クラウス、我が道を行く。
おはようございます。
主人公は夕暮れ時のお目覚めですが。
そろそろ人界編は終わります。お楽しみ頂けましたら、神界編も続けようかと存じます・・・。
レティシアが目を醒ましたのは、それから半日ほど経った後の日暮れだった。
柔らかく、心地よい温もりに、思わず顔を緩めながら、目を開ける。
豪奢な装飾が施されたベッドが視界に入り、みるみる内に意識を覚醒させて、起き上がりかけたが、瞬時に腕が伸びてきて、抱き寄せられた。
「目が覚めたか、レティシア。」
嬉しそうに額と頬にそれぞれキスを落として、最後に唇を重ねると、クラウスはようやく顔を上げて、真っ赤になっているレティシアの頬を撫ぜた。
「ええと・・・何がどうなったんだ?」
見回せば、記憶にあるマリアの館の一室とは完全に装いが違う。よくよく見てみれば、以前十日の休暇を得た時に、彼と滞在していたクラウスの拠点の寝室だと分かる。
一体なぜ自分はこんな所で呑気に寝ていたのだろうか。ゼウスとマリアの姿も無いので、一瞬夢かとさえ思った。
クラウスはベッドに寝ころぶと同時にレティシアを抱き寄せて、自身の身体の上に軽々と乗せた。
「・・・っお前、傷は・・・!?」
レティシアは慌てて目を落としたが、彼の身体に傷跡は一切なく、艶やかな肢体が眼前に広がるだけである。既に身体を洗って身綺麗にした後なのか、身に着けている衣服は新しく、汚れも一切ない。更に言うならば、シャツは前を開けていて、彼の上に乗る形になったレティシアは直に触れることになって、頬を染めた。
「問題ない。お前が俺を神族に戻してくれた瞬間に、治った。」
「あ、あの傷がか・・・?」
「神族の俺にとっては、かすり傷だと母上も言っていただろう?」
「そうか・・・・良かった。」
レティシアは安堵するとともに、今更ながらに切なくなった。
「私はそんなに力のあるお前を、人間にしてしまっていたんだな・・・。」
目を伏せる彼女に、クラウスは微笑んで、彼女の頬を撫ぜた。
「俺が決めた事だぞ。あの時死んでいても、俺は悔いは無かった。お前を護りきれない事は歯痒かったが、だからと言って神族に戻りたいとも思わなかった。お前が居ないなら、神族に戻っても意味は無い。」
「・・・クラウス・・・・。」
「お前が神族になりたくなかったのは、あの男の事だけじゃ無かったんだな。お前が翼を取り戻す時、逆に奪われた時の事が全部視えた。」
クラウスの顔が曇り、レティシアは驚いて彼を見返した。
「見えるものなのか・・・?」
「あれ程手酷い目に遭ったんだ、身体が記憶しているんだろう。母上も、ゼウスも、その時お前に触れていたから、視えていたそうだぞ。」
「そ、そうか・・・随分無様な姿を見せたな。」
レティシアは恥ずかしそうに俯いたが、クラウスに慰めるようにキスをされた。
「お前はちっとも無様なんかじゃ無かった。お前が懸命に生きてくれたからこそ、俺はこうして今お前を抱けている。むしろ、昔の記憶で、俺にはどうしようもない事だと分かっていても、あの場に行ってお前を護ってやりたかった。」
よく頑張ったなと、微笑みを浮かべてキスをされて、レティシアは潤んでしまった目を慌てて擦った。そんな彼女に、クラウスは小さくため息を漏らし、
「あの後母上から聞いたが、その時の一端を以前視せたようだな。お前と母上が隠していたのは、お前が泣いていたのは、その事か。」
「・・・そうだ。思い出したいことではなかったし、考えるだけで怖くなるから、黙っておいて貰ったんだが、あんなにお前が怒るとは思わなかったぞ。」
クラウスが怒った末にしてきたことを思い出してレティシアは真っ赤になったが、クラウスは苦い顔で、
「お前が味わった苦痛を思えば、口にするのも嫌なのはわかる。だが、少しでも匂わせてくれれば、奴らを殺してやったものを。」
「無茶を言うな。そもそも相手は神族だぞ。人間だったお前では太刀打ちできなかっただろうに。」
「レティシア。俺はお前に嘘は言わない。人間でも神族を殺す術を俺は知ってる。」
「な、なに?」
「お前の母が、神の眼を晦ませる術を残していただろう?あれに応用を利かせてやれば良い。人間であっても、俺程度の術が使える奴なら、あの程度の神族なら殺せる。だから、王城で奴らを始末すると言っただろう?」
