腹を割って話そう。
翌日の朝、レティシアは昨日の事もあり、何時もよりも早目に出勤した。クラウスも同行したが、彼の場合はあまり機嫌が宜しくない。朝が苦手なのではなく、不満なのだ。
衛士隊から監視の《眼》は解かれていたが、それだけ術にかかりやすい連中が居る場所で、レティシアに触れる訳にいかないからだ。
「こんな所、さっさと出るぞ。」
と、朝からレティシアをせっついて、困らせた。
だが、宿営地に行くと、既にそこには上層部の人間がごった返しており、レティシアは目を見張る。衛士隊の将官達が顔を揃え、いつもなら重役出勤してくるような面々ばかりである。彼らは自分達に気付くと、血走った目でやって来て、クラウスに詰め寄った。
「君がクラウス君だね。まあ落ち着いて話し合おうではないか。」
「我々も、非常に心苦しかったんだ。なに、別に君たちの仲を裂こうっていうんじゃない。」
「分かってくれるね。我々は、非常に君の才能を買っている!」
どうやら話を付けるならクラウスだと思っているらしく、レティシアは完全に蚊帳の外である。目を白黒させている彼女に、煩く纏わりつかれて顔を顰めていたクラウスは目線だけで、自分の事をしろと言って来た。囮になるつもりらしい。
何だか申し訳ないがありがたいので、頷いて、自身の席につこうとすると、顔見知りの少年がひょっこり姿を見せた。
「あれ、朝から何だか盛り上がっていますね」
「ううん、まあ・・・。こんな所まで、どうしたんだ?」
「何時もの通り、殿下からのお誘いですよ」
この少年は、皇太子の従僕であり、度々レティシアの元に使いにくるので、すっかり顔なじみになってしまった。
「またか。私は殿下に呼んでいただけるような者ではないと、お断りしているはずなんだけれど」
「僕に言わないで下さいよ。ヴァーゼ伯爵閣下がせめて十回に一度くらいは応じて差し上げてはと言ったら、頷いて下さったではありませんか」
ヴァーゼは皇太子の側近である。齢三十程で、若くして伯爵の地位にあった。男なのに美人だと言われてしまう程、体の線は細く、本人の口調も至ってのんびりとしたものだ。一応帯剣しているが、引き抜けば、よろけてしまうのではないかと言われる程である。ただ抜群に頭の切れる男らしく、皇太子も重宝していた。
あんまりにもレティシアが断り続けて、皇太子が凹むのを見かねて、口添えしたのだ。
「もう十回目になったか?」
「はい」
「・・・・分かった。」
レティシアは再び、クラウスの元に向かった。喧々囂々だった人々を視線一つで黙らせたクラウスに、失笑しつつ、
「皇太子殿下に呼ばれたから、ちょっと行って来る。」
「なに?あの傍迷惑な男に何の用だ。」
容赦が無いクラウスに、上層部の軍人たちは失神しそうになった。
「き、貴様!皇太子殿下に向かって何と言う口の利き方だ!」
「あの御方が人騒がせなのは重々承知しているが、それはないだろう!」
「的を射てどうする!」
と、口々に苦情申し立てがある。
大概上官たちも皇子に失礼ではと思いつつ、そこまで自由に言われるのも皇子の人柄のなせる業だともレティシアは思う。レティシアは苦笑して、
「何時ものようにお茶にでも誘って下さったんだろう。」
「あんな下手糞、放っておけ。」
一体何をもって下手だというのかレティシアには分からなかったが、クラウスは初めて彼女と出会った時の皇子の不覚をよく覚えている。
「そうはいかない。私は今はまだ軍人で、殿下は主君に当たる方だ。最低限の礼は欠きたくない。」
「・・・・だったら、俺も行く。」
「うん?」
すると、何も知らない従僕の少年が、止せばいいのに使命感と皇太子への忠誠心に駆られて、
「許可がない方は王城には入れませんよ。」
と少々偉そうに窘めてしなめてみたものだから、空気が冷えた。クラウスが冷ややかに一瞥すると、少年は真っ青になってべそを掻き初め、レティシアが呻いた。
「クラウス。子供を苛めるんじゃない。」
「待て。俺は何も言っていない。」
クラウスは顔を顰めたが、少年はと言えば既にレティシアの陰に隠れている。彼女を味方にされると、クラウスの分が悪い。
「すぐ戻るから。」
と言う彼女の言葉にようやく頷いて、上層部の軍人達をじろりと見返した。
「分かった。それまでに、この連中は始末しておく。」
洒落にならない事を言い出した恋人に、レティシアは唸り、少年を促した。
「行こう。そして早く帰って来よう。」
「は、はい・・・・」
これに大いに異論を唱えたのは、無論取り残される軍人達である。
「待ってくれ!」
「我々を見捨てる気か!?」
「始末ってなんだ、始末って。」
「落ち着け、クラウス君!腹を割って話そうではないか!」
阿鼻叫喚が響く室内を、レティシアは早々に退室した。
腹を割って話そう。
好きなフレーズです(笑)。