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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
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神に恋して、人を辞める。

 マリアとゼウスは不意に視線を外に向け、渋い表情を浮かべた。

「来たわね。」

「・・・早いな。奴ら死に物狂いだぞ。」

「わざわざ足の遅い人間を連れてきている事が、嫌味ね。」

 クラウスは彼らの言わんとすることが分かった。至高神であるマリアの気配は極めて強く、術式を使うと猶更だ。だが、追手は神々だけではあるまい。レティシアの身動きを封じるために、王城の人間たちを使っているはずだ。それは三人の神々にとって最も効果のある事だと、オゼは見抜いている。

 そして、その事実をレティシアも自覚した。

「・・・マリア様、二人を少しでも遠くに逃がしてください。」

「・・・・・何を言っているの?」

 顔を強張らせたマリアに、レティシアは小さく微笑んだ。

「王城の皆を、解放してあげなくてはいけないから。」

 彼らが質とされ、駒にされているのは、自分がいるからだとレティシアも分かっている。ならば、解放される手段は一つだ。

 強張っていたマリアの顔が、怒気に染まった。

「貴女、囮になるつもり?奴らが貴女をどんな目に遭わせるか、分かっていて言っているの?」

「・・・想像はつきます。」

 レティシアは淡く笑った。その紫紺の瞳が不気味なほどに静かなのを見て、マリアは息を呑む。覚悟、とはまた違うような気がしたからだ。

 ゼウスが初めて顔の色を変え、

「お前は甘い。オゼは我が側近の中でも、最も残虐な者だぞ。」

「そうですか。」

「レティシア!」

「でも、こうするのが、一番です。」

 二人の神々は絶句した。確かにレティシアが死ねば、ゼウスもマリアも、そしてクラウスもここに留まる理由は無くなる。ゼウスは今まで通り神界に身を潜め、母が施した術が解けるのを待てばいい。

 そして、クラウスも。

 レティシアは、黙って自分を見返しているクラウスに、視線を戻した。顔色は蒼白で、額にびっしりと汗を滲ませ、流石に苦痛を隠せなくなってきたクラウスの眼が、鋭さを取り戻していた。

 だが、レティシアが口を開く前に、逞しい腕が抱き寄せて、そして彼は長い詠唱を始めた。今は少しでも身体を動かすだけでも負担になるはずだというのに、荒い息を抑えながら、クラウスは言葉を紡ぐ。

「・・・・っなにを・・・・クラウス!?」

 レティシアは制止したし、マリアもゼウスも蒼白になったが、クラウスの鬼気迫る覇気に、言葉が続かない。そうして、彼が詠唱を終えるとともに、激しく咳き込み、血反吐を吐き捨てた。

 愕然としているレティシアに、クラウスは微笑んで見せた。

「当分・・・奴らからは俺達は視えねえよ。」

「・・・・眼晦ましの術を・・・使ったのか?」

「ああ。時間をくれと言っただろう・・・?これで、もうしばらく持つ。だから、頭を冷やせ、レティシア。」

 レティシアの溢れ出た涙をクラウスは拭い、軽く彼女の唇を摘まんだ。

「誰もお前を責める奴なんて居ない。」

「・・・・・・・・・・・・」

「ゼウスが、後生大事にお前の力を封じ込めているのも・・・お前の母が、お前を護り通す道を選んだのも・・・俺が、人として生きる道を進んだのも・・・全部、己の決めた事だ。嫌ならとうに、誰も彼も止めている。」

 自分を紫紺の瞳が見返してくれることが、クラウスには嬉しい。レティシアの些細な行動のどれもが、彼にとって愛おしかった。

「俺は、お前を愛して良かった。こんなに、生きていて楽しいと思えたことは無い。」

「・・・クラウス・・・。」

「自覚しろ。お前が愛しいから、俺達は必死でお前を護るんだ。お前と共に生きたいと思うんだ。」

「・・・・・・・・・・・。」

「人として生きたことに、俺は悔いは無い。」

 最後に告げられた言葉に、レティシアは息を呑み、そしてマリアが巻いた彼の上半身が真っ赤に染まり切っている事に気付いた。出血が止まっていないのだ。それは、人にとって致命的な傷であることは、軍人であるレティシアにも分かる。

 思わずマリアを見返せば、彼女は沈痛な面持ちをしながらも、優しく、そして寂しそうに微笑んで、首を横に振った。

「もう、動かさない方が良いわ。」

「そん、な・・・・。」

「この子が眼晦ましの術を使ったのは驚きだけれど・・・お陰で追手は見失ったようね。離れて行ったわ。だから・・・息子を看取ってあげて。貴女を愛した息子を、わたくしは誇りに思う。」

