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27話『隠し事』


 翌朝。

 クローゼットの中にあった寝巻から、外出用の服に着替えていると、扉がノックされて青髪の少女が入ってきた。


「メイルか、おはよう」


「ああ、おはよう」


 いつも通り甲冑を身につけたメイルは、複雑な表情で俺を見る。


「……逃げなかったんだな」


 小さな声でメイルは言った。

 メイルは、俺が昨晩のうちにこの城から逃げるかもしれないと予想していたらしい。確かにそれも考えなかったと言えば嘘になるが、それではルシラたちの立場が危うくなるだけだろう。


「メイルとルシラは、今回の件について、俺のせいではないと言ってくれたが……それでも切っ掛けになったのは間違いなく俺だ。その責任を取るまで逃げるつもりはない」


「そうか。……まあ、お前ならきっとそう言うだろうと思っていた」


「信頼してくれているんだな」


「お前が義理堅い人間であることは、ここ数日の付き合いで十分理解しているつもりだ」


 メイルが微笑を浮かべて言う。


「ところでネット。着替えているということは、今から外に出るのか?」


「ああ。ちょっと寄りたいところがある」


「では同行しよう」


 そう言ったメイルは、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。


「監視だ。……一応な」


 成る程、と俺は納得する。

 監視役に気心の知れたメイルを選んでくれたあたり、ルシラの気遣いが伝わる。


「メイル、先に朝食にしてもいいか?」


「ああ。実を言えば、私もまだ食べていないから助かる」


 それは丁度良かった。

 城を出た後、俺たちは適当な飲食店に入り、軽食を注文する。


「それで、ネット。……毒魔龍の件はどうするつもりだ?」


 神妙な面持ちで尋ねるメイルに、俺は考えてから口を開いた。


「まだ悩んでいる。毒魔龍の討伐は難しいが……今回の件は結局、インテール王国の国王が起因なんだろう? なら、その国王の弱みを握って、交渉すればなんとかなるかもしれない」


「……お前は、一国の王の弱みすら握れるというのか?」


「その気になればな」


 戦慄した様子のメイルに、俺は淡々と告げる。


「ただ、できればそういう形で人脈を使いたくない」


「……何故だ?」


「危険だからだ」


 はっきりと伝える。


「俺の人脈は、使い方を誤れば悪魔の武器と化す。……脅迫(・・)は、その第一歩と成り得る」


 きっとその気になれば、俺は古今東西、あらゆる人物の弱みを握れる。

 村娘から一国の王……果ては世界に十人といない存在力(レベル)7のS級冒険者まで、数え切れないほど多くの者を脅迫できる筈だ。それだけの情報網はあると自負している。


 だが、そんな最低最悪な力を欲しいと思ったことは一度もない。

 なにより、俺にとって大切で、頼りになる仲間たちを――そんな最低な力に加担させたくない。


「俺が人脈を汚いことのために使えば、俺に協力してくれる人たちの生き様も穢すことになる。それは、あまり気分がよくない。……俺は、仲間たちが損をするような行動だけは、したくないんだ。そのためにも、脅迫(・・)詐欺(・・)不正(・・)……この三つだけは、なるべく避けるようにしている」


