39話『国王の苦悩③』
インテール王国の国王は、執務室で頭を抱えていた。
「くそ……っ!」
机の上で山積みになった書類を睨む。
今朝、宰相が運んできたものだった。最早その内容は読まなくても分かる。
「賠償金が……賠償金が、多い……!!」
全て、勇者パーティが暴走した賠償に関する書類だ。どれだけ処理しても、翌日にはまたこれと同じ量の書類が届けられる。国王は軽くノイローゼになっていた。
扉がノックされる。
また宰相が勇者パーティの暴走を報告しに来たのかと身構えたが、すぐに落ち着きを取り戻した。今日の分の暴走はもう聞いた。これ以上、酷い話はないだろう。ある意味安心できる。
「入れ」
扉が開き、入ってきたのは案の定、宰相だった。
「陛下。エマ外交官が謁見を求めています」
「謁見? 目的は何だ?」
「ネットについての話がしたいようです」
忌々しい男の名を聞いた。その手に握るペンをへし折ってしまいたい衝動に駆られる。
だが最早、猫の手も借りたい状態だ。勇者パーティの扱いに関して、少しでも朗報を得られる可能性があるなら話を聞くべきだと判断する。
「……通せ」
宰相は頷き、扉を開いた。
エマ外交官が部屋の中に入る。薄紅色の髪を一つに纏めた、聡明な顔つきの女性だった。
「お久しぶりです、陛下」
「ああ。それで何の用だ?」
頭を下げるエマに、王は簡潔に尋ねる。
エマに関しては宰相の方が詳しい。王は彼女のことをあまり知らなかった。確か、東の大陸に派遣していたような気がするが……そんな彼女が何故ネットの話をしたいのか、王はまるで理解していない。
「陛下。ネットを勇者パーティから追放したという話は本当ですか?」
「ああ。……勇者パーティは国家の顔だ。あのような男に任せるわけにはいかんだろう」
当然のように王は告げる。
しかし、エマは溜息を吐いた。
「なんという、馬鹿なことを……」
「ば、馬鹿!? 貴様、今、私のことを何と言った!?」
「馬鹿と言いました」
憤慨する王。
しかしエマは萎縮することなく、額に手をやって悩ましげな顔をしていた。
「陛下。ネットがかつて所属していた冒険者パーティは知っていますか?」
「『星屑の灯火団』だろう? そのくらい知っている!」
「では、その前身となったパーティは?」
「……前身?」
それは知らない情報だった。
眉間に皺を寄せる国王に、エマは溜息交じりに語り始める。
「かつて、史上最強と言われた冒険者パーティがあります」
口を閉ざす王に対し、エマは続ける。
「構成員はたったの七人……そのうちの五人は今も正体不明です。彼らは世界中の注目を浴びる中、突如解散し、姿を消してしまいました。……しかしそれでも、人々の記憶には、彼らの名前が強く刻まれています」
「……ま、まさか」
史上最強の冒険者パーティ。
構成員は七人。
その二つの情報さえあれば、誰でも答えに辿り着ける。一国の王から、辺境の村娘まで、老若男女あらゆる者たちがその冒険者パーティのことを知っていた。それだけ凄まじい知名度を誇るパーティは、歴史上ただひとつしか存在しない。
「『七燿の流星団』。……ネットは、その団長だった男です。彼の二つ名は――『変幻王』」
淡々と告げるエマ。
その説明を聞いて、王は椅子から立ち上がった。
「ば……馬鹿なッ! ありえんッ!!」
王は声を荒げる。
「『七燿の流星団』については、この私も知っている! 『変幻王』とは、あらゆる武術と魔法を使いこなす、万能の達人だった筈だ! その正体がネットだと!? ……くだらん! あのようなひ弱な男が『変幻王』であるわけないだろう!!」
王の言葉に、沈黙を貫いていた宰相は無言で首を縦に振った。
どう考えても、『変幻王』に関する情報とネットは結びつかない。しかし――。
「『変幻王』は、枠の名前でもあるんですよ」
「わ、枠……?」
「『七燿の流星団』は活動の際、団長のネットが、毎回目的に見合った協力者を一人呼ぶんです。その協力者が『変幻王』を名乗って行動する。……つまり『変幻王』とは、ネットが持つ外部協力者の枠そのものを指しています。……ネット自身が冒険に参加するケースは、半々だったとのことです」
なんだそれは、と一笑に付すこともできる意見だった。
しかし……辻褄が合う。『変幻王』は、あらゆる能力に長けた万能の達人だ。彼が持つ技能は、どれも人が一生を費やさねば得られないほど練り上げられている。その正体が、複数の達人の集合体であると言われれば……腑に落ちる。
だが、その枠の所有者が、よりにもよってあのネットだということは……流石に納得し難い。
「仮に、あの男が『変幻王』だとして……どうして私に黙っていた? 最初からその名を告げれば、私も奴を追い出す必要はなかった」
「事情があります。彼は恐らく、もう自分から正体を明かすことはないでしょう」
不可解な回答を述べられる。
「では、何故……たかが外交官である貴様が、奴の正体を知っている」
「派遣先で偶々、『変幻王』として活動しているネットと顔を合わせました。……以来、私は彼のファンです」
エマはどこか嬉しそうに言った。
しかし次の瞬間には、気を引き締める。
「……ファンだからこそ、今まで彼を気遣って口を硬くしていました。しかし最早、そのような状況ではありませんし……或いはこのタイミングで私が打ち明けることも、彼にとっては想定通りかもしれませんね……」
後半は独り言のように小さな声で呟く。
だが、そんなエマの言葉に、国王は光明を見る。
正体を隠しているなら――それを知っている自分は、奴の弱みを握っていることにならないか?
