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32話『開戦』


 翌朝。

 天蓋付きのベッドで目を覚ましたルシラ=エーヌビディアは、寝覚めの悪さを感じ取るよりも先に、胸の奥から痛みを感じた。


 龍化病を発症してから、身体の至るところが痛みを訴えるようになった。

 その痛みから、ルシラは発作のタイミングを推測する。


「……今日は、大丈夫そうじゃの」


 昨晩、ネットに貰った薬が効果を発揮したのかもしれない。

 あの男も中々非常識だ。突然のことだったのですっかり忘れていたが、万能霊薬(エリクサー)を個人が所有しているなど、本来なら有り得ない。


 しかし……万能霊薬でも龍化病は治らない。

 ルシラはそれをとっくの昔に知っていた。


 顔を洗い、服を着替え、ルシラは部屋を出る。

 温かな陽光が窓から差していたが、心は全く晴れ渡らない。


 ――昨晩は、話しすぎた。


 龍化病であることを言い当てられたせいで、冷静ではいられなくなった。その結果、何もかもを打ち明けてしまった。母の死、自分のトラウマ……そこまで語る必要はなかったと今になって思う。


 ネットの負担になってしまったかもしれない。

 そう思い、ルシラは一度ネットの部屋へ足を運ぶことにした。ネットには王城の客室を自由に出入りする権利を与えている。まだ朝早いため、恐らく部屋にいるだろう。


 廊下を歩き続けると、向こうから誰かが近づいてきた。

 真っ白な甲冑を纏った、金髪の、背の高い女性だ。


「お主は……」


「『白龍騎士団』団長、レーゼ=フォン=アルディアラと申します」


「おお、かの『白龍騎士団』の団長じゃったか。うむ……どうりで見覚えがあると思ったのじゃ」


 かつて、毒魔龍の討伐を目的に連合軍が編成された際、レーゼは冒険者代表として参加していた。ルシラはその戦いを直に見ていたわけではないが、S級冒険者である彼女の活躍は凄まじかったと聞いている。


「しかし、どうしてここにいるのじゃ?」


「殿下にお伝えしたいことがあるからです」


「妾に……?」


 ルシラは少し驚いた。

 通常ならアポを取り、互いの予定を擦り合わせた上で面会するのが仕来りだが、こうして直接会いに来たということは何か緊急の話でもあるのかもしれない。『白龍騎士団』の団長である彼女なら、城内へ立ち入る許可を得ていても納得だ。


「そう言えば、お主。ネットと共に行動しているのではなかったか? ネットは……見当たらんが」


 ネットとレーゼの関係は、メイルを通してある程度は聞いていた。

 だが、ネットの姿は見当たらない。


「あの男は既に、この街を発ちました」


 レーゼが告げる。

 その言葉を聞いて――ルシラは心臓を突かれたような気分に陥った。


 昨晩、曝してしまった醜態を思い出す。

 きっとネットは、自分やエーヌビディア王国に嫌気が差したのだろう。


「そ、そうか。まあ、当然じゃな。……妾と、顔を会わせる気などないか」


 ネットがこの国から逃げる可能性を、ルシラは常に考えていた。

 あの男にとっては、それが一番楽な道だ。決しておかしな話ではない。

 だが、落ち込むルシラとは裏腹に、レーゼは告げる。


「行き先は、毒魔龍の巣です」


「……え?」


 訊き返すルシラに、レーゼははっきりと言う。


「ネットは、毒魔龍を討伐しに行きました」




 ◆




 夜明けと共に王都を出て、三時間が経過した頃。

 眩しい朝日に目を細めた俺は、物凄い速度で移り変わる景色を一瞥した。


 規則正しい蹄鉄の音を響かせるのは、風馬(かぜうま)と呼ばれる種類の、エーヌビディア王国で一番の早馬である。俺とメイル、それから『白龍騎士団』のメンバーたちは、この風馬が引く馬車に乗って移動していた。


「見えてきたな」


 荒れた地面でも風馬は軽々と走り続ける。

 激しく揺れる車体の中で、俺は目的地が近いことに気づいた。


 エーヌビディア王国の北部。人が寄りつかないその大地に、街を丸ごと飲み込めるほどの巨大なクレーターがあった。中心に近づくにつれて、その地面は毒々しい紫色に染まっている。気化した毒が大気に混じっているのか、そこにいるだけで全身の肌がピリピリと小さな痛みを訴えた。


 ――毒魔龍の巣。


 クレーターの中心は紫色の瘴気が立ちこめており、視界が悪い。

 だがそこには、確実にいた。正真正銘の化物が――龍と呼ばれる、強靱なモンスターが。


 馬車が停まり、騎士たちと共にクレーターの中心に向かう。

 その途中、俺は段差に躓いて転びそうになった。


「ネット、大丈夫か?」


 隣を歩いていたメイルが、転倒しそうになった俺の身体を支える。


「悪い、助かった」


「体調不良なら休んでおけ。流石に今回ばかりは庇いきれないぞ」


「問題ない。……説得の材料を用意するのに徹夜しただけだ」


 メイルが「説得?」と首を傾げる。

 その説明は今しなくてもいいだろう。俺は気を引き締めて、目の前の景色を見た。


「ネット、感謝する」


 唐突にメイルが言った。


「お前がルシラ様のために、立ち上がってくれたことを――私は生涯忘れないだろう」


 律儀なことだ、と俺は小さく笑った。

 今、この場にいるのは、俺と『白龍騎士団』とメイルのみ。移動手段を確保するために、どうしても近衛騎士の協力者が一人必要だった。悩んだ末に声を掛けたのがメイルだったが……彼女を選んで正解だったと思う。


「――さて」


 丁度、敵も俺たちの存在に気づいたようだった。

 立ちこめていた瘴気が渦を巻き、天にばらまかれる。


 現れたのは瘴気の主。

 猛毒を宿し、数え切れないほどの死者を出してきた、暴君――毒魔龍。


「それじゃあ、作戦開始といこう」


 大勢の騎士たちが、剣を抜いた。






 毒魔龍の見た目は次話で説明します。



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