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37話『ようこそ』


 毒魔龍の息吹をメイルたちが耐え忍んだ後、ポーチの中で何かが震動した。

 馬車を降りた俺は、ポーチの中に手を突っ込み、着信を報せる通信石を取り出す。


「レーゼか?」


『ああ。例の手紙、殿下に渡しておいたぞ』


「助かる。それじゃあ――すぐにアレを使ってくれ」


『承知した』


 短くやり取りを済ました俺は、毒魔龍と戦っている騎士たちに近づき、大声を発した。


「全員、俺が合図をしたら毒魔龍から距離を取れッ!!」


 その声を聞いて、『白龍騎士団』の冒険者たちが「はい!」と返事をする。


「ネット、何をするつもりだ?」


 近くで身体を休めていたメイルが俺に訊いた。

 毒魔龍の瘴気を暫く受け続けていたため、今は攻撃に参加できないようだ。


「今からレーゼが来て、大技をぶつける」


 あらかじめレーゼと決めていた作戦だ。


「レーゼが持つ武装……《栄光大輝の剣》には、特殊なスキルがあるんだ。それを使えば、毒魔龍に大きなダメージを与えられる」


「そ、そんなものがあるのか……しかし、それならどうして今まで使わなかった?」


「そのスキルは奇襲に向いているんだ。毒魔龍の意表を突くためにも、今までレーゼを戦いに参加させなかった」


 そのスキルは強力であるが故に、集団戦では味方を巻き込みやすい。だから一度目の毒魔龍との戦いでは使えなかったようだ。


 危険なスキルでもあるため、レーゼはこれを無闇矢鱈に使用しない。その結果、《栄光大輝の剣》という武器は有名になっても、武器に宿ったスキルは知名度が低かった。レーゼがこのスキルを使う時は、大抵、衆目がいない人外魔境で戦っている時だ。噂も滅多に広まらない。


「毒魔龍も、俺たちが格下ばかりだと気づいて、いい具合に油断している」


 先程の息吹(ブレス)を放った後から、毒魔龍の攻撃は徐々に大雑把なものになっていた。

 既に疲労困憊な状態である俺たちを、見下しつつある。


「頃合いだ。……頼むぞ、レーゼ」


 タイミングを見計らって、『白龍騎士団』たちに毒魔龍と距離を取るよう指示を出す。

 数秒後――王都方面の空が、光ったような気がした。




 ◇




 ネットとの通信を終えたレーゼは、鞘から《栄光大輝の剣》を引き抜いた。

 存在力6の膂力を限界まで酷使して、毒魔龍の巣へと向かう。その速力は風馬の十倍以上に及び、僅か数秒で森を抜けるほどだった。


「《栄光大輝の剣よ》――」


 走りながら、レーゼは唱える。

 レーゼの象徴とも言える特殊武装《栄光大輝の剣》は、剣であると同時にもうひとつの武器でもある。これから使うのは、二つ目の武器としての特性だ。


「《万象導く光を纏い》《礎を貫く槍と化せ》――」


 眩い光が剣を覆い、形状が変わる。

 刀身は長く、太くなり、柄の感触も硬い棒のようなものになる。


 現れたのは光の槍だった。

 レーゼはそれを、全力で投擲する。


「スキル解放――《流穿大輝(りゅうせんたいき)の槍》」




 ◆




 王都方面の空が光ったと思った、次の瞬間。

 巨大な光の槍が、毒魔龍の胴体を貫いた。


 激しい衝撃。響く轟音。そして――悲鳴を上げる毒魔龍。

 紫色の巨躯が地面に倒れた。強く地響きが起き、地面に亀裂が走る。


「う、うまくいったのか……?」


「……ああ。奇襲は(・・・)成功した」


 どこか期待しているメイルに対し、俺は油断せずに言う。


「だが、毒魔龍が相手なら……ここまでやっても、ただの足止めにしかならない」


 毒魔龍が咆哮を発した。口から大量の瘴気が溢れ、大気が紫色に濁る。

 大きなダメージを与えられたのは間違いない。だが、それでは致命傷にはならなかった。


 最早、毒魔龍は油断していない。毒魔龍は俺たちを敵と認め、瘴気と共に強い殺意を振りまいていた。金色の双眸が俺たちを睨む。強烈な重圧を感じ、心が押し潰されそうになった。


 レーゼが放った光の槍は、今も毒魔龍の胴体に刺さったままだ。おかげで毒魔龍は身動きできずにいるが――いつまでも保つわけではない。


「そんな……切り札も、通用しないというのか……ッ!?」


 メイルの顔が青褪める。

 切り札というのは、戦いが始まってすぐに俺が告げたことを指しているのだろう。


「これが切り札というわけではないんだが……そろそろ、本当にマズいな」


 時間稼ぎも限界に近い。

 大技を使ったレーゼは暫く動けない筈だ。彼女が到着するまでの間、この場にいる戦力で耐え忍ぶしかない。


 光の槍に貫かれた毒魔龍は、その顎を大きく広げた。

 口腔の奥に、紫色の燐光が見える。


 ――二度目の息吹(ブレス)