 レティシアの震える身体を抱き締めるクラウスの腕は、徐々に力を喪っている。彼が命を落とすのは時間の問題だった。

 頭が真っ白になる。母を看取った時と、彼の最期の時が重なった。命を終えていく母の手を握りしめ、泣きじゃくるレティシアに、母は優しく微笑んで、告げた。


「・・・これから貴女には二つの道がある。人として生きるか、神として生きるか。いつか、選択を迫られるでしょう。」


 大嫌いな父親のような神族になどならないときっぱりと言ったレティシアに、母は少し困ったように笑って、だが肯定も否定もしなかった。


「貴女が信じた道を行きなさい。それが誤っていると思ったら、正せば良いの。大丈夫よ、貴女は素直で優しい子だから・・・きっと、道は拓けるわ。」


 レティシアの紫紺の瞳から、止めどなく溢れ出ていた涙が止まった。そうして、自分を抱き締めている彼の腕に光る、封印の腕輪に目を落とした。

「・・・・・マリア様、神族であれば・・・クラウスの命は繋ぎ留められますか?」

「え?・・・ええ、そうね。クラウスなら、かすり傷でしょうね。」

 困惑した顔で答えたマリアは、彼女の視線を追って腕輪に気付き、表情がみるみる内に明るくなった。

「レティシア、息子の封印を解いてくれるの?」

 こくりと頷いたレティシアに、マリアが歓喜の声を上げる前に、クラウスの鋭い声が制止した。

「断る。」

「この馬鹿息子!」

 マリアの怒号をクラウスは無視して、マリアを見返していたレティシアの顎を引いて自分に視線を戻させた。

「・・・たとえ、長く生きられても、お前が俺の傍に居ないなら、意味がねえよ。」

 だから、良いんだ。

 そう優しく告げてくれるクラウスに、レティシアの心はもう決まっていた。

「私もだ。たとえ、神族になったとしても、クラウスが居てくれないんだったら、何も意味がない。」

「・・・レティシア・・・・?」

 驚きに軽く目を見開いたクラウスに、レティシアは泣き笑いの顔を浮かべた。

 もう怖くはなかった。

 神族になる道を選ぼうとしなかったのは、父親への嫌悪だけでは無かった。自分の勇気が足りなかっただけだ。未知の一族に加わる不安もあった。

 だが、その全てを越えてでも、得難いものがあった。

 レティシアは、静かに見返していたゼウスを見やった。

「私の力を返してくれる・・・?」

「・・・・・・。確かに、お前はもう赤子ではない。完全な神体になれば、力を扱うのに十分だろう。だが、良いのか?」

「クラウスは私を愛してくれた。だから、私も全力で彼に応える。」

 ゼウスは小さく頷いて、レティシアの前に屈んだ。それだけで緊張に顔を強張らせたレティシアの小さな異変に、クラウスが気づいた。

「・・・っ待て・・・レティ、シア・・・。」

「大丈夫・・・頑張るから・・・待っていて。」

 震えそうになる両手を、レティシアはぎゅうっと握った。

 それを見て、マリアも動いた。

「手伝うわ。レティシアの母が《鍵》であったのなら、もう解けかけているでしょう?」

 本来は《鍵》本人でなくては外せないそれは、だが《鍵》を掛けたものが死んだ場合、徐々に効力を喪う。まだ微弱な綻びに過ぎないが、マリアのような至高神であれば力業で外せる。

「・・・すまんな。」

「でも壊さないわ。外すだけ。貴女の奥様の形見ですもの。」

 マリアがゼウスの傍らに立つと、首環に触れて詠唱を始めた。それと同時にゼウスの大きな手がレティシアの頭を包むように乗せられ、長い詠唱が唱えられる。徐々に身体を満たしていく感覚は、身体の隅々まで変えていくような、凄まじい力を感じたが、不快では無かった。

 クラウスも、始まってしまった以上、途中で止めるのは危険だと分かっているから、口を噤むしかない。自身の傷の痛みさえ忘れたように、レティシアの身体を抱き締め、励ました。

 マリアとゼウスの詠唱が終わるのはほぼ同時であり、最初に変化を遂げたのはゼウスだった。彼の首から環が外れると同時に神々しい光を放ったかと思うと、次の瞬間には彼の身体の至る場所に刻まれていた傷跡も消え、砕けていた腕も何事も無いように動いた。

「・・・・っあ・・・・・!」

 そして、レティシアの身体がびくりと跳ねた。

 身体に神としての力が宿ったがために、翼への封印が猛反発し始めたのだ。

 すかさず、クラウスが彼女を抱き寄せると、背に手を回し、彼が《鍵》をした彼女の封印を解き始めた。彼の傷を案じて、懸命に堪えるレティシアに、クラウスは唸るように言った。

「・・・・っ構わん、俺にしがみついてろ。大丈夫だ、すぐに終わる。」

 ゼウスもクラウスも、そう理解していた。神の力を体内に戻せた以上、レティシア自身が封じ込めた翼が開けば、彼女は完全な神族になれる。それは、痛みを伴うものではないはずだった。

 ゼウスが戻したレティシアの力も、元々は彼女のものだ。身体には負荷がかかるのは避けられないが、本来あるべき姿に戻るのだから、強い苦痛は味わわないはずだった。

 だが、《鍵》が外された瞬間、レティシアの顔色はみるみる内に蒼褪め、唇を戦慄かせた。それに真っ先に気付いたのはマリアだった。

 マリアだけは知っていた。レティシアの怯えにクラウスは止めたが、彼女は推し進めてしまったから、この行為がどれ程レティシアに勇気が必要であったか、理解していた。

 だが、力が戻り、鍵が解かれた今、最早止める術は無く、マリアは彼女の傍らに屈んで、涙が溢れる頬を撫ぜて懸命に宥めた。

「頑張って、レティシア。ここには貴女を傷つけるものなんて居ないわ。」

「どういう意味だ・・・・・っ!?レティシア!?」

 クラウスが母に詰め寄る時間はなかった。短い悲鳴を漏らして、レティシアの瞳から大粒の涙が溢れ、小刻みに震えていた身体が、何度も跳ねた。全身が硬直して、力が抜けたかと思えば震えだして、レティシアの全身が夥しい汗を流した。

 息遣いは浅く、今にも息絶えそうなほどの彼女に、ゼウスも愕然とする。

「馬鹿な・・・力は問題なく戻ったはずだ。翼の封印を解くだけで、これ程苦痛を覚えるはずが・・・・っ」

 堪らず、ゼウスは彼女の頭に触れた。原因を探ろうとしたのだ。

 そうして三人は、レティシアの身体に触れたことで、彼女が秘め続けた《過去》を見ることになった。


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