レティシアは愕然として、目の前の男を思わず見返した。
「・・・だ、だが、お前は瀕死の重傷を負って・・・・。」
「流石に人間の身体じゃ、奴らの速度には追い付けないからな。だが、まあ一度でも俺の射程に入れば、奴らは死んでいたと思うぞ?」
状況的に、圧倒的不利に思われた。オゼを含め五人の神々も自分達の優勢を露にも疑っていなかった。だが、クラウスは違ったのだ。虚勢でも何でもなく、彼らを殺す術を持っていた。ただ、それに対して彼の身体は人間同然であり、振るう機会がなかったというだけで。実際、彼は眼晦ましの術を瞬く間に己のものとして、使いこなし、オゼ達を翻弄していた。
実際問題、クラウスは元々神族で優れた力を持っていたからこそ、人間になったとしても巧みに神術を扱った。その彼の力量を持った上で、難解な眼晦ましを習得し、更に応用を利かせることのできる人間など、今後も現れないであろうことは、レティシアも想像が付く。
ただ、人間でも神を殺せる術があると神々が知ったら、絶対的優位を感じているであろう彼らが半狂乱になる気がした。神々を絶望の淵に追いやる男が、神族だと言うのだから、世の中不思議である。
呆気に取られるレティシアに、クラウスは冷然と笑った。
「まあ、あの場で素直に俺に殺されなかった奴らが悪い。俺が人間である内に死んでいれば良いものを。」
そう言われてレティシアははっと息を呑み、慌てて周囲を見回した。
「一体あの後どうなったんだ?」
クラウスは思案顔になって、そして不安そうな恋人に、優しく事実を(一部だけ)説明した。
「丁度いいところに俺の父が来たからな。眠るお前を父に護って貰って、俺と母上とゼウスで対処した。オゼに操られていた王城の奴らは術を解いて、城に帰したぞ。野山を這いずり回らされて、多少の手傷は負っていたが、命に係わる者はいない。今頃何であんな所に居たんだろうと、皇太子ともども思っているだろうよ。今、ゼウスが王城に行って収拾を図ってる。」
「そうか・・・皆、無事だったか。すっかり巻き込んでしまったな。でも、良かった・・・。」
「それと、オゼとその配下の五人は、お前の目の前に二度と現れない。」
「・・・殺したのか・・・?」
「いいや。」
クラウスはレティシアの頬を撫ぜ、極上の笑みを浮かべ、
「消しただけだ。」
「消す、とは・・・?」
「聞きたいか。」
微笑むクラウスの眼は優しい。だが、レティシアは何だか聞いてはいけない気がした。聞かない方が良い気がした。
「ううん・・・もう現れないと言うなら、それでいい。私も翼を取り戻せたしな。お前が報いを受けさせてくれたなら、もう良い。」
「そうだな。安心しろ、今後お前に傷一つでも付けた奴は、俺が全部消し飛ばしてやる。」
レティシアは睦言だと思って頬を染めた。そうでは無い事を知る数多の人々はここにはいない。もう一度キスをされそうになったが、レティシアは我に返り、身体を起こした。
「ところで、何故ここに・・・んっ!」
逃げるなとばかりに頭を掴まれて引き寄せられ、唇を奪われた。レティシアとのキスを堪能したクラウスは、
「分かるだろう?」
蠱惑的な笑みを浮かべる彼に、レティシアは赤面する。この館で以前彼にされた事を思えば、分かりたくないが、分かってしまう。だが、藪は突くまい。
「でも、マリア様の館にいたはずだ。」
既に部屋一つを残して消し飛んでいる事をレティシアは知らない。凄惨な場と化している事を、クラウスも彼女に言う必要性を感じないから、平然ととぼけた。
「あの程度の館、お前には相応しくないからな。」
「いや、そうじゃなくて!」
「母上がお前の為に宮殿を一つ建てさせるそうだから、待っていろ。鼻歌を歌いながら、父上と一緒に帰って行ったぞ。今頃、神界で建築士を呼びつけてる頃だろ。」
「!?」
何だか恐ろしい事を聞いた気がして、レティシアはクラウスを見返した。だが、彼は実に楽しそうだ。
「神界の俺の宮殿で可愛がっても良いんだがな、折角だから、完成を待つか。」
「い、いやいや、ちょっと待て。何故いつの間にそんな話になっている・・・!?宮殿ってなんだ、宮殿って。」