 流石にそれは耐えられそうにない。

 冷や汗を吹き出しながら、周りにいる仲間たちの様子を見る。メイルも、『白龍騎士団』の冒険者たちも、その顔に諦念の感情が浮かんでいた。


 万事休す。そんな言葉が頭を過ぎる。

 だが、毒魔龍の口腔が強く輝き、紫色の光線が放たれる寸前――。


 天から、白銀の光が降り注いだ。


 白銀の光は毒魔龍を押し潰し、二度目の息吹を阻止する。

 レーゼのスキルよりも更に高威力の攻撃だ。毒魔龍の身体を覆う頑強な鱗に、幾重もの亀裂が走っている。


「これは……」


 何が起きたのか、理解するまで少し時間が掛かった。

 強烈な威力と輝きに目を眩ませた俺たちのもとへ、巨大な影が降り立つ。

 それは、白銀の鱗に覆われた、美しい龍だった。


「りゅ、龍……!?」


「どうして、こんなところに……ッ!?」


 冒険者たちが動揺している。

 エーヌビディア王国の国民たちは龍を信仰しているらしいが、流石にこの状況だ。毒魔龍と同じく、敵なのかもしれないという不安が過ぎる。


「問題ない!! その龍は味方だ!!」


 すぐに俺は叫んだ。

 隣ではメイルが何かを察した様子で目を見開いている。……メイルは気づいている筈だ。俺たちは、降り立ったその龍の爪や翼に見覚えがあった。


「ルシラだな」


『……そうじゃ』


 白銀の龍が返事をする。

 空気を震わせるような、腹の奥底に響くようなその声は――紛れもなくルシラのものだった。


「遅かったな。後少しで死ぬところだったぞ」


『……お主は、最初から分かっていたのか? 妾がここにやって来ると』


「当たり前だ」


 笑みを浮かべ、俺は言う。


「俺はな――人を見る目だけは確かなんだ」


 白銀の龍の、真紅の双眸を見つめながら俺は言った。

 恐ろしい重圧だ。その存在感は毒魔龍に勝るとも劣らない。だが……彼女は紛れもなく人間であると俺は知っている。少し前まで、己の中にある龍の力を恐れており、たった今、殻を突き破って現れた少女に過ぎない。


 恐れる理由はない。

 ルシラ=エーヌビディアは俺たちの味方なのだ。


『くふ……ふはははははッ!!』


 龍が笑う。それだけで大気が揺れた。

 毒魔龍は動かない。俺たちを――白銀の龍ルシラを警戒しているようだ。


『ネット。もう少し、待っているのじゃ』


 どこか安心した瞳で、ルシラは俺を見つめながら言う。


『妾が――お主を助けてみせよう』


 そう告げたルシラは翼を大きく広げる。

 ルシラは自分のことを化物と言っていたが、とてもそうは見えなかった。陽光を反射するその白銀の鱗は柔らかい初雪を彷彿とさせ、美しい真紅の双眸は、毒魔龍のものと違って知性と誇りを灯している。


 その龍は高潔だった。

 エーヌビディア王国の国民が、どうして龍を信仰するのか、その気持ちを理解する。


 ルシラの口腔が眩く光る。息吹(ブレス)を使うようだ。

 毒魔龍も負けじと口腔に光を蓄える。


 刹那、二体の龍が同時に息吹を放ったが――その軍配は、白銀の龍に上がった。

 眩い光線が紫色の息吹を押しのけ、毒魔龍の身体を飲み込む。毒魔龍は反対側のクレーターまで吹き飛び、大きな音と共に倒れた。


「……マジか」


 ルシラの息吹はまだ続いている。その威力を目の当たりにして、俺は思わず呟いた。

 メイルや『白龍騎士団』のメンバーたちも愕然としていた。まさかルシラがここまで強いとは。


 意外……ではない。

 龍化病で手に入れられる龍の力は、病が進行するにつれて大きくなり、最終的には病原となる龍と同じかそれ以上に達する。


 龍化病が限界まで進行しているルシラの強さは、既に毒魔龍の一歩手前まで達していた。それはつまり――単独で連合軍を退けられるほどの強さに、限りなく近いということだ。


「ネット」


 背後から声を掛けられる。

 振り返ると、そこにはレーゼがいた。


「レーゼか。急いで来てもらったところ、申し訳ないが……」


「ああ、見れば分かる。……私の出番はもうないな」


 白銀の閃光が、ようやく終わった。

 倒れた毒魔龍はピクリとも動かない。レーゼのスキルで大打撃を与えていたとはいえ、まさかこんなに容易く決着がつくとは思わなかった。


「……なんだ」


 倒れ伏す毒魔龍の前で、白銀の龍は悠然と佇んでいた。

 龍化してなお、ルシラからは王族としての威厳を感じる。メイルや『白龍騎士団』たちにも、怯えた様子はない。


 白い鱗は陽光を反射して輝いていた。

 戦場で輝くその龍は、御伽噺に出てくる英雄を彷彿とさせ――。


「……かっこいいじゃないか」


 その力は決して悍ましいものではない。使い方さえ間違えなければ、人々にとって救いの光となる。


 羨ましさと憧れを――俺にとってはいつも通りの感情を抱く。

 俺は英雄になれない人間だ。けれど不思議なことに、この光景だけは何度見ても好きだった。



 ようこそ、新たな英雄。


 俺はお前を、心の底から尊敬する。



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