05話『VSクラーケン』
四日目の昼過ぎ。
突如、前方の水面が勢いよく巻き上がった。
「な、なんだ!?」
船に乗っていたエーヌビディア王国の騎士たちが、困惑する。
巻き上がった海水はそのまま大量の雨と化して船に降り注いだ。激しい水に打たれ、視界が霞む中、誰かが大声で叫ぶ。
「クラーケンが出たぞーーーーーーッ!!」
それが戦いの合図となった。
船内で待機していた騎士たちが装備を整え、甲板に駆けつける。
盾を構える騎士たちの前に現れたのは、巨大なイカだった。
「あれが、クラーケンか……」
海に棲息するモンスターの中では有名な部類だが、そういえばまだ一度も遭遇したことがなかったと思い出す。
クラーケンは非常に危険なモンスターだが、同時に臆病でもある。相手が自分より格上だと悟るとすぐに退散するのだ。だからクラーケンと遭遇しても、対策さえ立てれば無傷でやり過ごすことができる。
「貴様、何故ここにいる」
甲板でクラーケンを眺めていると、メイルに声を掛けられた。
「邪魔にならないところで大人しくしていろと言った筈だ。すぐに中へ戻れ」
「そうさせてもらうが……お前たちだけで対処できるのか?」
「ふっ、心配はいらん。エーヌビディア王国の騎士を舐めるなよ」
そう言ってメイルはクラーケンのもとへ向かった。
クラーケンを撃退する際、大事なのは、とにかく早いうちに攻撃を当てることである。こちらが全く怯えた様子を見せずに、反撃する意志をずっと見せていると、クラーケンはやがて去る。
そのためにも、さっさと騎士たちにはクラーケンに攻撃して欲しいのだが……。
「いや……どう考えても人手が足りてないだろ」
見たところ騎士たちの腕は確かだが、あの人数ではクラーケンの攻撃を捌くだけで手一杯だ。
何かトラブルでもあったのだろうか。既に陣形が崩れかけている。
「……仕方ない。呼んでおくか」
船内へ戻る前に、俺はポーチから貝の形をした笛を取り出した。
◇
クラーケンとの戦いは、想定よりも遥かに熾烈を極めていた。
「くっ!?」
エーヌビディア王国の騎士メイルは、激しく揺れる甲板に体勢を崩し、床に手をつきながらクラーケンを見据える。
「このままでは、やられる……ッ!!」
クラーケンが調子に乗っている。
この船に乗っている者たちを、格下と思い始めているのだ。
どうしてこんなことになっているのか。
その理由について、メイルは付近にいた騎士へ問う。
「他の騎士たちはどうした!? 甲板に待機していた騎士はもっといた筈だろう!?」
「待機していた十人のうち、四人がクラーケンの奇襲で海に落とされました。二人は辛うじて無事ですが、現在、治療中です」
「あとの四人は!?」
「……………………船酔いでダウンしています」
足が滑りそうになった。
「な、なんて使えない連中だ……っ!」
メイルは額に手をやった。
同じ騎士とは思いたくない醜態である。
数日前、インテール王国の冒険者に「腰抜け」と言ったことを思い出した。
彼には謝罪しなくてはならない。同僚たちの方がよっぽど腰抜けだ。
「私が先陣を切る、お前たちは後に続け!」
「お、お待ちください、メイル様! 近衛騎士である貴女が傷つけば、姫様が――ルシラ様が悲しまれます!」
「馬鹿なことを言うな! こういう時に身体を張って戦うのが騎士の責務だろう!」
それに、このままクラーケンを撃退できなければ、自分が傷つくどころではない。船と共に、海の藻屑と化してしまう。
メイルは覚悟を決めて、クラーケンへ接近した。
クラーケンが太い足を振り下ろす。メイルはそれを、剣を盾代わりにして防いだ。
「ぐ、ぁ……ッ!!」
本来なら大盾を持った騎士たちが集まって防ぐ一撃だ。それを単身で防いでみせたメイルの腕前は確かなものだが、負担は大きい。腕も足も痺れて動かず、掌から剣が落ちた。
――マズい。
完全に無防備な状態だ。今、追撃されると防げない。
これ以上、戦線を離脱する者が現れると、いよいよ敗北の線が濃厚になってしまう。
メイルは歯を食いしばり、身体の痺れを無視して動こうとした。
その直後――突如、高い笛の音が響いた。
「なんだ、今の音は……?」
何かの合図だろうか? しかし、誰かが甲板に駆けつけてくる様子はない。
不思議に思っていると――いきなりクラーケンが悲鳴を上げた。
クラーケンの様子が急変し、甲板にいる騎士たちが訝しむ。
痺れが取れ、動けるようになったメイルはクラーケンに迫った。
剣を振り抜く前に、メイルは動きを止める。
クラーケンの足元……水面に、何かの影が見えた。
「あれは……人魚?」
上半身は人間、下半身は魚。それが人魚という種族の特徴である。
海底で生きる人魚たちは、自由自在に水の中を泳ぎ、その手に持った槍でクラーケンをひたすら突いていた。
「人魚が、クラーケンを攻撃している……我々に加勢しているのか?」
目の前には、そうとしか捉えられない光景が広がっていた。
だが、それは本来ならありえない光景だ。
「そんな馬鹿な……人魚は人間を嫌っている筈だ。……これは、一体……?」
クラーケンがもう一度、悲鳴を上げる。
やがてその巨体は船から遠ざかり……人魚たちに海底まで引きずり込まれた。
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