クラウス、左遷される。
選抜試験で騎士隊の度肝を抜いたクラウスは、今度は衛士隊で数多の隊員たちを失神寸前に追い詰めた。目撃したレティシアでさえ、現実とは思えず、呆気に取られた。
クラウスは、レティシアが手渡した古文書を一瞥しただけで、
「なんだ、これか」
と言うや否や、見事にそれを発動させたのである。彼が唱えた詠唱が完璧であるのは、術を使った時に現れる紋様が古文書の絵と一切違わなかったことでも明らかだ。
「防御結界の術式だな。詠唱が無駄に長いとかで、不便で昨今使う奴なんて居ないぞ。役に立つのか?」
「な、長い⋯⋯?防御結界でこの短い詠唱なんて、普通あり得ないんですけれど⋯⋯」
「俺は無詠唱でいけるが、弱すぎるから使わない」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
レティシアは頭痛を覚え、同僚たちを見やる。今晩絶対数人は寝込むに違いなく、レティシアの上司などは年齢の割に豊かな自慢の髪が一晩で白髪になりそうな勢いだ。半ばふらつく足取りで、クラウスの元に寄って来ると、徐に口を開いた。
「君、クラウスと言ったね。神術はどこで習った」
「習うも何も、自力で習得していくものだろう?」
確かにクラウスの言う通りだ。神術の扱いは、それこそ個人の能力と素質が試される。
古来より、神術が扱えるのは、古の時代に人と交わった神の血の流れを汲む者だと言われている。実際、神を始祖だと祀る古豪の家など、優れた神術士を何人も輩出してきた。ただ、神の血を尊ぶあまり、同族内での婚姻を進めた所で、産まれた子の能力は変わらなかったと言う。
人の血が混じった時点で、既に神の力は人に扱えるだけに留まり、その後幾ら血筋を濃くしても無駄だった。その事実が判明すると、広く婚姻が行われるようになり、神の血を継ぐであろう者達がファルス神王国に多く現れる事になった。
ゆえに、神術遣いはいずれかの神の血を継いだ者ということになる。
「⋯⋯。よし、合格」
「なにが」
「君も今日から衛士隊の一員だ!」
クラウスは軽く首を傾げただけだったが、レティシアは目を見張る。
「隊長っ!?」
驚くレティシアに、上司は満面の笑みだ。
「これだけの才を見せてくれれば十分だ。騎士隊の方には私の方から伝えておくからな」
「⋯⋯まあ、俺はどっちでも良いが」
国中の若者が憧れる騎士隊を、この男は何とも思っていないらしい。レティシアは呆気に取られたが、上司にぽんと肩を叩かれて、ぎくりとした。
「という事で、新米指導を頼むぞ」
「だから、何で私が!」
「連れて来たのはお前だろう」
飄々と答えつつ、レティシアにちょっと来いと手招きして、クラウスの元から離れると、部屋の隅でこっそりと言った。
「実を言うとだな、騎士隊から手に負えないから、引き取って貰えないかと打診されていたんだ」
「どういう事です」
「試験官達を瞬殺されて、このままでは騎士隊の面子に関わると、バアル将軍が意気込んだらしくてな」
「あー⋯⋯」
それだけで、もう何が起こったか分かる。バアル将軍は子爵家の御曹司で、神術遣いも多く出している。ただ、本人の神術の腕はからきしで、騎士隊に入った訳であるが、評判は大変よろしくない。子爵家の跡取りともあって、武芸の方はそれなりに腕がたつが、反面、目立ちたがり屋で威張り散らすのだ。
皇太子は自分よりも優れた武人を認めて純粋に喜ぶ人だが、バアル将軍は許せない質である。これまでにも新人が有能な将兵と見るや、まだ未熟な内に叩きのめし、自身の手下に置いてしまう。
面子に関わると言いながら、いつもの悪癖を出したのだろう。ただ、その収集癖のせいで、バアル将軍の周囲の兵は勇猛な将兵が多く、バアル将軍に忠実だが、上官の影響もあるのか随分卑怯な手も使う。
「いつも通り、色々やったらしいぞ。集団で襲い掛かるとか、不意打ちとか」
「⋯⋯どうなりました」
「うん。全員一週間再起不能になったらしい。試験の時は、まだ手加減していたんだろうなあ。三日で起き上がれる者がいたそうだからなあ⋯⋯」
どこか遠い目で語る上司は、更に嘆いた。
「ちなみにバアル将軍は半月経っても起き上がれん。一応骨は折れて無いらしいんだが」
「どうりで最近静かだと思いました。もうしばらく寝込んでいれば良いのです」
レティシアにしてみれば、清々する。バアル将軍は、騎士隊で威張るだけでは足りないのか、度々衛士隊にやって来ては、『我が騎士隊が護ってやらねば、君達は戦場にも立てないな』と嘲っていくのだ。煩い男である。
「⋯⋯いや、だからそう言う事を言うな。恐ろしい奴だな」
騎士隊としてもバアルのやり方が不味かったとはいえ、子爵家の御曹司である。苦渋の末、衛士隊に引き取って貰う事にしたのだ。
騎士隊に入隊を志願する程だから、神術は扱えないだろう。衛士隊は才覚が無い者は、冷や飯を食う定めであるから、左遷するには丁度良い。優れた武芸は惜しみあるものであるし、国軍として放逐するのは損害だ。また、そんな事が、彼の武芸に関心を寄せている皇太子の耳にでも入ろうものなら、叱責は避けられない。
頃合いを見計らって戻すから、しばらく預かってくれという事らしい。
「という訳で、頼むよ」
にっこりと笑った上官に、レティシアは顔を引き攣らせた。
「これも上官命令、ですか」
「勿論だ」
交換条件で、この上官を騎士隊に左遷したらどうだろうかと、レティシアは真剣に思った。