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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
20/67

神殺しの剣。

 マリアはくすくすと笑いつつ、

「まあ、だとしたら保管庫の書に、連中も用は無かったでしょうね。貴女が何かを隠していると思っているとか?」

「私が、ですか・・・?母から譲り受けたものと言えば、その位で・・・・。」

 レティシアは必死で記憶を辿るが、これと言って思いつかない。

「よく思い出せ。神族がお前をこれ程執拗に監視してくるのは、何か理由があるはずだ。」

「そうは言ってもなあ・・・。」

 何しろ母が死んだのは三年も前の話である。レティシアは神術士として身を立てるのに精いっぱいで、母の遺してくれた書と向き合い始めたのもここ一年程だ。

 うんうん唸っていると、クラウスが平然と言った。

「まあ、どうしても思い出せないなら、連中が尻尾を掴ませるまで、この館から出られないだけだから、それでも俺は構わないが。」

「な、なに!?休暇はあと三日で終わりだぞ!?」

「知るか、そんなもの。ここなら、余程の者じゃなきゃ、居所すら分からないだろうから、取り合えずは安全だろ。」

「い、いや。それはそうだが」

 自分の身体が壊れると、レティシアは真剣に思った。すると、マリアがにんまりと笑って、

「わたくし、この人界に館が他にも幾つかあるから、そこでも良いわよ。わたくしとずっと一緒にいましょうね。」

 無論クラウスが黙って居るはずがない。すかさず喧嘩になる両者に挟まれながら、レティシアは必死で記憶を辿った。そうして、母が病床に倒れる前、神術の修練を重ねている時に、常々言っていた事を思い出す。

「そう言えば・・・母は昔、《神殺しの剣》を作ると言っていた。」

 それを聞いたクラウスは母親との口論を止め、怪訝そうに答えた。

「随分な代物を作ろうとしたんだな。だが、現実的に無理だぞ。神族の身体は自己回復能力が凄まじく早い。人間の武器や神術では、神族の身体には傷一つ付かないだろうよ。神族同士が戦っても、下級神なんて共倒れするくらいだ。神族を殺すとしたら、その回復力を凌駕する力でねじ伏せるしかない。」

「ううん、母もそれは分かっていたのだと思う。かなりの難題だと言っていた。でも、必ず創り上げてみせるとも意気込んでいた。」

「そんなものを作ってどうする気だ。」

「あの男を殺してやりたいと思っていたんじゃないかな。」

 自分と子供を見捨てた男を、あの苛烈な母が泣き寝入りするだろうかと思うと、妙に納得できる。

「ああ、成る程。」

 その凄まじい理由に、クラウスも納得したし、マリアも強く頷いた。

「まあ、ゼウスが一度は殺してやりたい唐変木なのは確かだけれど、実在するとしたら大したものよね。」

「・・・・・・。欲しがるだろうな、下級神ならば特に。」

「ええ、格上の神を抹殺するための、絶好の道具よ。」

 レティシアは目を瞬いて、

「神が、人の作ったモノを欲しがるのか?」

「神族にも格付けがあってな。大別すれば上級神と下級神と呼ばれるが、その両者の間の力の差は比べ物にならないほど大きい。上級神同士や下級神同士が争う事があっても、この両者がぶつかる事はまずない。一瞬で勝負が決まる。上級神ならば、下級神を瞬殺して、消滅させるだろうよ。」

 完全に弱い者いじめになるので、そんな事をしても何ら益もなく、誉められるような事でもないので、滅多にしないという。

「そんなに違うのか。」

「ああ。そして、その上級神達が束になっても敵わないのが、至高神だ。実質、神界の支配者だな。その中でも特に選ばれたものが『四柱』と呼ばれる神族だ。」

「全部で四人いるのか?」

「ああ。ゼウスはその一角だ。」

 レティシアは目をまん丸にした。俄かには信じがたい。いや、クラウスが嘘を付くとも思えないのだが、

「あの色魔で、身勝手で、どうしようもない男が、神で最も地位が高い一人だと言うのか。」

「そうだ。性格や嗜好の問題じゃない。あくまで神としての力量だ。あの男を追い落とせば、四柱の座と共に、奴の領地や財なども全て手に入る。」

「あの男が地位を追われても別に私は全く困らないが・・・流石に死なれるのは目覚めが悪いな。」

 二度と会いたくないし、大っ嫌いだ。でも仮にも父親である。母の愛した人である。母はゼウスに復讐したいと思っていたかもしれないが、そう自分に言い聞かせたことも無かった。レティシアの胸中は複雑である。

 だが、クラウスは違う。

「つまりは、実在すれば、それで人間でも神を殺せるな。」

 思案気になったクラウスがにやりと笑って、更に物騒な事を言った。

「丁度良い。」

 マリアまで強く頷いた。

「そうね。今の貴方にぴったり。見つけ出すべきよ。」

 殺気立つ二人に、レティシアは目を丸くする。確かに、もしもそんなものがあれば、人同然であるクラウスでも神族へ対抗できる。

「ええと・・・誰を殺すつもりだ?」

「お前が殺せと思った奴は、誰でも。」

 平然と答えるクラウスに、レティシアは呆気に取られ、そうしなさいとばかりに強く頷いている彼の母親を見やり、

「あの・・・神族って、喧嘩早いのですか?」

「いいえ、その逆よ。力量差がはっきりしてしまっているから、滅多に挑んだりしない。だから意外に平和なのよ。平和ボケし過ぎるから、時々人の世界に降りてきては、悪戯をしたり、戦に首を突っ込んだりする者もいるのだけれど、基本的には怠惰ね。だから、むしろ挑もうとするときには、余程念入りに策を練るわ。下級神なんて力が無いから、特に陰湿な策に出る者もいる。貴女を監視しているのは、そういう連中かも知れないわね。上級神が、人の力を頼りにするとは思えない。」