ならばそれを交渉材料にできるかもしれない。
国王は下卑た笑みを浮かべる。しかし、そんな国王の考えを見透かしたエマは告げた。
「言い触らしたところで、誰も信じませんよ」
鋭い指摘だった。
確かにそうだ。未だに自分ですら信じ難いと思っているのに……ネットの正体は『変幻王』であるなどと言ったところで、一体、誰が鵜呑みにするというのだ。
ネットが『変幻王』であるという情報は、脅迫の材料にはならない。
それを思い知る。
「ほ、本当にあの男は……『変幻王』なのか?」
王は、震える声でエマに訊いた。
「はい。でなければ、あのような問題児だらけの勇者パーティを制御できません」
エマは淡々と告げた。
国王の額に脂汗が浮かぶ。キリキリと胃が痛みを訴える中、決意した。
「……宰相」
「は、はい」
「毒魔龍討伐の要請を、取り下げろ……」
「……は?」
疑問の声を発する宰相に、国王は怒りを発散させるかの如く怒鳴った。
「エーヌビディア王国の国王と通信を繋げ! すぐに毒魔龍の件を取り下げるんだ!! そして速やかに、ネットへ謝罪文を送れ! ……相手はあの『変幻王』だ、なんとしてでも抱え込まねばならない! 他所の国に渡してたまるものかッ!!」
毒魔龍の件を通して、ネットはインテール王国に狙われているという事実に気づいた筈だ。まずはすぐにその印象を払拭しなくてはならない。全身全霊で謝罪し、必要とあらば大量の金を渡す覚悟も抱く。
「万一、毒魔龍の討伐に成功してみろ! いよいよ我々には弁明の余地がなくなってしまう! 討伐の件は手違いということにして、とにかく、我々がネットの命を狙っていたという事実を揉み消せッ!!」
王の叫びを聞いて、エマは「そんなことまでしていたのか」と顔を失望に染める。だが今は彼女に構っている余裕がない。
もし毒魔龍との戦いで犠牲者が出れば、ネットは間違いなくこの国を嫌悪する。
だが、討伐の期日である一週間まで、まだ数日残っている。毒魔龍ほどの敵と戦うとなれば、普通は期日ギリギリまで準備に時間を費やすだろう。
恐らくまだ戦いは始まっていない。
それなら、なんとか会話する暇はある筈だ。そう高を括ろうとした王だが――。
――違う。
王は気づいた。
万一、毒魔龍の討伐に成功したら? ――何を馬鹿なことを。
相手はあの『変幻王』だ。
最強の冒険者パーティである『七燿の流星団』。その団長であった男にとって、毒魔龍の討伐はきっと万が一ではなく……。
「し、失礼いたします!」
ノックと共に扉が開き、この城で働く官僚の一人が入ってきた。
嫌な予感を抱く王に対し、男は緊張した面持ちで告げる。
「報告、いたします。……先刻、エーヌビディア王国にて、毒魔龍が討伐されたようです」
それはまるで――袂を分かつ合図の如く。
引き留めようと伸ばした腕を、軽々と払われたかの如く。
王は今、完全に、ネットとの縁が切れたことを理解した。
受け入れ難い報告を受けた王は、暫しの間、思考を放棄する。
やがて、どうにか現実を受け入れた王は決心した。
「……勇者パーティを、解散せよ」
震える声で、王は告げた。
沈黙が部屋を支配する中、王は大きく口を開く。
「勇者パーティを解散せよ! 我が国は、魔王討伐から手を引く!!」
王は力一杯、叫んだ。
それは間違いなく、敗北宣言だった。
エピローグ間近ですが、毎日2話更新が厳しくなってきましたので、本日はこの1話のみ更新です(代わりに文字数多いので許して……)。
読み足りないという方は……同時連載中の「迷宮殺しの後日譚」をどうぞ!!
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人脈チートを気に入っていただけた方は、きっとこちらの作品も気に入るかと思いますので、よろしければお楽しみください。既に1章は完結しており、先日閑話がスタートしました。
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