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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
19/67

マリア様の幻聴。

「俺に何を隠してる」

「ううん・・・まあ、そうねえ」

 珍しくマリアは分が悪い。そこに彼女の天使が目を醒ました。眠気の強い目を擦り、小さく身じろぎした彼女に気付くと、現金なもので、先程までの殺気に満ちた息子は、随分と穏やかな目で彼女を見下ろした。

「起きたか」

「・・・うん。なんだ・・・わたしは、眠ってしまった・・・・。・ちょっと待て・・クラウス。」

 意識が次第に覚醒してきたであろうレティシアの声音が変わった。頬を真っ赤にして、クラウスを睨みつける。

「お、お前という奴は・・・!散歩に連れて行ってくれると言いながら、あ、あんなことをするんじゃない!」

「何だ、足りなかったのか。そうだろうな。お前、最後までする前に失神したからな。」

「違う違う!」

 あらぬ方へ誤解されると大変だという事が、既に身に染みたレティシアは必死だったが、不穏な空気を感じてはっと我に返り、そして怒りをみなぎらせている女神にようやく気付いた。

「あ、あの・・・ごめんなさい。」

 反射的に謝ってしまう。彼女の最愛の息子に、不埒な真似をさせてしまった自分を省みたわけだが、マリアの怒りは当然ながらクラウスに向いた。

「クラウス、あなたって男は、本当に信じられないわ!レティシア、こんな野蛮な息子で本当にごめんなさいね。でも、わたくしが貴女を護ってあげますからね!」

 絶世の美女が公然と嘆く光景に、レティシアは目を白黒させるが、彼の母親の目の前で横抱きにされている格好は幾らなんでも不埒すぎる。降りようとするとクラウスが顔を顰めて抱き寄せて来た。

「お、降ろしてくれ。」

「断る。お前、裸足だろ。」

「あ。」

 久し振りに外に行きたいと言ったら、クラウスに抱き上げられた事を忘れていた。窮するレティシアの足に、突然綺麗な青い靴が現れて目を見張る。ドレスによく合う、趣味の良い靴に目を見張っていると、クラウスが余計な事をとばかりに顔を顰めて、母親を睨んだ。どうやら彼女の仕業らしい。

 マリアは艶然と微笑んで、

「貴方は散々可愛がったでしょう。お貸し。」

と半ば強引にレティシアを息子の膝の上から降ろすと、今度は自分がぎゅうぎゅうと抱き締めた。

「ああっ!これよ、この柔らかい感触!小さな身体!女の子だわ!・・・可愛い、可愛いわ!」

 歓喜の声を上げるマリアだが、豊満な胸を顔に押し付けられて、レティシアは同性だというのにどぎまぎとした。小さいと言われたのも初めてだが、長身のクラウスの母親らしく、マリアも彼より頭半分程度低い、かなりの背の高さだ。それにマリアに抱き締められると、良い香りがした。彼女の心地良いこの温もりが、レティシアは好きだった。

 そして、マリアに触れられたり慰められると、どうしてこんなに懐かしくて嬉しいのか、分かった気がした。

 彼女もまたクラウスの母親であり、そして自分をまるで実の母のように可愛がってくれようとしているからだ。

「母様・・・みたい・・・・。」

 ぽつりと漏らしたレティシアは、だが女神が固まったのを見て、困惑して顔を上げると、毅然としたマリアの目が潤んでいて、そんなに悪い事を言ったのかと思ってしまう。

 だが、マリアは感極まったように、

「聞いた!?クラウスッ!わたくしの事をお母様って言ってくれたわ!」

「言ってねえよ。欲望から来る幻聴だ。」

「お黙り!ああ、レティシア。嬉しいわ。この馬鹿息子には一生お嫁さんなんて来てくれないと思って、毎晩さめざめと泣いていたのよ!」

「嘘を付け。暴言しか聞いた覚えはない・・・おいっ!」

 黙れとばかりに、マリアの黄金の髪の切っ先が、まるで刃のようにクラウスが座っていた場所に突き刺さる。立ち上がって避けた彼の代わりに、椅子がバラバラになって砕け散った。

 跡形もなくなった椅子を見やり、だから狂暴なんだとクラウスは思う。ただ、《いつものこと》なので、特に彼も気にしない。目を白黒させているレティシアを見やり、

「お前の母親は知らないが、こんな女と同じだとはとても思えないが。」

 こんな可愛らしいレティシアを産んだ母親が、自分の『コレ』と似ているようにはとても思えないクラウスである。

「そうか・・・?私の母も、怒ると凄く怖かったぞ。」

「なに?」

「国軍の者だったと言っただろう。母は普段はとても優しくて、温和で、休みの日には庭いじりをして花の世話をするような、一見して王国の淑女のような人だった。でも敵軍を前にすると、全く容赦が無くて、母の姿を見ただけで、敵軍が逃げ惑うほどだったらしい。付いたあだ名は《地獄からの使者》だ。」

「・・・・・・・・・・。」

 レティシアは真面目である。母の事は今も大好きであるし、尊敬もしているが、現実も直視している。母の武勇伝は、衛士隊に入ってから幾つも聞いていた。誰もが見惚れる美人だったが、と誰もが前置きし、とても怖い人だったと、誰もが口を揃えたのだ。

「母は攻撃術が得意で、熱心な研究者でもあった。古の時代から伝わっている術式を解くだけでなく、そこから新しい術も生み出していた。多分、それがお前が言っていた、神々の使う《変法》なのだと思うが。」

