36話『その牙は、その翼は』
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【人類最強ランキング(暫定版)】
1位:ナッセ=アドヴェンテリア
2位:セブン=ユグドラシル
3位:リュウゼン=アルハザード
4位:ロイド=イクステッド
…………
……
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レーゼから受け取ったその手紙には、謎のランキングが記されていた。
ネットは一体、どのような意図で自分にこれを渡したのだろうか……ルシラは疑問を抱きながら、ランキングに記されている名前を黙読する。
ナッセ、セブン、リュウゼン、ロイド……聞いたことがある名だ。彼らはいずれも人類最強の候補として有名である。このランキングの上位に記されていてもおかしくない。
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27位:ロサナ=メルグリア
28位:リズ=ドロウェル
29位:ナイン=ユグドラシル
30位:エドウィン=ウォーカー
31位:ペネルト=ピルジャローア
…………
……
49位:ウォルフレッド=オルギス
50位:エリザベート=デュライブ
51位:ホセ=マキシア
52位:ルシラ=エーヌビディア
53位:クロチアード=メイ
…………
……
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「……む」
順位が下がるにつれて、徐々に聞き覚えのない名前が増えてきた。
適当に読み流そうとした時、ルシラは自分の名前が記されていることに気づく。
52位:ルシラ=エーヌビディア
ネットが作った【人類最強ランキング(暫定版)】の中で、自分は52番目に強い人間と位置づけされていた。
ランキングはその後も続いている。
ざっと読み飛ばすと、100位まで記されていた。
ページを捲ると、今度はネットのメッセージが記されている。
ランキングの意図を知るためにも、ルシラは二枚目をじっくり読み始めた。
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と、言うわけで、ルシラは52位にランクインすることになった。
おめでとう。
……流石にそれだけでは何も伝わらないと思うので、順を追って説明する。
いきなり手紙を出して申し訳ない。
口頭で伝えるよりも、紙に書いた方が分かりやすいと思ったから、レーゼに頼んでこれを渡すことにした。
見ての通り、ルシラは52番目に強い人間だ。
ルシラの中にある龍の力が、どれだけ大きかったとしても、最高で52位となる。俺も詳しくは知らなかったが、どうやら龍化病で手に入る龍の力は、病原となる龍の情報からある程度推測できるらしい。
ちなみにこのランキング、監修は大賢者マーリンと叡智王ルーカスだ。
ルシラも名前くらいは聞いたことがあるだろう? 世界で最も知識を蓄えている二人だ。そんな二人に監修してもらったんだから、このランキングの信憑性は世界一と言っても過言ではない。……余談だが、この二人が協力して何かを作ったのは初めてらしい。本人たち曰く「歴史的な共同作業」とのことだ。明日の新聞に載るかもしれないな。
さて……このランキングで俺が伝えたいことはひとつ。
ルシラ。
世界を舐めるな。
龍化病なんて、ちょっと広い視野で見れば決して珍しい症状ではない。
世の中には、龍を素手でぶっ飛ばせる人間だって幾らでもいるんだ。
ランキングを見れば分かる通り、ルシラの順位は高くても52位。
その上にはあと51人もの人間がいる。
お前は化物じゃない。
お前如きでは手も足も出ない、本物の化物が、この世界にはまだまだいるんだ。
俺の言いたいことは分かるか?
つまり……最低でも51人、お前のことを全く恐れない人間がいるということだ。
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「……ぁ」
ルシラはそこで漸く、このランキングの意図に気づいた。
ネットが自分に何を伝えたいのか、はっきりと理解した。
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ちなみに、ランキングには入っていないが、俺もそのうちの一人だ。
ランキングの1位から51位のうち、俺は47人と会ったことがある。彼らと関わってきた俺にとって、たかが52位のお前なんか、その辺にいる一般人と同じだ。
昨晩、ルシラの龍化を見た時の俺は怯えていたか? そんなことないだろう。
俺はお前が龍になったところで、大して怖いとは思わない。
……それじゃあ、駄目か?
少なくともここに一人、お前の力を全く恐れていない人間がいるわけだが。
それがルシラにとっての、龍の力を受け入れる理由にはならないだろうか?
この手紙を見ているということは、既に俺は城を発った後だろう。
多分、俺は今、死にかけている。
これで死んだところで、自業自得なのは間違いないが……もし、ルシラの気が変わったなら、是非とも手を貸して欲しい。
ルシラの力は、誰かを救うために使うことができる筈だ。
物は試しだと思って、まずは俺を助けてくれたら嬉しい。
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手紙が終わる。
最後の一文まで読み進めたルシラは、ぷるぷると身体を震わせた。
「くふ、ふふふ……っ!!」
思わず、笑ってしまう。
何が物は試しだ。何が助けて欲しいだ。
いつの間にか立場が逆転している。
てっきり、自分が助けられる側だと思っていたのに……気がつけば助けを求められている。
だが、きっとそういうことなのだろう。
奇妙で、おかしな話ではあるが、それがネットという男の生き様なのだろう。
――もしも、この世界が英雄譚なら。
これは、ネットという英雄が、誰かを救う物語ではない。
この世界に遍く存在する、様々な英雄たちが、ネットを救う物語なのだ。
今回、その英雄に選ばれたのは――ルシラ=エーヌビディア。
龍化病に蝕まれ、その身に宿った龍の力に怯える少女である。
ただ――それだけに過ぎない。
自分は、数多くいる英雄の、たった一人に過ぎないのだ。
「勇者にはなれないが……誰かを勇者にできる男、か」
レーゼの言葉を思い出す。
その意味を今、完全に理解した。
きっと、これがあの男の常套手段なのだ。
今回は自分が英雄に選ばれた。多分、レーゼの時もあったのだろう。そして、その前はまた別の誰かが英雄に選ばれたのだ。
バルコニーに出ると、一陣の風が吹き抜ける。
小さく吐息を零したルシラは、己の内側にある龍の力に手を添えた。
目の前にあるのは頑強な殻だった。他でもない自分自身が生み出した殻だ。その先にあるのは冷たい暗闇だと思っていたから、ずっと殻の中に閉じこもっていた。
しかし、どうやら殻の向こうにあるのは暗闇ではないらしい。
少なくとも一人、殻の向こうで待ってくれている男がいる。その事実は、ルシラの背中を優しく――強く押した。
殻の向こう側は、想像していたものより温かいのかもしれない。
信じてみよう……この先にある世界を。
――ミシリ、と身体が軋む。
龍の鱗が頬を覆った。
手足の爪は逞しく伸び、歯の間に鋭い牙が生える。
不思議だ。発作で龍化する時はいつも苦しかったのに、自分の意志で龍化すると、全く苦しさを感じなかった。自分の中で相反していた二つの要素が噛み合ったかのようだ。
「妾の、爪は……」
その手に生えた鋭い爪を見る。
この爪は、破壊と暴力のためはなく、誰かを救うための剣になれるだろうか。
「妾の、翼は……」
窓に映る純白の翼を見る。
この翼は、殺戮を振りまくためではなく、助けを求める誰かのために羽ばたくことができるだろうか。
「妾の、力は……ッ!!」
身体の奥底から湧き上がる、龍の力を感じ取る。
この力は――誰かを救うために、使うことができるだろうか。
自信はない。だから委ねようと思った。
自分を信じてくれた、あの男に――この力の在り方を決めてもらおう。




