26話『違和感』
拘束という名目で俺が案内された部屋は、豪奢な客室だった。
恐らく貴族御用達の一室なのだろう。部屋は広く、調度品はどれも上質なもので、従者たちが寛ぐための別室まで用意されている。
バルコニーに出ると、冷たい風が前髪を持ち上げた。
頭を冷やすには丁度いい。ここで考え事をしよう。
「……まずは、あのアホ陛下の狙いを見極めないとな」
陛下の目的は、毒魔龍と俺をぶつけること。
その理由は何だろうか? ……候補は二つある。
一つ目は、俺に対する腹いせ。
勇者パーティが暴走している件については俺も新聞などで知っている。その腹いせがしたいだけなら、適当に俺が苦しんだという情報を陛下に流すだけで事が済むかもしれない。本当にただの腹いせなら、賠償の件もそこまで本気ではないだろう。
二つ目は、本格的に俺を殺そうとしていること。
そこまで恨まれる謂われはない筈だが……まさか俺を殺せば勇者パーティの暴走が収まるとでも思っているのだろうか。だとすれば、仮に俺が毒魔龍を倒しても、更なる刺客を送り込まれる可能性がある。時間が解決する問題でもない。何か、陛下の考えを打ち砕くアクションを取らなければ、俺はずっと狙われ続ける羽目となる。
「……面倒だな」
後ろ髪を軽く掻いた。どちらにせよ面倒臭い。
いっそ、俺の影武者を用意して、毒魔龍と戦わせた上で死を偽装するのはどうだろうか。……あまり現実的ではない。偽装が発覚すればエーヌビディア王国の立場は余計悪くなるし、そもそも死の偽装なんて長く続けられるものではない。今後も俺が、レーゼのような有名人と接する場合、どうしても目立ってしまう。俺が生きているという情報を秘匿するのは不可能だろう。
いずれにせよ……切っ掛けとなったのは、勇者パーティの暴走と考えて間違いない。なら彼らの暴走を止めれば、アホ陛下も提案を取り下げるだろうか。
(癪ではあるが……勇者パーティには少しの間、自重してもらうか?)
通信石で、勇者に連絡を取ろうとする。
しかし、いつまで待っても通信は繋がらなかった。
「やっぱり、あいつら……通信石を取り上げられているな」
アホ陛下め。自分で自分の首を絞めていると分かっているのだろうか。
ユリウスを除く勇者パーティのメンバーには、俺の連絡先を登録した通信石を持たせていた。だが、多分それを取り上げられてしまったのだろう。おかげで俺たちは今、互いに連絡が取れない状態である。
「……こっちの件は、一旦保留にしておくか」
期限は今週中。それまでに何らかの結果を出さねばならない。
しかし、俺は毒魔龍の件とは別に、もうひとつ気になっていることがあった。
「ルシラ殿下の凍った心、か……」
メイド長のヘルシャが口にしていた言葉だ。
その意味を俺が訊くと、彼女はルシラ本人かメイルに聞くべきだと答えた。……この二人には、何か秘め事でもあるのだろうか。
――ルシラの態度は、少し変だった。
思い出すのは、俺がルシラの部屋に入った直後のこと。
暴力反対と訴えていたルシラは、その手を胸元に押さえていたが……どうもその動きが気になる。
あれは、近づく俺を怖がっていたというより……手を出してしまいそうな自分を、必死に押さえ込むような動きだった。
怯えた人間の振る舞いとは少し違う。
目の前にいた俺のことより――何をしでかすか分からない自分自身に恐れを抱いているような、そんな態度だった。
「……駄目だな。訳の分からない憶測だ」
これが毒魔龍の件と関係があるのかどうか、現状ではそれすら分からない。
考えすぎて軽く頭痛がした。疲労も限界に達している。よく考えたら、今日はモンスターと戦ったり、城の騎士たちに追われたりと、かなりのハードスケジュールだ。存在力6のレーゼならともかく、存在力1の俺には厳しい一日である。
「……ん?」
ふと、足の裏に違和感があると気づく。
見れば靴底に、妙なものが挟まっていた。
「なんだこれ? 白い……宝石か?」
挟まっていたものを手に取り、月明かりに照らして観察する。
真っ白なその石は、軽くて、平べったく、何かの破片のように見えた。
ギルドの依頼をこなしている時や、ヘルシャと共に城内を歩いている時は、足の裏に違和感なんてなかった。となれば、これが靴底に挟まったのは、その後……ルシラの部屋に入った後だ。
「ルシラの部屋にあったものか? しかし、どこかで見たことがあるような……」
妙に引っ掛かる。どうしてもこれがただの宝石には思えなかった。
調べてみるか。……そう思い、白い石をポーチに入れた俺は、部屋の中に戻った。
次話から一気に伏線を回収&一章ラストスパートに突入します!
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