 母と違い、レティシアは既存の術であれば使いこなせたが、母のように新しい術を生み出したり、使う事は出来なかった。それは翼の封印が不十分であったこともあるのだろうが、だとしたらただの人間であった母は、本当の天才と言うべきだろう。

 ふと、クラウスもマリアも厳しい顔をしているのに気づき、レティシアは首を傾げつつ、

「そういえば、人間には出来ないと言っていたな。」

「・・・・・ああ。俺がお前にも使えると言ったのは、あくまでお前が神の子だからだ。人間の身体には扱い切れるだけの神術に限度がある。これは才能云々ではなく、持って産まれた身体の差だ。どうしようもない。」

「でも、母は恐らくそれを為していたぞ。誰も知らない術を使っていた。そして、病で伏すようになった頃、書に記して、私に遺してくれたんだ。」

「その書は今どこにある?」

「私一人で読み解けるものでもないし、母の知識が国の役に立つのならと思って、大半は衛士隊に寄贈した。母も生前、寄贈しても良いし、私個人で使っても良いと言ってくれていたから。厳重に保管されているが、管理者である将官の許可があれば、誰でも見られるぞ?私は寄贈者だから、一々許可をとらずに自由に見させて貰っているが・・・ああ、そう言えば、ここ一年で妙に閲覧者が増えていたな。」

 寄贈した当初は母の術を習得しようと多くの衛士隊の面々が入り浸っていたが、あまりに難解すぎて諦める者が続出し、昨今ではレティシアくらいしか保管庫に来なくなっていたのだが、近ごろまたチラホラと見かけるようになっていた。

「同じ奴か。」

「いいや。何人も居たし、いつも同じじゃなかった。私が保管庫に行くと、誰かしら居たな。私は寄贈者だから、書の解読に何か手掛かりがあるんじゃないかと思うらしくて、よく話しかけられた。」

「・・・・・やはりな」

「なに?・・・いや、何をそんなに怒ってるんだ?」

 クラウスの漆黒の瞳が怜悧に光っていた。それでも十分彼が怒っているという事を察知できるようになってもいた。レティシアの手前、かなり抑えているであろう息子と異なり、母親などまた髪がうごめいている。

「本当に殺してやりたいわ。どこまで監視していたのかしら。」

「おい。」

 つい口を滑らせたマリアにクラウスは顔を顰めたが、レティシアはしっかり聞いてしまった。目を丸くして、

「監視?わたしを?」

と困惑して両者を見やる。クラウスは隠し通す事も考えたが、不安げなレティシアが余計に思い悩むよりはと、彼は母親が配下に始末させた者達の存在を伝えた。

 話を聞き終えると、流石のレティシアも顔の色を喪い、驚きを隠せずにいたが、彼女はすぐに立て直した。

「うん・・・まあ、そう言われてみると、確かにおかしいと思う事は度々あった。」

「気付いていたのか?」

「私は軍人だぞ。」

「随分可愛い軍人が居たものだよな。」

「茶化すな、クラウス!」

「茶化してない。」

 平然と答える彼にレティシアは頬が赤くなるのを何とか堪えつつ、

「見ての通り、私は背ばかり高くて、神術以外何の取り得もない女だ。そんな女に、やれ茶に付き合えだの、演劇を見に行こうだのと、誘う方がおかしい。そういう腹積もりがあったに違いない。やっぱり不審者だったか。」

「・・・・。ああ、そうだな。下心は十分にあったと思うぞ。」

 不機嫌の極みになったクラウスに、レティシアは顔を顰めつつ頷いたが、困惑は変わらない。

「だが、そこまでして、その連中は私の何を知りたかったんだろうな?危害を与えようとする様子は無かったんだろう?」

「そうだな。俺がお前の傍に居るのに、そんな迂闊な事をしてくる奴がいたら、見てみたいものだ。一族郎党皆殺しにしてやる。」

「・・・だから、そういう物騒な事を言うんじゃない。」

「俺はまだ温厚な方だ。」

 クラウスは肩を竦め、思案気になっているマリアを見返した。

「どう思う?」

「可能性として大きいのは、やっぱりレティシアの母親でしょうね。彼女が人ならざる術を扱っていたと言うのなら猶更よ。衛士隊に多くの《眼》があったのは、レティシア自身とその保管庫があったかもしれないわ。」

「だが、あそこに神族が生唾を飲み込むような書はなかったぞ。随分古い術式の変法も混じっていたから、よく研究しているとは思ったが、神族なら珍しくない範疇だ。」

 これに驚いたのはレティシアである。

「お、お前、あそこにある書を全部読んだのか?」

「ああ。初日に、お前の上官に試しに見てみろと言われていたからな」

 上官は期待の新人に冗談半分で言ったに違いなかったが、クラウスはレティシアと分かれた後、実行したらしい。保管庫にある母の遺した書は十九冊あり、しかもどれも全部辞書のように分厚いのだが、彼は一晩で読破したという。

「珍しい術式もあったから、面白いとは思ったがな。」

「・・・翌日の朝平然としていた気がするんだが・・・。」

「一晩寝ないくらいで、どうってことない。神族なら一年程度寝なくても平気だ。」

 恐るべき神族と言うべきか、やはりクラウスと言う男がおかしいのか。悩みだしたレティシアに、マリアが真面目腐っていった。

「ああ、この子を神族の基準にしない方が良いわよ。皆泣くわ。」

「・・・・ですよね。」

 人間になって今でさえ、本当に人間の身体でそれかと思う事が多々あるレティシアである。

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