない。相部屋にした方が良かったようなものである。

「何を読んでいるんだ?」

「お前が衛士隊に寄贈した神術書だよ。読み返してみたんだが、興味深いな。これは持っていくのか?」

「そうだな。母の形見だと話していたせいか、上官たちが模写を取ってあるから、持って行っていいと言ってくれた。」 

「それなら、明日の朝にでも手軽に持ち歩けるように術を掛けてやる。」

 そう言ってクラウスは本を閉じてテーブルに置くと、荷物を纏め始めたレティシアの元に歩み寄り、まだ湿った銀髪を一房取ると、軽くキスを落とした。

「だが、遅かったな。幾ら長風呂が好きでも、程ほどにしろよ。」

「・・・・・・・人が掃けるのを待ったんだ。」

「何故。」

「見られたら、恥ずかしいからだ!」

 クラウスが付けたキスの跡が、首元にくっきりと残っている。半月ほど忙殺されて、それどころでは無かったのだが、クラウスは隙を見てはちょっかいを掛けてくるので、彼の独占欲の証は消えた事が無い。

 レティシアは抗議したが、クラウスはにやりと笑い、彼女を抱き上げた。

「じゃあ、もっと付けてやる。」

「待て、待て、待て!」

 慌てふためくレティシアの身体は軽々と運ばれて、一人寝用の手狭なベッドに降ろされた。クラウスがレティシアの上に乗りかぶされば、ベッドがぎしりと音を立てる。

「全部片付いたはずだ。・・・まさか、今夜もお預け何て言うんじゃないだろうな?・・・・いい加減にしないと、抱き潰すぞ。」

 既に散々彼の誘いを断っているレティシアは、これ以上は何だか不味いというのを本能的に察知したが、だからと言って頷けない。宿舎の建物は古く、壁が薄い。

 その為、隣の部屋の鼾が良く聞こえてきたほどなのだ。今は左隣の隣室はクラウスが使っている(?)から無人であるが、右隣はそうではない。同僚の女性二人の部屋で、しかもまだ起きているらしく、楽し気におしゃべりに興じている声が聞こえる。

「クラウス、こ、ここは軍営地だ。」

「知ってる。それがどうした?お前を監視していた忌々しい《眼》は潰したし、仮に同じような連中が今来ても、俺の邪魔にはならん。」

 人の身であるから警戒せざるを得なかったが、圧倒的な武を持つ神族に戻った今、外敵を気にする彼ではない。

 さっさと上着を脱ごうとする彼に、レティシアは真っ赤になって抗議した。

「クラウス!」

「お前が誰のモノか、思い出させてやる。」

 漆黒の瞳が、酷く熱を孕んでいたが、同時に冷徹に光って、彼が何やらご立腹であることに気付く。

「ええと・・・何か怒らせただろうか。」

「・・・・・・。まず半月、お前に触れてない。」

 レティシアは視線を泳がせる。だがその逃避を許さないとばかりに、顎を掴まれ、視線を合わせられる。

「だが、お前の残務もあったし、除隊を急かしたのは俺だから、まだそれは許せる。後でまとめて返して貰えばいいからな。」

「待て!貯めている訳ではないぞ!?」

 レティシアの抗議を、彼は当然のように無視して、更に唸るように言った。

「もう一つ。他所の男に求婚なんてされてんじゃねえよ。」

 今度は貪るようにキスを奪われて、レティシアはようやく皇太子の一件をまだ怒っていたらしいと気付くが、それにしてもそこまで怒らなくてもと思う。

「私は丁重に断ったんだぞ・・・それに、皇太子殿下は実直で、とても良い方だ。その後も私への態度は変わらなかったし、幸せになれと言って下さったんだ。」

 レティシアは王妃になど自分は向いていないと思う。それに、たとえ彼が皇太子で無くても、レティシアの想いは同じだったに違いない。クラウスと言う男だけが、レティシアのありとあらゆる感情を揺さぶり、身体を虜にし、共に生きたいと思える存在だと言うのに。

 レティシアは苦笑したが、殺気だった漆黒の瞳に見据えられて、目を丸くする。

「今、怒るところか?」

「他の男を誉めるな。」

「子供か!」

 思わず突っ込みを入れてしまったレティシアに、クラウスは舌打ちを漏らしながら、彼女の額にキスを落とす。

「ああ。俺はまだ子供だ。それどころか赤子だ。」

「な、なに?」

 こんな巨大な赤ん坊が居て溜まるかとレティシアは思ったが、クラウスは真面目腐って、

「俺は産まれてまだ二十五年程度しか経っていない。」

「ええと・・・じゃあ、二十五歳なんだな。」

 何だ、五つ差だったのかと、素直にレティシアは感心したが、それは人間的な感覚である。

「万単位の年月を生きる神族にしてみれば、赤子同然だ。お陰で未だに俺の両親は過保護だろ?俺の気配が消えたらすっ飛んでくるくらいだからな。まあ二十を超えた頃には身体の成長も老いも、格段に遅くなる上、神力を十分に扱える身体になるから、その辺を越えると成人と見なされるんだが。」

 あくまで長い年月を生きる神々にしてみれば、まだまだヒヨッコという目で見られるのだろうが、果たしてクラウスという男にそんな概念が通じるのだろうか、とレティシアは何となく思った。ただ、その疑念が全く間違っていない事を、彼女は知らない。

 クラウスは喉を鳴らし、

「分かったか?俺は子供なんだ、少しくらいの我が儘は許せよ。」

 彼の欲情した目に気付いたレティシアは赤くなり、青くなった。この男は、やる気だ。

「こっ、子供がこんな事をするものか!」

「神族は十五にもなれば女に手を出す。」

 身体的成長は止まるが、精神的な成長は極めて速い一族らしい。レティシアは神族の常識であり、人間の非常識を目の当たりにして、呻くしかない。

 だが、クラウスは気に障った様子もなく、レティシアを見下ろした。

「さて・・・俺を鎮めてくれるだろうな?」

 ぺろりと唇を舐め、獰猛な目で獲物を見据えるクラウスの欲情した声に、レティシアは耳まで真っ赤になった。これは、逃れられない。逃げた所で無駄なやつだということを、彼女は経験上知っている。

「・・・聞かれるのは、嫌だ。」

 半泣きで訴える。本気で彼女が嫌がりそうな空気を敏感に感じ取った、クラウスは短い詠唱をした。すると、隣の部屋から聞こえていた同僚の女性達の甲高い声が、何も聞こえなくなった。廊下を誰かが通る音も、物音ひとつしなかった。

「確かに、俺だけが知ってるお前の可愛い声を、他人に聞かせる訳にはいかないな。この部屋に出入りする音は全て隔絶した」

「・・・・うん、ありがとう。」

 礼を言いつつも、それよりもこんな所で止めて欲しいと思うのが、正直な所であるが、それを言うと、術式を解かれる可能性すらあって、レティシアは涙を呑んで諦めた。

 ただ、クラウスの悋気を、甘く見ていたと、即座に思い知ることになる。

「だが、あの皇子がやって来たら、話は別だ。見せつけてやる。」

「な、なに言って・・・っ!?」

 もう夜であるし、幾らなんでも一兵士に過ぎない自分の所に、皇太子が直々に来るはずがないと分かってはいたが、レティシアはクラウスの声音に本気を感じ取って慌てた。

「いい加減奴も諦めるだろ。どう見ても未練たらたらだった。」

「冗談だ・・・よね。」 

 クラウスは意味深な笑みを浮かべた。

「さあな。」

神族になってしまったレティシアは、碌に睡眠もいりません。

残念です。

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