 そこまで説明してからメイルを見ると、彼女は深刻な表情をしていた。

 真剣に話しすぎたかもしれない。いつの間にか張り詰めていた空気を和ませるために、俺は小さく笑みを浮かべてみせる。


「まあ避けると言っても、安易に手を出さないという程度の話だ。……命あっての物種とも言うし、今回はそういう力が必要な時かもしれない」


 テーブルの上に置かれたカップを、口元で傾けた。

 甘い紅茶で喉を潤すと、対面に座るメイルが微笑を浮かべる。


「……なんとなく、お前のことが分かってきたぞ」


 俺の顔を見つめてメイルは言った。


「義理堅いだけではない。……お前は心の底から、自分を助けてくれる誰かのことを尊敬しているのだな」


「……まあな」


 彼らは皆、俺にはできないことができる。俺が歩めなかった生き様を歩んでいる。

 そんな彼らの生き様をねじ曲げることだけはしたくなかった。俺はいつまでも、彼らに憧れを抱き続けたい。


「話を戻そう」


 カップをテーブルに置いて、俺は言った。


「毒魔龍の討伐については、今説明した通り色々と悩んでいる状況だ。……参考程度に訊きたいんだが、メイルは俺にどうして欲しいんだ?」


「……無理を承知の上で言うが、やはり理想は討伐だ。なにせ毒魔龍は、我が国にとっては害悪でしかない」


 手元のカップを見つめながら、メイルは言う。


「実は、この国には王妃がいないんだ。何故か分かるか?」


 その問いに、俺は首を横に振った。


「王妃は、祝賀行事で王都を離れた際、毒魔龍の襲撃に遭ってお亡くなりになられたのだ。それも、幼いルシラ様の目の前でな。……以来、ルシラ様は戦いが嫌いになった」


「……そんな過去があったのか」


「ああ。だからルシラ様の本心も、きっと私と同じだろう。外交上の損得や、立場上の重圧を抜きにすれば……やはり純粋に、毒魔龍を討ってくれる誰かを待っている筈だ」


 ルシラにとって、毒魔龍は母親の仇でもあるわけだ。

 その気持ちは当然である。


「ネット……お前の力で、どうにかならないか?」


 縋るような顔で、メイルは訊いた。

 俺は頭の中で数人の知り合いを思い浮かべながら答える。


「……毒魔龍を倒せそうな奴は、俺の知る限り六人いる」


「ほ、本当か!? なら、その者たちに頼めば――っ!?」


「だが、倒せるからと言って、倒してくれるとは限らない」


 結論を焦るメイルに対し、俺は少しだけ語気を強くして言った。


「六人とも遠くにいるし、立場もややこしい。……今週中どころか数年は待つと考えた方がいいだろうな」


「……数年、か」


 俺の言葉に、メイルが唇を噛む。

 あのレーゼが、『白龍騎士団』の仲間と共に挑んでも勝てなかったのだ。そんな相手を倒すとなれば、存在力(レベル)7は欲しい。……つまり、世界に十人といない英雄が必要だ。ツテはあるが、流石に今すぐ用意できるわけではない。


「正確には一人だけ近くにいるんだが、タイミングが悪いことに今は連絡を取れないんだ。……今週という期限に拘らなければ、討伐も不可能ではない。この件が終われば、俺の方からそれとなく声を掛けよう」


 毒魔龍の討伐は極めて難しい問題だが、時間を掛ければできないことでもない。そう告げたが……メイルの表情は沈んだままだった。

 その様子に、俺は疑問を抱く。


「人を紹介するだけの俺が言うのもなんだが、もう少し喜んでもいいんじゃないか? 数年かかるとはいえ、今まで野放しだった毒魔龍を倒せるんだ」


「…………そう、だな。確かに喜ばしいことだ。感激している」


 無理矢理、作ったような笑みを浮かべてメイルは言った。


「だが……数年か。それまで、保てばいいんだが……。ははっ、こんなことなら、もっと前にお前と出会っていれば……いや、それは無い物ねだりか……」


 自嘲気味な笑みを浮かべながら、メイルはブツブツと何かを呟いた。

 保てばいい……? それは、どういう意味だろうか。


「……すまない。少し頭が混乱していた」


 メイルは短く謝罪する。

 気を取り直したメイルは、落ち着いた顔つきで俺の方を見る。


「ネットの言う通り、時間が掛かるとはいえ毒魔龍を討伐できるのは、非常にありがたいことだ。……しかし、それでは()起きている問題は解決しないのではないか?」


「まあ、そうだな」


 メイルの言う通りだ。

 毒魔龍の件と、アホ陛下の件は切り分けて考えた方がいいかもしれない。今は後者の問題に直面している。


 そんな風に頭を整理していると、どうしても思い出すことがある。

 昨晩、ヘルシャが口にしていた言葉だ。


「メイル。話は変わるんだが……ルシラは俺に何か隠し事をしていないか?」


「……隠し事?」


「ただの好奇心だから、無理して答える必要はないんだが……ルシラには何かあるんじゃないかと思ってな。メイルは知らないか?」


 先程のメイルの態度も気になるし、昨晩のルシラの態度も気になる。

 今回の件、もしかすると俺が知らない重要な秘密があるのかもしれない。


「……何のことだか、分からないな」


 メイルが真っ直ぐ俺を見つめて言う。

 いつも通りの声に、自信満々の態度をしているが――それが嘘であると俺には分かった。


 視線を逸らすわけにはいかないと思ったのだろう。だから真っ直ぐ俺の目を見ることにしたのだろうが、それはそれで不自然だ。


 どうやらメイルの口は硬いらしい。

 なら……自分で調べるしかない。


「そろそろ店を出よう。……この街に鑑定士ギルドはあるか?」


 朝食を平らげた俺は、軽く背筋を伸ばしながら訊く。


「あるぞ」


「じゃあ、案内を頼む。鑑定したいものがあるんだ」


 ポーチの中にある白い宝石のことを思い出しながら、俺は言った。





 ネットが闇落ちしたらえらいことになりますが、それはそれで書いたら面白そうだなぁ……と少し思います。

 脅迫、詐欺、不正を躊躇なく使いまくる主人公…………主人公ではないですね。



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