神族では個人の家の事を宮殿と言うのだろうか。そうであったとしても、家一軒丸々、はいそうですかと貰うわけにもいかないだろう。
クラウスは、彼女が人間として生きてきたことを思い出したのか、少し思案して、
「そうだな・・・。この国の王城があるだろ。」
「う、うん。」
「例えれば、あれが二つ三つある位の代物じゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
何だろう。時々感じていたのだが、親子の金銭感覚が何だかおかしい気がする。
思わず突っ伏したレティシアは、だが眼前に彼の逞しい胸が迫り、頬を染める。それに気づいたクラウスの手が、するりとレティシアの背を撫でた。
びくりと反応して顔を上げると、すかさず首筋にクラウスが舌先を這わせて、舐め上げた。
「クラ・・・ウス・・・っ」
「昨夜、お前に触れてない。」
「ま、毎日するものでも無いだろう・・・っ」
一日空いたところで、その前が濃密過ぎるのだから、構わないはずだ。
「最低でも朝と夜は、欲しい。」
毎日どころではなかった。レティシアは愛撫される感覚に蕩けそうになり、半泣きになった。自分の身体はいつの間にか身綺麗にされていて、クラウスに洗われたのであろうことは想像が付く。あの十日間は、それを抗議させない。新品のドレスを着せられていたが、ドレスを止めている背中の紐が解かれて、するりと彼の指が這った。
「・・・・・っ・・・・・!」
首筋が強く吸われて、クラウスがまた跡をつけたのが分かった。治癒が早い神の身体から、付けたとたんに消えていくのを見て、クラウスが跡をぺろりと舐めた。
「俺の跡は消さなくていいんだよ。」
何かしらの術が掛けられたのか、跡がくっきりと刻まれた。しかも、結構位置が高く、服に注意しないと見えてしまいそうな場所だ。
「クラウス・・・見え、る。」
「それが?」
平然と答えながら、クラウスはもう一つ付けてしまう。そうしている間にも背中側で止められている紐は全て解かれていて、肩口からドレスが抜けそうになるのを慌てて抑えようとすると、クラウスがレティシアの下から身体を抜いて、後ろから乗りかかった。
そして露になった白い背に、顔を埋め、キスを落とす。その甘い感触に酔いそうになったが、繰り返される愛撫は優しかった。労るように撫ぜてくれる手が心地が良い。
「・・・痛かったな。本当によく頑張った。お前があんな想いをしてまで、俺と共に生きようとしてくれたことは、一生忘れない。」
レティシアは潤んでいた紫紺の瞳から一筋の涙を落とし、微笑んだ。
「クラウスが居てくれるから・・・・もう、大丈夫だ。」
「・・・レティシア・・・。」
顔を寄せられて、自然とクラウスと唇が重なる。そうして再びクラウスが落としてきた愛撫は、激しいものに変わった。
このまま奪われる事も、レティシアは受け入れるつもりだった。ただ、不意に首元からちゃりと鎖の音がして、はっと我に返った。
「ま、待って・・・。」
その声音の意味に、勘が良いクラウスはすぐに顔を顰め、
「待たない。何だ。」
と起き上がりかけたレティシアを身体で抑え込む。
「戻らなきゃ・・・・脱隊届もまだ出していないし、王城に行ったきり行方を晦ませるわけにもいかない・・・・っクラウス!」
肩口からドレスを抜こうとする彼の手を慌てて止める。
「お前は素直で可愛いが、真面目過ぎる。ゼウスが治めるとは言っていたが、王城は今頃訳が分からず大混乱だろ。これから王城に戻って来る連中もいるだろうし、一々把握できているとは思えない。後でも良いだろ。な?」
誘うように耳元で甘えられると、レティシアは決意が揺るぎそうになる。確かにそうかもしれないが、ゼウスが何時までも王城にいるとは限らない。
「今すぐじゃなきゃ、困るんだ!」
そうでも言わないと流されてしまいそうで、レティシアは懸命に言い張った。クラウスが渋い顔をして、仕方なさそうに身体を起こした。背中の紐を戻しながら、
「覚えとけよ。昨日の分と、今の分は、後できっちり返してもらうからな。」
と告げる。
レティシアは必死で聞かないふりをした。
無敵の神族に戻ったため、我が道を行き始めます。
レティシア、頑張れ。