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神嫌いなのに、神に懐かれ、人を辞める。  作者: 猫子猫
人界編 レティシア
13/67

クラウスが許せない事。

 マリアの気配が離宮から消えるのを確かめると、クラウスはベッドに座るレティシアの元に歩み寄った。

「レティシア。」

 彼が自分をそう呼ぶのは何時もの事で、慣れたはずだと言うのに、レティシアは今は嫌だった。視線を合わせずにいると、クラウスが片膝を付いて眼前に座ったために、目が合ってしまう。

 憂いを帯びた漆黒の瞳は変わらず優しくて、先程マリアに見せた激しさなど嘘のようだ。きっとああした激しい一面こそが、彼の素なのだろう。それをマリアには出しているというだけで。

「私はレアだと、何度も言った。」

「・・・・・・。あの女に一体何を言われた?」

「お前には関係の無い事だ。」

 レティシアはそう言って今度は顔を背けた。一晩経った事もあってか、クラウスからは酒の匂いはしない。女達の香の匂いもしなかった。だが、レティシアの脳裏に酒場の光景がこびりついて離れない。翼の存在を思い出して、元凶となった父親の事を思い出してしまったから猶更だ。

 頬に触れようとしたクラウスの手を、レティシアは払ってしまった。

「わたしに、触るな。」

「レティシア。俺の話を聞いてくれ。」

「触るな!」

 子供じみていると自分でも分かっている。父親とこの男は別人だ。重ねるのは間違っている。

 でも、嫌だった。

 別の女性に触れた手で、触らないで欲しい。優しく支えていたその手で、慰めないで欲しい。

 クラウスには最愛の女性がいるのに、どうして戯れに自分に触れるのか。

「お前なんて、嫌いだ!」

 感情のまま叫んでしまったレティシアは、次の瞬間ぞくりと背筋が寒くなった。凄まじい気配に、更に目を背けたくても、あまりに凄まじく見ざるを得ない覇気だった。

 射抜いてきた漆黒の瞳が、怜悧に光り、冷徹に笑った。

「・・・・言ったな。俺が・・・・そんな事を許すとでも?」

 冷たい声だった。身体中が冷えていきそうな声音であるというのに、身体の奥が熱くなるのは何故だろうか。

 クラウスは徐に立ち上がると、レティシアの腕を掴み引きあげて、ベッドに放った。唖然としているレティシアの上に乗りかかると、獲物を捕らえ得た獣のように、ぺろりと舌で唇を舐めた。

「俺が嫌いか・・・・だったら、俺なしじゃ居られなくしてやる」

 漆黒の瞳に危うい色が光る。慌てて起き上がろうとしたレティシアの腕を取り、頭上で纏め上げて拘束した。

「止め・・・離せ!」

「泣こうが喚こうが構わん。ここには俺達しかいない」

 マリアも同じことを言っていたし、確かに人の気配が全くない。クラウスの指が首筋を這い、レティシアは未知の感覚に身体を跳ねさせた。

「や、め・・・っ」

「あまり暴れるなよ。・・・それとも縛られたいのか?」

 ぎくりと身を強張らせるレティシアに、クラウスは怜悧に笑った。自分には素を見せないと思っていた事は、間違いであったのではないかとさえ思った。彼はただ、必要が無かったから、レティシアが逃げようとしなかったから、獰猛な一面を覗かせなかっただけだ。

 そうしてクラウスは奪うように激しく唇を重ねた。息が出来なくなるほど深く、濃密なそれは、レティシアの脳髄まで蕩けそうな感覚を与える。

「や・・・ぁ・・・・っ」

 わずかな息継ぎの間を与えられて悲鳴ごと、再びキスに呑まれる。息苦しさに生理的な涙がじわと滲み、唇を離したクラウスはそれを目にとめたが、くっと喉を鳴らした。

「今日は泣いても無駄だ。ああ・・・その前にあの女に十分泣かされていたか?」

「あれ、は・・・大した事じゃ・・・っ痛・・・!」

 腕の拘束していた手がぎりと急に強くなった。

「俺に言えないことがあるのか?あの女と何を隠してる。」

「だからっ・・・お前には関係な・・・・っ!?」

 クラウスの手がブラウスのボタンに手を掛けたのに気付き、レティシアは息を呑む。その意味が分からないほど、レティシアは子供ではない。

「い、嫌だ!触るな・・・っクラウスなんて嫌・・・・っきゃうっ!?」

 今度は最後までいう事を許されなかった。首筋を舐め上げていた彼が強く吸いあげたのだ。くっきりと残った跡を、彼は満足げに見下ろす。

「少し、躾が要るようだな」

「や、め・・・・」

 悲鳴交じりの拒絶は、だがやがてすすり泣く声に変わった。クラウスは何度も首筋を舐め上げて、吸い上げ、首周りに無数の口づけの跡を刻んでいく。腕を拘束され、脚には彼の身体が絡みつき、身動きが許されない。ただ只管、クラウスの独占欲を露にする跡が刻まれる。

 レティシアの上げる嬌声に触発されたように、より強く、濃密になる。

 溺れるようなその感覚に、だがレティシアは酔いきれない。男の元に堕ちそうになるたびに、怖くなる。

 

 母は気丈な人だった。でも時々一人で寂しそうに泣いていた。いつまでも、自分を捨てたあの男を見限れない母親の弱さにレティシアは苛立ち、そしてそこまで誰かを想える事が、少し羨ましかった。

 母が死の病で伏した時、ゼウスはやって来た。父親顔をされるのは心底嫌だったが、母の死に際には姿を見せたのは、少なからずあの男自身も何か思う所があったのかもしれない。