 マリアは嫌悪を隠さない。畏怖を覚えるほどの高潔な女神だ。彼女自身はそうした者を忌避しているのだろう。レティシアを問い詰めた時も、彼女は最後には手を引いてくれた。脆弱な人間を責め続けるのを、彼女は良しとしなかったのだろう。

「マリア様は上級神なのですか?」

「その上の至高神になるかしら。昔は、四柱の一人でもあったのよ?でも、追い落とされちゃったわ」

 あっけらかんとした口調で言ったマリアに、レティシアは驚く。

「殺されたりしなかったのですね。」

「しないわよ。わたくしを打ち負かしてくれたのは、わたくしの夫ですもの。」

「ええ?」

「自分が勝ったら、結婚してくれっていうから、良いわよって言ったの。まあ完敗だったわ。あの人ったら、見かけも評判も優男だったくせに、ただ騒がれるのが煩いからって上級神の末席に留まっていただけだったのよ。」

 マリアも大概油断していたのだろうが、夫婦仲は今も良いと言う事は、夫を語る彼女の優しい目からしても分かる。ただ、子供の方は呆れ返っていた。

「大概物騒な夫婦だぞ。喧嘩すると洒落にならん。人界なら大陸一つくらいは吹き飛ぶんじゃないか?」

 クラウスは小さくため息を付き、呆気に取られているレティシアを見返し、

「至高神はそれだけの力がある。あえて神殺しの剣なんて求める必要が無い。可能性が高いとしたら下級神だが・・・・お前の母親はゼウスと関係があったからな。」

「それが何だと言うんだ?」

「・・・・・・・。ゼウスはな、ここ十数年、表立って出て来なかった。奴の部下達が領内を治めていたが、奴自身は自分の宮殿に引き籠って、一切出てこようとはしなかった。かなり神力を落としていたらしい。」

「衰弱・・・していたという事か?」

「ああ。四柱の地位が欲しい上級神にとっては格好の時期だ。今も恐らく本調子ではない。余程力を喪う事をしたんだろう。丁度お前の母と出会った頃だ。ゼウスの力を落とした理由とお前の母親を繋げる奴が出てもおかしくない。そうであれば、奴を追い落としたい上級神の仕業とも考えられる。」

「確かに・・・・・・母は神術の研究の第一人者だ。何かしら、神を損ねるものを生み出す可能性もある。」

 やはり母はゼウスに復讐したかったのだろうか。殺してしまいたいほどであったのだろうか。

 二人の関係がどういうものであったのか、レティシアは知らない。物心つく頃には母しかいなかったし、初めて父親と会ったのは母の死に際で、父がやって来た時には母は意識がもう無く、そのまま死んだのだ。

 レティシアは、苛烈だが、優しかった母の姿を不意に思い出した。

「・・・・神殺しの剣か。母様がそんなものを本当に作ったのかな・・・。」

「実在するかどうかは分からんモノだしな。他に何か心当たりはないのか?」

「そうだな・・・母様は、記した本は寄贈していいと言ってくれたが、一つだけ、絶対に他人の手に渡すなと言っていた本が一冊だけある。でも、一文も読めなかった。」

「難解という事か?」

「いや。何か術が掛けてあるらしくて、本自体が開かないんだ。だから中身が全く読めない。他の本と同じく、神術書だと思っていたんだが・・・それだけ人の手に渡すなと言っていたという事は、それかもしれないな。」

 意味不明なものだったため、記憶の隅に追いやられていたものだ。

「それを読み解くのが一番手っ取り早そうだ。どこにある?」

「駐屯地のわたしの机の中。」

 あっさりと言ったレティシアに、クラウスは頭痛を覚えた。

「・・・・お前な。」

「なんだ、悪いか?置き場所と言ったらそこくらいしか無かったんだ。」

 しかも開けもしない本である。母の形見だからと持ち込んだは良いが、場所に困る。他の本と雑多に置くわけにもいかない。

「まあ、それならそうなるだろうな。・・・・その本の事を知っているのは?」

「私だけだ。でも、それが狙われているんだったら、とっくに私の室内が荒らされていると思うんだが。」

「今までなかったのか。」

「そうだなぁ。一度誰かに荷物は物色されていた事があるんだが、本は全く手つかずだった。」

 仲間を疑うのは嫌だったし、無くなったものもなかったので、レティシアは事を荒立てる事もしなかったのだ。

「・・・・・。一度、俺にその本を見せてくれるか?」

「構わない。むしろ、読めるなら読んで。私にはさっぱり分からない。」

「分かった。」

 クラウスは頷いて、思案気にしているマリアを一瞥した。

「神界の方を探ってくれるか。どうもゼウスの近辺がきな臭い。」

「ええ、勿論。あの人も徹底的に調べさせると思うわ。こっちで片付くなら、始末しておくけど、構わなくて?」

「そうだな。俺は忙しいから、そうしてくれ。」

 クラウスはそう言って、レティシアをひょいと抱き上げた。

「じゃあ、中で続きだ。」

「ま、待て待て待て!なんでそうなるっお前が忙しいって・・・・っ!」

「勿論、お前を可愛がる時間が俺には足りないからだ。」

 慌てふためくレティシアだが、クラウスの腕はびくともしないらしく、あっという間に連れ去られていった。マリアは額に手を当てて、呻いた。

「・・・・本当に、親子だわ。」

 自分は家族の中で、一番寛大で、優しくて、清廉だと、マリアはそんな自負がある。

 それを神界では誰も否定しない。あくまで『家族の中では』ではあるが。


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