29話『白い鱗』
鑑定士ギルドを出た後、俺は早足で王城へと向かった。
入り口付近で待機していたメイルが、脇目も振らずに歩く俺を見て驚く。
「お、おい、待て! ネット! 何処へ行くんだ!?」
「城に戻る」
手短に告げた俺は、一度足を止め、手の中にあったものをメイルに見せた。
「メイル。お前が隠していたのは、これか」
「そ、それは……っ」
俺の掌の中にある白い宝石――いや、龍の鱗を見て、メイルは目を見開いた。
明らかにこれが何であるのか知っている反応だ。
「これでも俺はA級冒険者だからな。この鱗についてもある程度は知っているつもりだ。……説明は本人から聞く。メイルも、それでいいな?」
「……ああ」
メイルは観念したかのように頷いた。
そのまま二人で城へ戻る。
目的地は、昨晩俺が忍び込んだ場所――ルシラの部屋だ。
通常、客人が立ち入ってはならない場所だが、メイルが付き添っているため騎士たちに止められることはない。階段を上り、廊下を暫く進むと、やがてその突き当たりにルシラの部屋へと繋がる扉が見えた。
「メイルは、ここまででいい」
一度足を止めて、俺は言う。
「少し、ルシラと二人だけで話がしたい」
「……分かった」
メイルは神妙な面持ちで首を縦に振った。
一人で廊下を歩き、ルシラの部屋へと近づく。昨晩、ヘルシャに案内されている時は気づかなかったが、ルシラの部屋の近くには騎士が待機していなかった。警備の都合を考えるなら、部屋の手前辺りに数人の騎士を配置させるべきだが……ルシラにはそれができない理由があるのだ。
扉に触れようとした、その時。
部屋の方から、少女の声が聞こえた。
「ぅ……ぁ! くぅ……ん、はぁっ! ……んあぁっ!」
昨晩と同じ、ルシラの嬌声が聞こえる。
だが、よく耳を凝らせば分かった。
これは――苦しんでいる声だ。
無礼を承知の上で、俺はノックもせずに扉を開いた。
すると、ベッドの上に座るルシラが、勢いよくこちらを振り返る。
「ネ、ネット――ッ!?」
唐突に現れた俺を見て、ルシラは驚愕した。
対し、俺は冷静にルシラを観察する。
汗で湿った銀色の長髪に、紅潮した頬。乱れた服装に、ぐしゃぐしゃのベッド。
どれも昨晩、目にした光景だが、二つだけ違う点がある。
一つは、ルシラが苦悶の表情を浮かべていること。
そしてもう一つは、ルシラの華奢な背中から生えている――大きな白い翼だ。
「お、お主、何をしに――ぁ、ぐぅ……ッ!?」
メキメキと音を立てて、ルシラの翼が肥大化する。
その細くて小さな身体の表面を、真っ白な鱗が侵食していた。固まった鱗はさながら鎧のようで、両腕の肘から先は頑強な篭手を身に付けているように見える。
「み、見る、でない……ッ! 見ルな……ッ! ――見ルナッ!!!」
ルシラの瞳孔が縦長に割れる。それはまるで爬虫類のようだった。
瞬間、人のものとは思えない重圧が放たれる。部屋のガラスが一斉にひび割れ、俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。
絶対的強者を前にした時の、手も足も出ない恐怖感。
久しく感じていなかったその重圧に、全身からぶわりと冷や汗が噴き出る。
「落ち着け」
混乱しているルシラに、俺はできるだけ冷静に声を掛けた。
俺は弱い。本来ならこんな重圧に耐えられる人間ではない。しかし――場数だけは踏んでいるつもりだ。
ルシラを刺激しないよう、ゆっくりと近づきながらポーチを開ける。
その中から、薬品を入れた小瓶を取り出した。
「万能霊薬だ。これで一時的に症状を抑えられる」
どのような症状にも効くという、稀少な薬だ。
非常に高価であるため、本来なら個人が所有できるものではない。ルシラは明らかに訝しんだが、背に腹はかえられないと悟ったのか、小瓶を手に取って恐る恐る中の液体を口に含んだ。
暫くすると、ルシラの身体の肥大化が治まった。
絶えず聞こえていた骨の軋む音が止まり、ルシラの身体を覆っていた白い鱗が、パラパラと剥がれ落ちる。
剥がれ落ちた鱗をひとつ、俺は拾い上げた。
間違いない。俺が先程まで宝石と勘違いしていたものは、これだ。
「ルシラ……」
思わず俺はルシラの名を呼んだ。
毒魔龍は、猛毒を宿す。その説明を聞いた時点で、俺は目の前の事態を予想するべきだったのかもしれない。
「その症状は……龍化病だな」
尋ねる俺に、ルシラは無言で目を伏せた。
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