 でも、レティシアは恋をするのは嫌だった。

 愛してしまったら、喪う事が怖くなる。喪った側を見て来たのだから、猶更だった。気付いてしまったクラウスへの恋心が、マリアと言う存在に霧散した事が、心のどこかで安堵したのを感じている。

 自分を誰も助けてくれないのだと、翼を奪われた日に味わった絶望が、その思いを強くする。大切なものを喪ったら、こうなるんだろうと、朦朧とする意識の中で考えた。

 純白の翼。

 神の証だというそれは、だがレティシアにとって、幼い頃は誇らしいものだった。人よりも神術が使えたことで、母を助けられたからだ。父親の事は嫌いだったが、母は自分の翼にあの男を見ていた。あの男と母が愛し合って産まれた証でもあるからだ。

 ひくんっとレティシアの身体が跳ねた。激しい愛撫を落としていたクラウスは訝し気に顔を上げて、そして紫紺の瞳から止めどなく涙が溢れている事に気付いた。

 泣いても手離してやるものかと思った。でも、手が止まった。レティシアの瞳は、自分を映していなかったからだ。たとえ、クラウスが何をしたところで、彼女の心には何も刻まない事が分かってしまう。

 ぎりと唇を噛み締める。彼女の腕の拘束を外し、彼自身も身体を起こすと、レティシアの瞼の上に優しいキスを落とした。

「・・・どうすればいい。」

 途方に暮れたような、苦し気な彼の声に、レティシアはふっと我に返った。そうして、彼を見返すと、どこか安堵したように彼は息を吐く。

「どうしたらいいか、教えてくれ。お前の望む通りにする。」

 請うように何度も顔の彼方此方にキスを落とされる。

「・・・・・・・別に。好きにすればいい。どうせ、私はお前の力には敵わない。」

「・・・っレティシア。」

 クラウスが言葉に詰まり、どこか悲痛な声で自分の名を呼ぶ理由が、レティシアには分からない。怪訝に思って見返してみれば、彼の顔色が蒼白になっていて、逆に驚いた。

「強引にしようとしたのは、謝る。お前が・・・また、俺を嫌いだと言うから、焦って、理性も飛んだ。でも、お前に嫌われるようなモノがある俺が悪い。」

 だから、教えてくれと請われたレティシアは不思議だった。

 クラウスは、純粋な神であり、神術を巧みに扱っていた。凄まじい覇気を持ち、他を圧倒的な武でねじ伏せる強い男だった。女達は彼に惹かれ、魅せられ、彼が望むなら何でも応じていただろう。

 それなのに、何故自分などの言動一つで、何一つとして不自由はしないはずの彼は翼を捨て、神力を封じ込め、脆弱な人間同然の身になるのだろうか。心底窮したように、自分が更に彼に望むものを尋ねるのだろうか。

「そんなものは・・・無い。」

 クラウスは、神であろうと人であろうと、魅力的な男性だ。優しくても、激しくても、冷徹であっても、それはクラウスの一部だ。

 たった一人しかいない、クラウスと言う男。欠けているものも、要らないものもない。

 心からそう思ったし、レティシアは彼を突き放すつもりで言った訳でも無いと言うのに、クラウスは一層絶望的な顔をした。

「止めろよ・・・頼むから、俺を嫌わないでくれ。俺はお前が愛しくて堪らないんだ。」

 クラウスの声は必死で余裕が無かった。どんな時も悠然としていたクラウスは、どこまでも真摯に訴えかけてくる。レティシアは、そんな彼を父親と一瞬でも重ねてしまった事を恥じた。それと同時に、胸の奥底に秘め、気付かないようにしていた感情が溢れる。

「お前に愛されるには、俺はどうしたらいい。」

 レティシアはもう頬が赤く染まるのを、止められなかった。男は極めて真面目であったが、レティシアは自覚した感情がもう止まらず、猛烈に恥ずかしい。

「・・・・なにも、しなくていい。」

「あ?」

 困惑したようなクラウスに、レティシアは何とか言葉を続けた。

「クラウスは・・・そのままでいい。傍に・・・居てくれたら、嬉しい。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「どうしたら良いと聞かれても、こまる。・・・私は・・・もう、たぶんクラウスが好きだから。」

 そう告げるのと、唇を奪われるのは、ほぼ同時だった。口づけは先程と同じくらい激しく、だけれども、絡みつく舌が熱くて、身体まで蕩けそうになる。

「レティシア。」

 愛おしそうに名を呼んでくれるクラウスが、好きだ。大切なもののように撫ぜてくれるクラウスが、好きだ。

 だから。

「・・・良いか?」

 甘い低音の美声に囁かれ、レティシアは頷いてしまいそうになった。

 だが、絢爛豪華なベッドが視界に入り、否応なくマリアの事が思い出される。神族は大勢恋人を抱えても、気にしない。マリアも平然と関係ないと言っていた。

 神族にとって許される行為なのだろうが、人として生きて来た時間の長いレティシアにとって、神族の価値観は俄かに受け入れがたいものがあった。

「クラウスは・・・好きだ。でも・・・嫌だ。」

 触れて欲しいと身体も心も訴える。だが、ここはマリアの別邸であり、ともすると彼が彼女と身体を合わせたかもしれない場所だ。幾らなんでもここでは嫌だ。

「・・・っ・・・俺を焦らす気か?止めろよ・・・狂いそうだ。」

 囁く声に、いつもの余裕が無かった。レティシアの身体に絡みつくように抱き締める腕が、全く緩まない。

 秀逸な美貌を持つ男の、強請るような甘えた声で囁かれると、レティシアの理性が崩れそうになる。

「焦らして・・・ない。」

「だったら、良いだろ。」

「・・・・・・・・・。」

「お前が欲しい。今直ぐ。」

 


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